追放王子の異世界開拓!~魔法と魔道具で、辺境領地でシコシコ内政します

武蔵野純平

第123話 複雑な事情

 ――六月下旬。


 俺たちはゴブリン掃討作戦を開始した。
 作戦目標は、以下の二点だ。




 ・北部縦貫道路工区の周辺のゴブリンを排除する。
 ・ゴブリンの巣を見つけ、巣を破壊する。




 工事は一時ストップ。
 工事現場に天幕を設営し本部とした。


 本部には、俺、ルーナ先生、黒丸師匠が詰める。
 具体的な作戦指示は、ルーナ先生と黒丸師匠にお任せだ。


 今回は、かなりの戦力を投入した。


 ■ キャランフィールド所属冒険者
 ・白夜の騎士:白狼族サラたち
 ・エスカルゴ:メロビクス出身
 ・砂利石:スラム出身


 ■ 商業都市ザムザ所属冒険者
 ・氷の刃:新人
 ・黄金の五人:新人
 ・勝利の雄叫び:新人
 ・血塗られた戦斧:新人
 ・もっこりんご:新人


 ■ 獣人応援戦士
 ・白狼族:五人
 ・北部獣人:セイウチ族の紹介。白熊族など混成


 ■ 作業員から臨時
 ・熊族:ボイチェフたち


 ■上空から監視
 ・グース二機:リス族搭乗




 今回の作戦の為に、商業都市ザムザからは冒険者パーティー五組を呼び寄せた。
 新人ではあるが、巣を探すなら頭数が必要だ。


 みんな新人らしく勇ましいパーティー名だ。
 若干一パーティーだけ『もっこりんご』とか言う力の抜けた名前があるが……。


「いやあ、『もっこりんご』は、故郷の名物でして! 美味しいですよ!」


 何でも形がもっこりしたリンゴだから、『もっこりんご』らしい。
 で、リーダーさんの実家でも沢山採れるそうだ。


「今度、もっこりんごをアンジェロ王子に献上しますね」


「ああ……うん……ありがとう」


 人の良さそうなひげ面のリーダーさんが、太い声を響かせて約束してくれた。
 リンゴをいただけるのは嬉しいけれど、名前が悩ましい。


 まあ、そんな訳で、多数のパーティーを、工事現場周辺に散開させゴブリンの討伐と巣の探索をやらせている。
 ルーナ先生と黒丸師匠の立てた作戦は、パーティーごとに担当エリアを分けて、しらみつぶしに調べていく方法だ。


 俺としては、魔法でドンでも良いかと思ったのだけれど、木がもったいないとの理由で却下された。


 もう、そろそろ昼食だ、などと考えていたら、六輪自動車タイレルがキャランフィールドの方から走って来た。


 おや?
 キャランフィールドの留守番を頼んだジョバンニが乗っている。
 それに……ウォーカー船長と見知らぬ女の人と獣人も乗っているな。


「ジョバンニどうした?」


「ウォーカー船長が、アンジェロ様にご紹介したい人がいると……。急ぐとおっしゃるので、お連れしました」


「わかった。ご苦労様、ありがとう。えーと……」


 ウォーカー船長と若い女性がこちらに歩いてきた。


 若い女性は、茶色のズボンに白いシャツ、革製のチョッキと言う船乗りスタイルだ。
 しかし、歩き方で良い家の出だとわかる。


 とびきり美人でスタイルが良い。
 モデル体型で、金髪ショートボブ。
 十八才くらいかな。


 俺の前まで来ると、ウォーカー船長が先に口を開いた。


「王子様! 悪いね! 作戦中に! ただ、俺も忙しいので、早く……と思ってさ!」


「ウォーカー船長なら良いですよ」


「そう言ってもらえるとありがたい! 頼まれていた人を連れてきた」


「そちらの女性? 優秀な方?」


「とびきり優秀だ! 請け負うぜ。なあ、確認するけど、事情は問わないって事で良いよな?」


 ウォーカー船長の声のトーンが変わった。
 いつもは元気ハツラツな笑顔を絶やさない男だが、今まで見たことがないほど真剣な顔だ。


 俺は背筋を伸ばして、正面から答える。


「事情は問いません。欲しいのは、幹部になれる優秀な人材です!」


 俺がしっかりと答えると、ウォーカー船長はいつもの笑顔に戻った。


「そうか! 良かったぜ! 今回お連れしたのは……そうだな、宰相級の人物だ!」


 宰相級?
 それは、また、大きく出たな。
 商人の言うことだから、話半分としても、ちょっと大げさだ。


 宰相級の人物……俺の知っている範囲だと、アルドギスル兄上の腹心ヒューガルデン伯爵くらいだ。
 あの切れ者クラスだと?


 ウォーカー船長は姿勢を正し、今まで聞いたことがない丁寧な口調で話し始めた。


「アンジェロ殿下にご紹介いたしますのは、アリー・ギュイーズ様でございます」


 殿下!?
 いたします!?
 ございます!?


 気でも狂ったか!
 ウォーカー船長!


 俺の驚きを無視してウォーカー船長は続ける。


「アリー様。こちらがアンジェロ殿下。フリージア王国第三王子であらせられます。当地はアンジェロ様の御領地でございます」


 様づけ!?
 あらせられます!?
 御領地!?


 どうした!? ウォーカー船長!?
 変な物でも食べたか!?


 俺が目をまん丸にして、ウォーカー船長をガン見していると、アリーさんが一歩進み出た。


「アリー・ギュイーズにございます。この良き日に、女神ジュノー様のお導きにより、お目にかかれたことを嬉しく存じます」


 アリーさんは、やわらかな笑顔で俺に挨拶をしたのだ。
 それは完璧に貴族の礼法に則っており、ごく自然な、そして恐ろしくエレガントな所作だった。


 ここに楽団はいないけれど、華やかな宮廷音楽が聞こえた気がした。
 アリーさんの背後に、春の花が見えた気がした。


 女神ジュノー様!
 聞いていますか?
 アリーさんを見習って下さい!


「私がアンジェロ・フリージアです。生憎と今日はゴブリン掃討作戦の最中で、大したおもてなしも出来ませんが……」


「そのようなお心遣いは無用に願いますわ。わたくしたちが、ジョバンニさんに無理を言って押しかけてきたのですから」


 この人は絶対に上位の貴族だ!
 物腰が違う!


 服装は平民船員と同じだが、身にまとうオーラが違いすぎる。


 しかし、分からない。
 こんな貴族然とした女性を連れてくるのに、なぜ平民と同じ格好を?


 俺はウォーカー船長をちらりと見たが、目をそらされてしまった。


 名前も気になる。
 アリーは、エリザ女王国風の名前だが、家名のギュイーズはメロビクス王大国風だ。
 メロビクス人か?


 俺が何を話そうかと迷っていると、横で話を聞いていたルーナ先生が質問した。


「ギュイーズと言うとメロビクス王大国の名家だな。エルフの里に帰る途中、ギュイーズ家の領地を通る」


「わたくしの母方がギュイーズ家の出身でございますわ」


「そう。父方は?」


「……」


 アリーさんは、黙ってしまった。
 これは確実に訳ありだろう。


 俺はウォーカー船長を引っ張って離れた場所に移動した。


「ウォーカー船長! 彼女は訳ありですよね?」


「ん? う~ん、まあな……」


「メロビクス王大国名家の血を引くことはわかりましたが、もっと詳しく教えてくれなければ、ここには置いておけませんよ」


「えっ!? いや、そんな事、言うなよ! 頼むよ!」


「ウォーカー船長! 知っていることを話して下さい!」


「そう……だな……。まず、ギュイーズ家は、メロビクス王大国北西の雄だ。大領地で、広大な穀倉地帯と良港を抱えている」


「穀倉地帯と良港……。じゃあ、商売の伝手で?」


「ああ。現ギュイーズ侯爵家当主は、アリー様の祖父で、俺は侯爵様から頼まれて動いている」


「ふうん……」


 侯爵家当主からの依頼か……。
 話がデカくなってきたな。


「アリー・ギュイーズ様は――エリザ女王国の女王エリザ・グロリアーナの異母妹だ」


「……えっ!? 女王の異母妹!? じゃあ、彼女はエリザ女王国の王族!?」


「そうだ」


 メロビクス王大国の名家の血を引く、エリザ女王国の王族……。
 そりゃ、随分と大物を連れてきたな。


 俺は、アリーさんをちらりと見る。
 なるほど、王族なら納得だ。


 いや、でも、待てよ!


「ちょっと待って! エリザ女王国の王族が、何でアンジェロ領の幹部になるの? エリザのお姫様が外国の第三王子に仕えるなんて、外交的にも、慣習的にも、おかしいでしょ?」


「そこが事情ってヤツさ……。エリザ女王は、アリー様を目の敵にしていてな。アリー様のお母君と婚約者を処刑したんだ」


「母親と婚約者を処刑?」


 一気に重く血生臭い話になってきた。
 アリーさんを気の毒に思うと同時に、厄介事の臭いを強烈に感じた。


「それでアリー様も幽閉された。有志によって助け出されて、身を隠していたって訳だ」


「ウォーカー船長が助けたの?」


「まさか! 俺はギュイーズ侯爵の依頼で、アリー様をエリザ女王国から安全な場所に運んだだけさ」


「運んだだけって……リスク高過ぎだろう?」


 エリザ女王に幽閉されていた人物を逃がすのだ。
 ウォーカー船長は、『運んだだけ』と軽く言うが、捕まれば縛り首間違いなしだろう。


 そうか、それで平民の格好をし、母方の家名を名乗ったのか。


「まっ! 適正な報酬をいただけるなら、俺は何でも運ぶさ! 人でも、物でも、海の上なら任せてくれよ!」


「そりゃ、頼もしいね……」


 俺は呆れた声を出す。
 そんな過去を持った人物を俺の所に連れてきたのか!


「俺の所が安全とは限らないだろう?」


「いや、安全さ! 王子様は、行き場がなくて困っている女の子を売ったりしないだろ?」


「……しないね」


「ここはフリージア王国の王子直轄領だ。エリザ女王といえども、簡単に手は出せない。住人が少ないから、知らない顔は目立つし、腕利きも多いしな」


 なるほどね。
 確かにアンジェロ領なら、外国も手出ししづらい。
 おまけに余所者は目立つから、暗殺や誘拐は難しい。
 やろうとしても、俺たちが阻止する。
 ウォーカー船長も考えたな。


「ギュイーズ家に行くのはダメなのか?」


「ダメ。ギュイーズ侯爵は、エリザ女王国と付き合いがある。ギュイーズ家にアリー様を連れて行けば、すぐにバレる。そうしたら、エリザ女王国とギュイーズ家がもめる」


「そりゃそうだな」


「なあ、王子様。アリー様は、メロビクス王大国に留学していたし、本当に優秀だぞ!」


「ほう……」


 メロビクス王大国は、この地域の大国。
 留学すれば、この大陸北西部で一番の教育が受けられる上に、貴族や宮廷へのコネも出来る。
 母方がギュイーズ家だから、コネもあるかもしれないが……。
 少なくとも先ほどの言葉遣いと所作を見ただけでも、高度な教育を受けたのがわかる。


「優秀だから、エリザ女王ににらまれたんだぜ……。頼むよ……」


 どうした物かな……。
 幽閉されていたとは言え、彼女はエリザ女王国の王族だ。
 つまり、王位継承権がある人物……。
 爆弾になる可能性もあれば、切り札になる可能性もある。


 ギュイーズ家とはどうか?
 アリーさんをかくまえば、ギュイーズ侯爵に恩を売ることが出来る。
 今後のメロビクス王大国政策で、選択肢が増えそうだ。


 手元に置いておく価値はある……か……。


 それに――天地に身の置き所がないというのは、かわいそうだ。
 自分が王都から追い出された時の事を思い出すと、同情せずにはいられない。


「わかりました。うちで預かりましょう。ただ、正式に採用するかどうかは、働きぶりを見極めさせてもらいますよ」


「おっ! さすがは王子だ! じゃあ、よろしく頼むぜ!」



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