第184話　アッチョンブリーーーーフ！

　――旧メロビクス王大国の王都メロウリンク。


　じい、ことコーゼン男爵は、王都メロウリンクに残っていた。
　王族の処刑を行う為である。
　後顧の憂いを断つ為、取り調べが終わり次第、王族の処刑を執行するのだ。


　コーゼン男爵が仮の執務室で忙しく仕事をしていると、フォーワ辺境伯が貴族を一人同行して訪ねてきた。


　勝利に貢献したフォーワ辺境伯が相手では、忙しくても会わないわけにはいかない。
　コーゼン男爵は、執務室に二人を招き入れた。


　応接ソファーに腰掛けると、フォーワ辺境伯は早速用件を切り出した。


「コーゼン男爵。こちらはブリーフィー伯爵。私の従兄弟です」


　ブリーフィー伯爵は、真っ青な顔でコーゼン男爵に頭を下げた。
　コーゼン男爵は、ちらりとブリーフィー伯爵を一瞥し、協力者のリストを思い出す。


（ブリーフィー伯爵のう……。今回の戦役で出兵はしていなかったと思うが……）


　コーゼン男爵の記憶通り、ブリーフィー伯爵は中立の立場をとった。
　兵を出さぬが、抵抗もしない。


　フォーワ辺境伯たちが、ブリーフィー伯爵の領地を通過したが、見て見ぬふりをしたのだ。


（はて？　何の用件じゃろうか？）


　領地安堵の申し入れなら、フォーワ辺境伯の顔もあるので許可は出来る。
　コーゼン男爵は、頭の中で出来る事、出来ない事を整理してから、ゆっくり言葉を発した。


「ブリーフィー伯爵殿。お初にお目に掛かります。ルイス・コーゼン男爵ですじゃ。して、ご用件とは？」


　ブリーフィー伯爵が、フォーワ辺境伯にすがるように視線を移す。
　フォーワ辺境伯が、言いづらそうに話を始めた。


「あのう……コーゼン男爵」


「何でしょう？」


「その王族の……妻子は……どのような扱いに？」


「処刑します」


　コーゼン男爵は、微塵の躊躇もなく即答した。
　すると、ブリーフィー伯爵が、悲鳴を上げ、泡を吹いて倒れた。


「ヒイイ！　アッチョンブリーーーーフ！」


「なっ!?　ブリーフィー伯爵!?　いかがなされたのじゃ!?」


　これには、コーゼン男爵も驚き腰を浮かせる。
　隣に座るフォーワ辺境伯が、ブリーフィー伯爵をなだめ落ち着かせて、事情を話し始めた。


「実はブリーフィー伯爵の娘が、王族に嫁いで――いや！　嫁いだと言っても、側室なのだ！　沢山いる妻の一人に過ぎない。それで……何とか助命をお願いできないかと参上したのだ」


　この手の陳情は非常に多い。


　誰々の息子が、捕虜になっているので釈放して欲しい。
　嫁いだ娘が軟禁されているが、離縁させるので許して欲しい。


　コーゼン男爵は、『アンジェロ王子に感謝し、忠誠を誓う』と誓詞を書かせ、時に領地を削り、時に金、時に軍功との相殺で応じていた。


　しかし、今回の話は王族である。
　釈放すれば反乱の芽になりかねないので、おいそれとは応じられない。


「うーん……」


　コーゼン男爵は、返事を渋った。
　だが、フォーワ辺境伯はあきらめない。


「先ほど話したように、ブリーフィー伯爵は私の従兄弟だ。つまり、伯の娘は、私の親戚でもある。それに嫁いだのは、戦争が始まる三日前なのだ！　嫁いで日も浅い！　何とか配慮をいただけないだろうか？」


「……」


　コーゼン男爵は、考える。
　フォーワ辺境伯は、南西部の有力者であり、今回の戦役でも良く協力してくれた。


　当事者のブリーフィー伯爵とて、伯爵位――貴族内で強い影響力や発言力を持つ。


（二人を敵に回すのは、不味い……）


　フリージア王国が戦勝国と言っても、敗戦国メロビクス王大国の方が、人口が多いし貴族の数も多い。


　有力者は、なるたけ味方につけておきたいのだ。


（まあ、側室だし、嫁いで日も浅い……。助けてやっても良いじゃろう）


　コーゼン男爵は、結論を出すと執務机から書類を取り出した。
　書類は王族のリスト――つまり処刑リストである。


「……お名前を伺っても？」


「カ、カミラです！」


　――娘は助かるかもしれない！


　そんな思いが、ブリーフィー伯爵の胸をしめた。
　希望を得たブリーフィー伯爵が、急かすように娘の名前を告げる。


　コーゼン男爵は、立ち上がったブリーフィー伯爵を手で制し、リストに目を落とす。


（カミラ……、カミラ……）


　コーゼン男爵の指がリストの上で止まった。


「カミラ嬢とは、王の孫に嫁いだカミラ嬢ですかな？」


「そ、そうです！」


「困りましたな……」


　コーゼン男爵は、眉間にしわを寄せ、腕を組んだ。


「ブリーフィー伯爵。王族でも……例えば、王の弟の子供であるとか、傍系に嫁いだのであれば、助命も可能ですが……。直系に嫁がれたのでは……」


「ヒイイイイイイイイイ！　アッチョンブリーーーーーーーーーーーーフ！」


「なっ!?」


「ブリーフィー伯爵！　しっかりせんか！」


　ブリーフィー伯爵は、天国から地獄へ突き落とされたような声を上げ失神した。
　これには、さすがのコーゼン男爵も、『またか！』と思いながらも同情した。


　フォーワ辺境伯は、頬をペチペチと叩いてブリーフィー伯爵の意識を戻そうとする。


　意識を取り戻したブリーフィー伯爵は、フラフラと応接ソファーに腰を下ろし、無言で涙を流し始めた。


　コーゼン男爵は、困った。
　本当に、困った。


　冷徹に見えてもコーゼン男爵は、情に厚い男である。
　娘がいるので、ブリーフィー伯爵の気持ちも良く分かる。


　そこへ、フォーワ辺境伯が提案をした。


「コーゼン男爵。ブリーフィー伯爵の領地には、岩塩鉱山があるのだ」


「岩塩ですか。それは結構ですな」


「その岩塩鉱山の権利を……、そうだな……アンジェロ殿下に半分献上させていただくのはどうだろう？」


「半分ですか？」


「ああ。だが、岩塩鉱山を掘り、岩塩を商人に売るのは、ブリーフィー伯爵がやるのだ。アンジェロ殿下は、何もせずとも岩塩鉱山の利益の半分を受け取る事が出来る……。どうだろうか？」


「ふむ……悪くないですな……」


　フォーワ辺境伯の申し出た取引条件は、悪くない物だった。
　フォーワ辺境伯の口添えと、岩塩鉱山を半分……。
　戦功のないブリーフィー伯爵だが、その代わりに岩塩鉱山を半分差し出したと説明すれば、他の貴族連中も納得する。


　コーゼン男爵の気持ちは揺れた。


　しかし――。


（しかし、王族の直系……むむむ……）


　コーゼン男爵は、しばらく考え込むと、とんでもない一言を発した。


「……なかったのじゃ」


「「……は？」」


　フォーワ辺境伯とブリーフィー伯爵は、何が『なかった』のかわからず、きょとんとした。


　コーゼン男爵は、王族のリストをテーブルに置くと、ブリーフィー伯爵の娘カミラの名前に羽根ペンで横棒を引いた。


「あー、ブリーフィー伯爵の娘カミラ嬢は、王の孫と結婚などしていないのじゃ。王族にカミラなどという女子はおりませんじゃ。このリストに名前が載っていたのは、事務手続き上の間違いですじゃ」


「「はああー？」」


「カミラ嬢は、たまたま、王都にいる友人に会いに来て、運悪く戦乱に巻き込まれた。その際に、王族と間違えられて捕らわれた……。そ、う、で、す、な？」


　コーゼン男爵は、語尾に力を入れながら、ブリーフィー伯爵をにらんだ。


　ブリーフィー伯爵は、ハッとした。
　ここまで言われれば、ブリーフィー伯爵もコーゼン男爵が何を言いたいのかわかる。


　側室とは言え、王族の直系に嫁いだ娘は助けられない。
　そこで、王族ではなかった事にして、普通の貴族の娘として書類上処理すると宣言したのだ。


　ブリーフィー伯爵は、コーゼン男爵に話を合わせる。


「そ、そ、そうです！　娘は……貴族院時代の友人に会いに来て、捕らわれたのですよ！」


「なるほど、なるほど。では、確認ですが……カミラ嬢の家名は？」


　コーゼン男爵が、白々しい芝居を続ける。
　ブリーフィー伯爵は、『これは芝居だが、必要な芝居なのだ』と自分に言い聞かせる。


「家名は、我が伯爵家の家名、ブリーフィーです。娘の名は、カミラ・ブリーフィーです」


「よろしい……。どうやら、こちらにも手違いがあったようじゃ。ブリーフィー伯爵、大変失礼をいたしました。カミラ嬢は、すぐに釈放いたしましょう」


「感謝いたします！」


　こうしてブリーフィー伯爵の娘カミラは、地下牢から救い出された。
　フォーワ辺境伯とブリーフィー伯爵は、コーゼン男爵の処置に恩義を感じ、強力なアンジェロの与党になるのであった。