追放王子の異世界開拓!~魔法と魔道具で、辺境領地でシコシコ内政します

武蔵野純平

第128話 ミスリルラッシュ!

 ――七月下旬。ミスリル鉱山発見から一月が経過した。


「押さないでください!」
「危険です!」


「ふざけんな! 手続きしろよ!」
「俺たちをアンジェロ領に移住させろ!」


 ここは商業都市ザムザの冒険者ギルド。
 俺、ルーナ先生、黒丸師匠、ジョバンニ、アリーさんの五人で来ているのだが、ギルドの中は大混乱している。


 我先にと受付に詰め寄る大量の冒険者。
 それを大声で静止する受付スタッフ。


 まるでスタン・ハンセンが暴れているプロレス会場みたいだ。


 なぜ、こんな事になっているのか?
 それは、ある噂が流れたからだ。


 噂の内容はこうだ――。


 ・アンジェロ領でミスリル鉱山が発見された。
 ・発見に協力した冒険者にも、権利が与えられた。
 ・冒険者には、ギルドから毎月大金が支払われる。


 ――全部本当の事なので、冒険者ギルドは、この噂を否定出来なかった。


 結果として、アンジェロ領での活動を希望する冒険者が激増し、受付に殺到する事態が発生したのだ。


 冒険者たちは、目をギラギラさせて、大声で『夢』を語っている。


「アンジェロ領の魔の森は広大らしいぜ……」


「って事は……。まだ、あるんじゃねえか?」


「あるぜ……きっとあるぜ……未発見のミスリル鉱山がな!」


「次にミスリル鉱山を発見するのは俺だ!」


 俺たちは受付カウンターの奥で、遠い目をしながら揃ってため息をついた。
 彼らは二匹目のドジョウを狙っているのだ。


 そんなうまい話があるわけがない。


 ギルド長の黒丸師匠は、困り声だ。


「この有様である……」


「これは困りましたね……」


 今朝、黒丸師匠から『ザムザの冒険者ギルドが大変な事になっている。何とかしてくれ』と言われて、すぐに転移魔法で来たのだが……。


 まさかこんな事態になっているとは思わなかった。


 ジョバンニも顔を引きつらせている。


「黒丸さん……。アンジェロ領への移住希望者は、何人いるのでしょうか?」


「二百二十四人である」


「二百二十四人!?」


 ジョバンニの声が裏返っている。
 移住者の食料や生活用品を調達してくるのは、商人のジョバンニの仕事だ。


 五月にスラムの住人五百人を受け入れてやっと落ち着いてきた……、と思ったら、目をギラつかせた冒険者二百二十四人……。
 ジョバンニとしては、頭が痛いだろう。


 黒丸師匠は、ホトホト困っているのだろう。
 深くため息をついた。


「ハアー……。商業都市ザムザの冒険者ギルドに所属する全パーティー五十六組、計二百二十四人が、アンジェロ領への移住を希望しているのである。」


「えっ!? 全員ですか!? 黒丸師匠?」


「そうである! 全パーティー! 全冒険者である!」


 所属する全冒険者パーティー、全冒険者が移住希望だと!?
 そんなメチャクチャな話があるか!


 冒険者歴の長いルーナ先生が、眉をひそめた。


「商業都市ザムザの冒険者ギルドに、冒険者がいなくなってしまう。キャラバンや駅馬車の護衛や魔物の退治は誰がやるのか……。いくら何でも無責任!」


 ルーナ先生の言う通りだ。
 ここ商業都市ザムザは、大陸貿易の一大拠点だ。
 毎日沢山の商人たちが行き来している。


 冒険者が、キャラバンの護衛をし、近隣の魔物を狩る事で安全が担保されている。
 もし、冒険者がいなくなったら、商業都市ザムザとその近辺は安全ではなくなり、あっと言う間に人がいなくなるだろう。


 領主として俺も困るし、ギルド長の黒丸師匠も困るだろう。
 黒丸師匠は、弱気な声を出す。


「ルーナの言う通りであるが……、冒険者ギルドには権利がないのである」


「権利? 何の権利?」


「移住を希望する冒険者を止める権利である」


「黒丸は弱気。権利がなければ、力尽くで止めれば良い」


「ルーナの頭の中には、筋肉が詰まっているのである」


「今すぐオリハルコンの大剣で、受付カウンターを真っ二つにしてくれば?」


「そんなことで事態が収拾できるなら、冒険者ギルドの建物ごと真っ二つにするのである!」


 珍しく黒丸師匠がキレた。
 まあ、でも、ルーナ先生の脳筋提案も悪くない気がする。


 冒険者は荒事が専門。
 実力重視の気風がある。
 だから、力の強い冒険者の言うことには、なんだかんだで従ってくれる。


 俺は、半分冗談、半分本気で、物騒な提案を、黒丸師匠に行う。


「俺が特大魔法をドカンと撃ちましょうか?」


 黒丸師匠がジロリと俺を見る。


「アンジェロ少年……。そんな冗談を言っている場合ではないのである。ここにいる冒険者は、ほんの一部である……」


「ほんの一部?」


 どういうことだろうか?
 ここから見る限り、二百人くらいいそうだが?
 商業都市ザムザの全冒険者ではないのだろうか?




「少なくとも四十七の冒険者ギルドで、同様の事態が起こっているのである!」


「はっ!?」


 黒丸師匠は、とんでもない事実を俺に告げた。
 四十七の冒険者ギルド?
 同様の事態?


 俺は黒丸師匠の言っていることが飲み込めず、腕を組み考え込んだ。
 黒丸師匠は、話を続ける。


「今、あちこちの冒険者ギルドで『アンジェロ領に移住したい!』と、所属する冒険者が騒いでいるのである」


「あちこち?」


「フリージア王国内の全ての冒険者ギルドである! 加えて国外の冒険者ギルドもである!」


「えっ!? フリージア以外の国でも!?」


「そうである! 商業都市ザムザに隣接するブルムント地方やイタロス地方。それに、ベロイア! エリザ女王国! 果ては、ニアランド王国やメロビクス王大国からも問い合わせが来ているのである!」


 外国からも!?
 敵国のニアランド王国やメロビクス王大国も!?
 一体どうなっている!?


「それは……とんでもない事に……」


「アンジェロ領キャランフィールドにある冒険者ギルドは、問い合わせの手紙で埋まりそうなのである。ギルドにある手紙を転送する魔道具が、ひっきりなしに手紙を吐き出しているのである」


「……」


 俺はキャランフィールドで受け付けを担当する少女が、魔道具から吐き出される手紙に埋まる光景を想像した。
 俺が悪いわけではないが、物凄く申し訳ない気分だ。


 俺が言葉を失うと、ジョバンニが眉間を指で揉みながら人数を確認した。


「黒丸さん……。それで、何人の冒険者が、アンジェロ領に移住希望なのでしょうか?」


「四十七の冒険者ギルドであるから……」


「大きな街のギルドは冒険者の数が多いし、そうでないギルドもありますよね?」


「そうであるな。平均すると……、一つの冒険者ギルドで百人くらい冒険者が所属しているのである」


「四千七百人の冒険者が移住希望ですか……。アンジェロ様! 家族を連れてくる者もいるでしょうから、一万人を超えますよ!」


「ええっ!?」


 一万人の移住希望者だと!?
 俺はやっと事態の深刻さを理解した。




 ――これはゴールドラッシュだ!




 ゴールドラッシュが、起きているのだ!
 西部開拓時代のアメリカで起きたゴールドラッシュが有名だ。


 昔、アメリカの西海岸のカリフォルニアで金が発見された。
 そして、アメリカ中から一攫千金を夢見た人々が、カリフォルニアに殺到したのだ。


 今回の舞台は、アンジェロ領のミスリル鉱山。
 ならば、ミスリルラッシュと呼ぶべきか……。


 これはシャレにならない。


 四十七の冒険者ギルド、海外のギルドも含むということは、商人が噂をばらまいてしまったのだろうか?


 もし、商人が噂をばらまいているなら、他のエリア、他の国にも噂は広がるだろう。
 そして、次から次へと移住希望者が現れる。


「これは……。対応しないと不味いですね……」


「そうである。それがしたち冒険者ギルド長や職員では、対応できないのである。領主や国に、冒険者たちを止めてもらいたのである」


「わかりました。『アンジェロ領で、移住は受け付けていない』と俺が布告を出しますよ」


「うむ。それなら、ギルド側も『移住を受け付けてないから無理だ』と冒険者に説明できるのである」


「すぐにやります。それでは――」


「お待ちください!」


 俺が事態を収拾しようとすると、アリーさんが待ったをかけた。
 何だろう?


 俺はアリーさんに話すように促す。


「アリーさん? 何か意見があるなら、おっしゃってください」


「では、お言葉に甘えてご意見を申し上げますわ。移住希望者を受け入れましょう」


「……はい?」


「移住希望者を受け入れましょうと申し上げましたわ」


「……正気ですか?」


 アリーさんは、いつものように上品に微笑みながら、とんでもないことを提案してきた。


 一万人の移住希望者だぞ!
 それも大陸北西部のあちこちから集まってきて、数は増えるかもしれないのだ!


 それを受け入れる!?


 とても無理だ。
 食料が足りないし、そのほかの物資も足りない。
 移住してきた人を整理する人員も足りない。


 住むところは?
 食堂は?


 アリーさんの提案通り、移住者一万人を受け入れるのは不可能だ。


 俺が大口を開けて、呆れ驚いているとアリーさんが説明を始めた。


「まず、ここ商業都市ザムザの冒険者は、全員受け入れましょう。ここ商業都市ザムザは、アンジェロ様が新たに領主となられたばかりです。希望をはねつけて悪い評判が立つのは、得策ではありませんわ」


「それは……、そうですが……」


「次に、アンジェロ領は人手不足です。北部縦貫道路の開発にミスリル鉱山の採掘。農地拡大も急ぎ行わなくては、種付けの時期に間に合いません。人手はいくらあっても困りませんわ」


 アリーさんの言うことはわかる。
 現在、アンジェロ領の内政は、クイック製造ラインをエルハムさんが担当し、それ以外はアリーさんが一手に引き受けている。


 現在、ミスリル鉱山の採掘を優先しているので、北部縦貫道路と農地拡大は人手不足でストップしているのだ。


 アンジェロ領の現状を考えると、人手不足解消は急務……。
 なるほど、アリーさんの提案は根拠がある。


 だが、黒丸師匠がアリーさんの提案に異を唱えた。


「待つのである! ザムザの冒険者が全員移住したら、彼らがやっていた仕事はどうするのであるか? キャラバンの護衛や近隣の魔物の退治は誰がやるのであるか?」


「第二騎士団にお願いしてみては、いかがでしょう?」


「「あっ!」」


 俺と黒丸師匠が同時に声をあげた。
 そうか、第二騎士団か!


 第二騎士団は、ローデンバッハ男爵率いる騎士団だ。
 副官のポニャトフスキ騎士爵から、商業都市ザムザへ異動が完了したと報告をうけている。


 彼らを活用する……か……。


「うーむ……。商業都市ザムザは、それで良いとして他の冒険者ギルドは、どうするのであるか?」


「抽選にしては、いかがでしょうか?」


「抽選であるか? くじ引きであるな?」


「そうですわ。移住者の数を絞るのです。他の冒険者ギルドから、冒険者がいなくなっては、アンジェロ様の評判が落ちてしまいます。冒険者を引き抜き、治安を悪化させたと、各地の領主から苦情が出ますわ」


 それはそうだろ。
 俺も、そんな悪い評判は願い下げだ。


「抽選にして……そうですわね……。例えば、新人冒険者一組と中堅冒険者一組を受け入れるとしては、いかがかしら?」


「新人と中堅を一組ずつ……。それなら冒険者ギルドへの影響は、最小限になるのである」


「商業都市ザムザの冒険者は受け入れて、他は受け入れないとなると、それはそれでもめるでしょう。ですから、移住希望の冒険者を受け入れつつ、冒険者ギルドへの影響を少なくする為に抽選ですわ」


「な、なるほど!」


 黒丸師匠は、納得して大きくうなずいた。
 これで冒険者ギルドについては、クリア。
 だが、食料問題がある。


 大量の移住者の食料を確保する。
 アリーさんに、腹案はあるのだろうか?


 今度はジョバンニが、アリーさんと話し出した。


「アリー様。食料をどうなさるおつもりでしょうか? 商業都市ザムザからの移住希望者が 二百二十四人――」


「ご家族を連れていらっしゃる冒険者もおられるでしょうから、倍の四百四十八人はみておきたいですわ」


「ええ。キリの良いところで、四百五十人の移住希望者がザムザから来るとしましょう。それに他の冒険者ギルドが四十七です。一つのギルドから、冒険者パーティー二組受け入れるとして――」


「一組四人と仮定いたしますと。四十七ギルドから、二組受け入れて、一組四人で……三百七十六人かしら?」


 アリーさんは暗算してみせた。
 ジョバンニは、近くの机を借りて羊皮紙にかき込み計算をする。
 三百七十六人で正解だ。


「アリー様の計算で正解です。家族を連れてくるとして倍なら七百五十二人。キリの良いところで七百五十人といたしましょう。商業都市ザムザの移住者と合計すると……千二百人です!」


 ジョバンニは卒倒しそうになるが、アリーさんは涼しい顔で返事をした。


「そうですわね」


「千二百人が、一日三食、一ヶ月食べるとすると……十万八千食! アリー様! 十万八千食ですよ! とても調達出来ません!」


 十万八千食……。
 そんなになるのか……。
 こうして数字を突きつけられると、分量に圧倒される。


「ジョバンニさん。大丈夫ですわ」


「大丈夫ではありません!」


「まず、グースを一機ジョバンニさん専用にするのです。そして、ジョバンニさんは、商業都市ザムザ、王都、それと……西の国境に近いアルドギスル領アルドポリスを巡回して、商談をなさいませ」


 ふむ。
 アリーさんの提案は、実行可能だ。
 グースを使えば移動時間が大幅に節約される。
 一日一都市のペースで商談出来るだろう。


 俺としても、グースを使ってもらうのは賛成だ。
 ジョバンニを商談先へ転移魔法で送り届ける手間がなくなるので、俺が自由に動けるようになる。
 非常に助かる。


 だが、運搬はどうするつもりだろう?


「アリー様。商談で買い付けた食料を運ぶのはどうするのでしょうか? アイテムボックス持ちは、アンジェロ様だけなのです」


「アンジェロ領に滞在しているエルフにマジックバッグを作っていただきましょう。確か……五人いらっしゃいましたよね? お一人に二つ作っていただければ、十個のマジックバッグが手に入りますわ」


「それは……。ええ、そうですね」


 マジックバッグは、高価な魔道具だ。
 マジックバッグ一つに、馬車一台分くらいの物資が入るはずだ。


 エルフの魔道具士が製法を独占している為、世に出回っている数は、それほど多くない。
 アンジェロ領には、エルフの魔道具士がいるから、頼めば作ってもらえるだろう。


「マジックバッグをグースのパイロットに持たせれば良いのです。ジョバンニさんは、商談を担当。グースのパイロットが運搬担当。これなら沢山の商談をこなせますわ。いかがでしょう?」


「はい……可能です……」


 ああ、ジョバンニは、アリーさんに圧倒されている。


 なるほど、分業制か!
 日本でも買い付けをする商社と実物を運搬する物流会社は、別の会社だ。
 買い付けた物資の種類と数をきちんと申し送りすれば、仕事は回るだろう。


「それと……ルーナさん。農作物の作付けは、今年どうかしら?」


「今年は豊作。天候が安定している」


「でしたら、農産品を安く買い付けられますわ。そして、冒険者だけでなく、商人や料理人も受け入れればよろしいのです。アンジェロ様!」


 いきなりこっちに来た。
 俺は思わず姿勢を正す。


「はい。何でしょう!」


「もう、そろそろ、色々な事を領民に任せる時期ではないでしょうか?」


「領民に任せる……」


「アンジェロ様が経営する食堂で食事を出し、アンジェロ様が魔法で作った家に住む。今は領民の数が少ないので、何とかなっていますが、領民の数が増えたら無理でございましょう?」


 むっ……それは……。
 正直な話、負担に感じていたのだ。
 開拓中のアンジェロ領では、俺が魔法で何かをすれば、すぐに解決することが多い。


 しかし、俺の時間がとられてしまう。
 アンジェロ領に俺が拘束されてしまうと、他のことが出来ないのだ。
 例えば、国王陛下やアルドギスル兄上と打ち合わせるとか、外国の要人に会うとか……。
 商業都市ザムザにいたっては、かなりほったらかしになっている。


 今回のミスリルラッシュは、俺が仕事を手放す良い機会なのかもしれない。


「そう……だね……無理だ」


「領主のお仕事は、領民が活動しやすい環境を整えることです。アンジェロ様が全ての事柄に関与するのは、そろそろおしまいにされて良いと存じますわ」


「確かにアリーさんの言う通りですね。心がけるようにします」


「差し出口にもかかわらず受け入れて頂いて嬉しく存じます」


 俺はアリーさんに感謝し、みんなに宣言した。


「移住希望者を受け入れるぞ! 領地をさらに発展させる!」



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