追放王子の異世界開拓!~魔法と魔道具で、辺境領地でシコシコ内政します

武蔵野純平

第114話 見習い冒険者の強化研修

「走るのである! もっと早く走るのである!」


 キャランフィールド郊外の荒れ地で、黒丸師匠が檄を飛ばす。
 俺は黒丸師匠の横で様子を見る。
 現在、新人見習い冒険者の強化研修中だ。


 では、期待の新人、見習い冒険者は誰か?
 元スラムの住人で、とびきりガラの悪い五人だ。


 五人のリーダー格、ミディアムという男が、ヘロヘロになりながら悪態をつく。


「くそっ! このトカゲ野郎! 覚えてやがれ!」


 黒丸師匠は、目をギョロリと動かしミディアムをにらみつける。


「それで良いのである。それがしを、憎むのである……。憎むのである!」


 目をカッと見開く黒丸師匠。
 黒丸師匠のクレイジーな発言に、ミディアムたち五人がひるむ。


「頭がおかしいだろう! テメー!」


「怒りをパワーに変えるのである! さあ、走り終わったら、剣を振るのである!」


 五人は黒丸師匠にお任せしよう。
 俺はそっと新人研修を後にした。




 スラムの住人たちは、すっかり素直になった。
 食事を与え、住宅を与え、仕事を与え、そして乱闘でこちらの力を見せたことが良かったのだと思う。


 それぞれの部門に人員を割り振った。


 まず、鍛冶師、ホレックのおっちゃんの所を最優先した。
 幸いな事にスラム街で鍛冶師をやっていた者が二人いた。


 ホレックのおっちゃんの所――ホレック工房に顔を出すと、新人鍛冶師が包丁や斧を研いでいた。


「ふむ……。研ぎは出来るみたいだな……。良いだろ! 研ぎはおまえら二人に任せるぞ!」


 新人鍛冶師二人は、鉄製品を一から作る事は出来ない。
 だが、包丁や剣の刃を研ぐ事は出来ると言っていた。


 ホレックのおっちゃんから合格をもらって、二人はホッとしている。


 アンジェロ領では、刃物をかなり使う。
 冒険者が使う武器はもちろんの事、食堂の包丁、木こりの斧、農具の鎌など生活周りの鉄製品も多い。


 新人鍛冶師二人が、刃を研ぐなどメンテの仕事をやってくれれば、ホレックのおっちゃんもかなり楽になるだろう。


「ヨーシ! 見習いは、掃除と片付けだ! 床をきれいにしろ! イイカ? 鍛冶場が汚くっちゃならねえぞ!」


 スラム住人の中から、希望者三人をホレックのおっちゃんにつけた。
 十五才の男二人と女一人だ。


 彼ら三人に鍛冶師経験はないが、鍛冶師を希望している。
 見習い鍛冶師として、おっちゃんに教育してもらうのだ。


 まずは、掃除からということらしい。


 おっちゃんが指示を飛ばす。


「そのトンカチをなおしておけ」


「えっ!? なおすんですか?」


「そうだ! なおしておけ」


「……」


 見習い鍛冶師の男の子が、トンカチを持って困っている。
 ドワーフ訛りがわからないのだろう。


 彼は『トンカチを修理しろ』と指示されたのだと思っているが、ドワーフ訛りだと意味が違う。


 俺はすぐに見習い鍛冶師に声をかける。


「『なおす』は、『片付ける』って意味だよ」


「えっ!? じゃあ、親方は……このトンカチを片付けろって言ったんですか? 修理しろって意味じゃなくて?」


「そう。ドワーフ訛りだよ。覚えてね」


 俺も経験している。
 ホレックのおっちゃんの工房で開発していた時に、『アンジェロのにいちゃん、それ、なおしておいてくれ』と言われて、物凄く困ったことがあるのだ。


 俺と見習いのやり取りを聞いて、ホレックのおっちゃんが頭をかいた。


「おお! 悪い! 人族は、『片付ける』だったな。どうもなあ~、馴染まなくてなあ~」


「長年馴染んだ言葉だから、仕方ないよね。じゃあ、見習いと新人をよろしくね」


「おお! 任せとけ!」


 これで鍛冶師の層が厚くなってくれれば大助かりだ。


 他の部署もぐるりと視察し、スラム住人の受け入れは順調なのを確認した。




 *




 ――四日後。


「立つのである! すぐに立つのである!」


 黒丸師匠の檄が飛ぶ。
 今日は、元スラム住人でガラの悪い五人の実地演習だ。


 見習い冒険者が先輩冒険者の荷物運びを行う『ポーター』の仕事をやってもらう。


 メロビクス王大国出身の冒険者パーティー『エスカルゴ』に、ガラの悪い見習い五人が続いて歩き、しんがりを黒丸師匠と俺が歩いて続く。


 研修場所は、キャランフィールド東部に広がる魔の森の中だ。
 だが、半日歩いた所で、五人がへたばってしまった。


「ちくしょう! こんなパシリみたいな仕事!」


「立つのである!」


「無理だよ~。足がいてえ!」


「もう一度言う……立つのである!」


「うるせえ! このトカゲ野郎!」


「それがしを、憎め! 憎むのである!」


 今日も黒丸師匠は、ノリノリだ。


 黒丸師匠の教え方は、かなりキツイ。
 殴る蹴るはないのだけれど、有無を言わせないのだ。
 絶対に妥協してくれない。


『アンジェロ少年! 戦うのである!』


『相手はドラゴンですよ!?』


『戦うのである!』


 こんな調子なのだ。


「アンジェロ王子、すいません。見習いと聞いたので、なるたけ平坦な地域を選んだのですが……」


 エスカルゴのリーダー、ミシェルさんが申し訳なさそうに謝罪する。


「俺の事は、気にしないでください。それに研修場所は、ここで良いと思いますよ」


 俺も体がなまるといけないので、研修に同行したのだが……。
 スラムにいた五人は、体力がない。


 三日間走り込みや基本的な戦闘訓練をさせていたが、付け焼き刃に過ぎなかった。




 ――しかし、彼らには後がないのだ。


 スラムの住人は、みんな従順になった。
 彼ら五人を除いて。
 彼ら五人だけは、最後まで態度を改めなかったのだ。
 まあ、そういうヤツもいるだろうと思っていた。


 スラムの住人の中には、犯罪者もいる。


『アンジェロ領への移住に従えば、前科は問わない。食事、住まい、仕事を与える』


 と王宮からのお達ししてもらったのだ。


 俺も慈善事業で、スラムの住人を受け入れたわけではない。
 労働力――言ってみれば、アンジェロ会社の戦力として受け入れたのだ。


 彼ら五人は、鍛冶、木工、読み書き計算、料理など、アンジェロ領で必要とされる技能を持っていない。
 さらに態度が悪く、こちらの指示にも従わないので、どの部署も受け入れを拒否したのだ。


 だが、黒丸師匠は、この五人を受け入れた。


「それなら冒険者にするのである。気が強いのは、戦闘に向いているのである」


「大丈夫ですか? 彼らは町のチンピラですよ?」


「鍛えるのである」


 俺の心配を余所に、黒丸師匠は五人を嬉々としてしごいている。


 五人は根性の悪いチンピラで、一対一のケンカはしない。
 複数人で、一人を襲う。
 体力が無く、町育ちなので、野山を歩き回れば、今日のようにへばってしまう。


 本当に使い物になるのだろうか?


 使い物にならなければ、王都に強制送還して役人に引き渡す。
 たぶん、犯罪歴があるだろうから、役人に引き渡した後は犯罪者として裁かれてしまう。


 それが嫌なら――。


「立つのである! 冒険者は、いつ、いかなる時も、立たなければならないのである!」


「嫌だって言ってるだろう! 休ませろよ!」


 ――立つしかないのだ。
 だが、彼らは、魔の森のど真ん中で腰を下ろして動こうとしない。
 リーダーのミディアムにいたっては、寝転がってしまっている。


 黒丸師匠が俺に話を振ってきた。


「アンジェロ少年。なぜ、立たなければならないかを、後輩冒険者に教えるのである」


「それは、魔物がいつ襲ってくるか、わからないからです」


「「「「「……」」」」」


 五人は呼吸が荒く、俺に何か言う元気もない。
 俺は淡々と話を続ける。


「魔の森やダンジョンの中では、どこから魔物が襲いかかってくるかわかりません。魔物の攻撃に即応出来るように、立っていなければ死にます」


「「「「「……」」」」」


「座って休むのは、周囲を索敵して脅威になる魔物がいないと確認された後です。寝る時は、交代で見張りを立てます」


 俺の話を理解できたらしく、リーダーのミディアムが質問をしてきた。


「わ……わかったけどよ……。ゼエ……ゼエ……。何でこんなに……歩くんだよ……」


 今日は朝キャランフィールドを出てから歩きっぱなしだ。
 それも、獲物になる魔物を見つければ、『エスカルゴ』の面々はダッシュする。


 当然、俺たちも『エスカルゴ』にあわせてダッシュだ。
 結果、ウォーク・アンド・ダッシュの繰り返しで、見習いにはキツイ行軍になっている。


 だが、冒険者になるなら必要な事だ。


「歩き続けるのも、冒険者に必要な技能です。自分たちでは勝てない強力な魔物に出会ったらどうしますか? 逃げるしかないでしょう?」


「そりゃ……そうだけど……」


「ダンジョンの中で方向を見失う事もありますよ。出口を探して歩き回らなければ、水と食料を失って行き倒れです。疲れていても、足が痛くても、寝ていなくても、歩き続けなくてはならないのです」


「そんなに……しなくても……」


「歩いていれば、生き残る可能性があります。立ち止まったら、それまでです」


 休みたくても休めない。
 冒険者になれば、そんなシチュエーションに陥ることもあるのだ。


 だから、黒丸師匠は五人の見習い冒険者に、『苦しくても立って歩け』と言っているのだ。


「アンジェロ少年とそれがしは、三日三晩寝ずに戦ったことがあるのである」


「あれはキツかったですね……。死ぬかと思いました……」


 興味がわいてきたのか、ミディアムが質問する。


「三日三晩!? 寝ずに!? アンタら、なんと戦ってたんだよ!?」


「古代竜……エンシェントドラゴンであるな。あれは危なかったのである」


「ルーナ先生が『やる!』って言い張って、渋々戦いにいきましたね」


「そうである。ルーナは厳しいのである」


「あんたら無茶苦茶するな!」


 だが、仕方なかった。
 ダンジョン最下層のボス部屋で、扉が閉まり撤退もならず、戦って勝つしかない。


 睡眠不足で、ミスが多発。
 俺も魔法を打ち間違えた。
 そんな状況でも、戦い続けるのが冒険者なのだ。


「さあ! 呼吸が戻ったのである! 立って歩くのである!」


 黒丸師匠が、見習い五人に再度呼びかけると、五人はヨロヨロと立ち上がった。


 この後、五人は根性を見せて、一日歩き続けた。
 俺は王都への強制送還を見送ったのであった。



コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品