追放王子の異世界開拓!~魔法と魔道具で、辺境領地でシコシコ内政します

武蔵野純平

第164話 空きっ腹に、嫌がらせ

 メロビクス王大国軍は、フリージア王国の王宮に閉じ込められた。
 攻め込んだ方が、魔法で生成した石壁によって監禁されてしまったのである。


 その日の夕刻、メロビクス王大国の宰相ミトラルは、副官と筆頭魔法使いから提案を受けた。


「脱出作戦の提案?」


 生真面目な副官が、脱出作戦の必要性を熱心に説く。


「我が軍は窮地にあります! 食料はなく、兵士たちの士気も急激に落ちております!」


「待て! 確かに倉庫の食料は敵に奪われた。しかし、兵士手持ちの食料で、二、三日は持つだろう? 兵の士気が急激に落ちるというのは――」


「あれです!」


 副官は上を指さす。
 すると嫌がらせには手を抜かないルーナ・ブラケットのアナウンスが聞こえてきた。


『両手を上げて出てきなさーい! メロビクス王大国軍は、連戦連敗! シメイ伯爵領に攻め込んだメロビクス王大国軍は全滅した! メロビクス南部は我が軍が占領している! 商業都市ザムザに攻め込んだ獣人たちも全滅した!』


 宰相ミトラルは、不快さに目を閉じ、深くため息をついた。


「あれこそ君が言う所の欺瞞工作ではないのかね? あんな嘘八百を信じるとは……愚かな……」


「しかし、兵たちの中には、信じる者が出始めています!」


 宰相ミトラルは、副官をにらみつける。
 だが、そんな事では何も解決しない。


 そして、ルーナ・ブラケットの嫌がらせアナウンスは続く。


『君たちに味方はいない! ニアランド王国軍は国境線で足止めされ、一歩も動けていない! 援軍は来ないのだ! 両手を上げて出てきなさーい!』


 宰相ミトラルは、席を立ち忌々しげに床を蹴りつける。


「バカバカしい! 大嘘だ! 我が軍が連戦連敗! 全滅など、起こるはずがないではないか!」


「宰相閣下! 私が問題にしているのは、宰相閣下の見解ではありません! 兵士たちの士気が問題なのです!」


「……」


 宰相ミトラルは、沈黙せざるを得なかった。
 確かに、王宮のあちこちでもめ事が起きていた。


 兵士たちが議論をエスカレートさせ、もみ合いのケンカが発生したのだ。


「おい……ヤバイんじゃないか……」
「何を言ってる! 我が軍が負けるわけがない! 臆病風に吹かれたか?」
「そうじゃない! 俺たちの状況がヤバイと言ってるんだ!」
「それが臆病風だ!」
「貴様!」


 空腹感やストレスからか、些細な言い合いが絶えなかった。


 副官は言葉を続ける。


「宰相閣下! 兵士たちの食事は、通常の半分です。節約させていますが……。今後、食事の量が減ることはあっても、増えることはありません!」


「そんなことは、君に言われんでもわかっている! 私の食事も半分なのだ!」


「ですから! 兵士が動けるうちに、ここから脱出をしましょう! 本当に食料がなくなったら、兵士たちは動けません。動けるうちに、この牢獄から脱出するのです!」


「ぐぬ……」


 宰相ミトラルは、副官に反論出来なかった。


 宰相ミトラルは、バカではない。
 副官の言うことはわかっているのだが、ここでフリージア王国王宮を放棄し本国に撤退しては、労多くして何も得られないのだ。


 ここは粘れるだけ、粘って、友軍の来援を待ってみては?
 そんな事を、考えていた。


 宰相ミトラルたちは、他の地域の戦況を知らない。


 ゆえに、宰相ミトラルの頭の中での最善手は、下記だ。




 ・商業都市ザムザを獣人たちが占領する。
 ↓
 ・シメイ伯爵領を、メロビクス王大国軍が占領する。
 ↓
 ・ニアランド王国軍が、国境線を突破する。
 ↓
 ・三つの軍が、南北から王都に来援し、王都のフリージア王国軍を挟撃する。




 しかし、ルーナ・ブラケットが上空から行うアナウンス通りなら、メロビクス王大国軍は壊滅している。


 もし、上空からのアナウンスが事実なら、友軍の来援をいくら待っても無駄である。


 しかし……、これが敵の欺瞞工作で、ひょっとしたら友軍はすぐ側まで来ているかもしれない……。


 情報不足が、宰相ミトラルの判断を鈍らせた。


 宰相ミトラルは窓の外に目をやり考えた。


(どうしてこうなった?)


 作戦は間違っていなかった。
 スパイも気づかれなかった。
 フリージア国王は、取り逃がしたが、王宮は占拠できた。
 なのに一晩明けたら、この窮地……。


 目をつぶり、深呼吸をして心を落ち着かせようと努力するが、空きっ腹は精神の均衡を崩す。


 そこに、ルーナ・ブラケットがウキウキ声で行う嫌がらせのアナウンスが、宰相ミトラルの耳を打つ。


『あー、そろそろ帰って晩ご飯を食べようかなあ~。熱々のスープに、肉汁が垂れるステーキ。焼きたてのパンにバターをたっぷりつけて頂こうかな~。あ! 今日は卵もあるから、ステーキに目玉焼きをのっけちゃおう! いや~、ご飯が楽しみだな~!』


「おのれ~! 地獄へ落ちろ!」


 宰相ミトラルは、悔し涙を浮かべながら、叫ぶことしか出来なかった。


 副官が叫ぶ。


「宰相閣下! ご決断を!」


「脱出作戦について、説明せよ……」


 ついに宰相ミトラルは、副官の進言を受け入れた。


 副官と魔法使いが説明する脱出作戦は、魔力を集中した一点突破だった。


 王宮を囲む巨大な石壁は、魔法で生成されたと思われる。
 そこで、メロビクス王大国軍の魔法使いたちは、石壁を土魔法の『砂化』で砂にしようとした。
 石壁も『砂化』してしまえば、崩れ落ちるからだ。


 だが、『砂化』の魔法を発動すると、魔法はレジストされてしまった。
 何度も『砂化』を試したが、何度試しても魔法はレジストされてしまう。


「敵は印術を用いております。それも大量の魔石を埋め込んだとみえます。いくら『砂化』の魔法を打ち込んでも、レジストされてしまいます」


 年輩の魔法使いの説明に、宰相ミトラルは舌打ちする。


「チッ……! ご丁寧な事だ……」


「そこで、我が軍の魔法使い百人を一カ所に集めます。百人で次々に『砂化』の魔法を発動すれば、目標箇所に敵が埋め込んだ魔石が全て消耗するのではないかと……」


「なるほど! そうすれば、『砂化』の魔法が効く! 石壁は砂に成り果てる」


「左様でございます。あくまで、一カ所だけですが、そこを突破口に脱出を試みられてはいかがかと……」


 魔石を使った印術は、ある程度の範囲でしか効力を発揮しない。
 その範囲は魔石の質による。


 クズ魔石であれば、魔石を中心に五十メートル程度である。


 アンジェロは、エルフたちと手分けして魔石を石壁に埋め込んだが、石壁が巨大なだけに万全とは言えない。


 宰相ミトラルは、王宮を囲む石壁を崩した後の事を考えていた。


「しかし、石壁から脱したとしても、敵が待ち構えておろう?」


 ミトラルの質問に、副官が答えた。


「待ち構えているかもしれませんが、強行します!」


「強行!?」


「我が軍は、数において敵に勝ると思われます。犠牲をかえりみず、次から次へと兵が飛び出せば、敵も止めきれますまい」


「なるほど……」


 いつになく強い決意の副官に、宰相ミトラルは頼もしさを感じた。
 副官は、説明を続ける。


「石壁を抜ければ、王都の市街地です。敵も自国の市街地で、派手な戦闘はやりづらいでしょう」


「そうだな。王都の住民を巻き添えにするのは、政治的に不味かろうからな。つまり、石壁さえ抜ければ……脱出は可能だと?」


「ご賢察恐れ入ります」


「良いだろう。すぐに取りかかれ!」


「はっ!」


 メロビクス王大国軍は、帰宅の準備を始めた。
 その様子を上空から、ルーナ・ブラケットがじっくりと見ていた。

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