追放王子の異世界開拓!~魔法と魔道具で、辺境領地でシコシコ内政します

武蔵野純平

第76話 空からの攻撃

 アンジェロ領に戻り、留守番のエルハムさんにハジメ・マツバヤシ邸で回収した本と作物の種を預ける。


「読める本は、中身を精査しておきましょう」


「よろしく。エルフの方はどうだ?」


「まあ……その……お気の毒な事に」


 エルハムさんが苦笑交じりに答えた。
 マンブリ草の煮汁を飲んでしまったのだ。
 しばらくは、腹を下し続けるだろう。


「すまないが、面倒を見てやってくれ」


「かしこまりました」


「俺たちは、戦場に戻る」


「ご武運を!」




 *




 ――翌朝。


 夜間作戦の後、少し寝坊をした。
 目を覚ますと、既に異世界飛行機グースは、偵察飛行をして帰っていた。
 リス族パイロットが朝一で空に上がってくれたのだ。


 朝食後、全員で報告を聞く。
 リス族の隊長が地面に簡単な絵を描きながら話しをする。


「昨日、ご依頼をいただいた食料集積場所を調べました。ここと……、ここと……、ここです。大きな天幕を張ってます」


「横陣の後方に三カ所か」


「はい。上空から見ておりましたが、この三カ所に兵たちが食料を受け取りに来ておりました」


「間違いないね。朝早くから偵察ご苦労様。ありがとう。さて、次の目標はここだな」


 俺の狙いはメロビクス王大国軍の食料だ。
 メロビクス王大国軍は、万の大軍。
 食料が減れば、弱体化するだろう。


 じいが俺に先を促す。


「アンジェロ様! ご指示を!」


「まず、中央の食料集積した天幕をルーナ先生が焼き討ちして下さい。グースに乗って、魔法で上空から頼みます」


「私は飛行魔法で良い」


「いえ。グースからの魔法攻撃を実戦で試したいので、グースに乗って攻撃してください」


「アンジェロが前に話していた、地球世界の『空爆』?」


「そうです」


 異世界飛行機グースを複座にした狙いは、これだ。
 前席にパイロット。
 後席に魔法使いを乗せて、上空から魔法攻撃を行う。


 フリージア王国で飛行魔法を使えるのは、俺とルーナ先生だけだ。
 俺とルーナ先生なら、飛行魔法を使って上空から爆撃が出来る。
 しかし、普通の魔法使いは、空からの攻撃は出来ない。


 グースを使って他の魔法使いでも空爆が出来るようになれば、戦闘でかなり有利になるだろう。


 今回の戦争では、グースの実戦データを取りたい。
 俺とルーナ先生の飛行魔法をなるたけ使わずにグース中心に攻撃、行動を組み立てよう。


「わかった。グースから攻撃する」


「頼みます。次は、俺たちから見て左側の食料集積場所だ。サラ、ボイチェフ、キューで頼む」


「おう!」
「わかっただ~」
「承知しました」


「油の入った壺を空中から落としてから、火のついた炭を放り込め。じい、念のため三人について行って」


「お任せ下さい」


「三人はグースで近づいて攻撃する事になるから、危険が高い。失敗したらすぐに退却して」


 三人の攻撃は急降下爆撃に近い。
 訓練はしているが、実戦は始めてだ。


 ルーナ先生が派手に攻撃し、敵が混乱している間に三人が仕掛ける。
 じいをつけるので、退却判断も間違いないだろう。


「俺は右側の食料集積場所を襲う。可能なら食料を強奪してくる」


「アンジェロは意外と悪辣」


 ルーナ先生が、ジト目で俺を論評する。


「そうですか?」


「普通は戦場で活躍する事を考える。戦場で戦う事が戦争」


「いえ。戦う前に勝利を決定づけてから、戦うべきです」


「だからと言って、食料を奪うなんて考えつかない」


「えっ? そうですか?」


 兵糧攻めとか、補給線の分断とか、敵の食料を狙うのは、地球ではポピュラーな作戦だ。
 この異世界では、違うのか?
 戦争経験がないのでわからない。


 俺がじいを見ると説明を始めた。


「戦う前に勝利を決定づけてから戦う……。そういった考え方はあります。敵より大軍を組織するとか、奇襲をかけるとか、外交を駆使して連合を組むとか……」


「戦場以外の活動もあるじゃないか!」


「ありますが……。敵の食料を狙うというのは、聞いた事がないですな」


 ないのか。
 俺のやろうとする事は、この異世界の人々には理解されないかもしれない。
 みんなは、この作戦に乗り気でないのだろうか?


「みんなは、反対?」


「やろう。食料はいくらあっても困らない。ジョバンニが楽になる」


 ルーナ先生が代表して答えた。
 アンジェロ領は、かなりの食料のを外部調達している。


 リバフォ村でとれた大麦はウイスキー造りに回した。
 現地で討伐した魔物の肉もあるが、バリエーションは少ない。
 住人は少しずつ増えているので、食料調達を担当するジョバンニの負担は減らない。


 そんな事情があるせいか、どうもこの作戦の目的が食料調達と思われている。
 兵糧や補給の重要性が理解されていない。
 今回の作戦は、敵の補給に負荷を与える事、士気を下げる事が目的なのに。


 それでも、みんなやる気になってくれているから良しとしよう。


「じゃあ、早速行こう! メロビクス王大国軍の昼飯を奪うぞ!」


「「「「「「「おう!」」」」」」」


 飛行帽、ゴーグル、マフラー、裏地に魔物ウールを仕込んだ冬期仕様の革ジャンと革パン、革手袋を装備する。
 獣人は自前の毛皮が生えているけれど、人族やエルフには冬空の寒さが辛い。
 しっかりと装備を着込んで、グースへ向かう。


 俺はリス族の隊長と一番機に乗り込んだ。
 魔導エンジンが独特の音を発し、プロペラが高速回転をする。
 グースがふわりと離陸すると、フリージア王国軍から感嘆の声が上がった。


 弓矢や魔法攻撃を食わないように、高度を高くとりメロビクス王大国軍へ向かう。


 上空から見ると……なるほど、横陣の後ろに三つの大天幕が設置されている。
 あれが食料集積場所か。


「隊長! 始めよう!」


「はっ!」


 リス族の飛行隊長が手信号で、作戦開始の合図を送る。
 グース五機が散らばっていく。


 最初に攻撃を始めたのは、ルーナ先生だ。
 中央の食料集積所へ向けて、火魔法を放った。


 グースから赤い火の玉が放たれ、地上へ向けてまっすぐに落ちる。
 白い天幕に着弾すると同時に、爆発が起こった。


「あれは?」


 リス族の飛行隊長が、物珍しそうに聞いてくる。
 訓練では初級のファイヤーボールくらいしか使っていなかったから、彼は中級魔法を見るのが初めてだ。


「中級火魔法のファイヤー・バーストだね。火の玉が着弾した瞬間に爆発四散する」


「天幕も食料も吹き飛びましたな……」


「うん、吹き飛んだ食料も燃えているね」


 精緻な魔法のコントロールを得意とするルーナ先生だ。
 グースからの魔法攻撃を苦もなくこなす。
 この程度のミッションは、散歩するのと変わらないだろう。


 まず、目標を一つ完全撃破だ。


 地上でいくつか魔力が動いた。
 反応の良い魔法使いが、魔力障壁を張り出した。


「魔力障壁は、一、二、三――」


「七カ所確認出来ます」


 リス族の飛行隊長が即座に数える。
 獣人は目が良い。


 魔力障壁が発動した場所は、要人がいる場所だろう。
 反応は良いが、魔力障壁を前や後ろに張っているだけで上空はがら空きだ。


「上空からの攻撃とは、わかっていないみたいだ」


「お待ちを……声が聞こえます……。どうやら少数の敵が忍び込んだと思い込んでいます」


 耳も良いな!
 俺の耳には騒ぎ声が聞こえるだけで、会話を聞き分ける事は全く出来ない。


「空からの攻撃は、想像の埒外という事か」


「それは、そうでしょう。ワイバーンなど空を飛ぶ魔物がいれば上空を警戒しましょうが、このあたりは平原です。ワイバーンは出ません」


 ワイバーンなど空を飛ぶ魔物は、森や山に住みつく事が多い。
 平原に出てくる事は、まずない。


 ルーナ先生の攻撃に、地上は混乱し兵士たちが右往左往している。


「左の食料集積所へ攻撃が、はじまりました!」


 三機のグースが食料集積所へ向けて、まっすぐ降下を始めた。
 急降下爆撃とまではいかないが、かなりの急角度で突っ込んでいく。


 先頭は白狼族のサラ。
 次に熊族のボイチェフが続き、最後はリス族のキューだ。


 上空で待機しているじいの指示だろう。
 敵が混乱した良いタイミングで突撃した。


 グースが地上に近づく。
 機首を持ち上げて上昇に切り替わる瞬間、サラが油の入った壺を投げた。


 油壺は食料集積所の天幕に、ストライクでぶつかった。
 割れた油壺から、油が周辺にぶちまかれる。


 続いてボイチェフが、軽々と油壺を放った。
 ボイチェフの放った油壺は、ゆっくりと放物線を描いて天幕を破り地に落ちて割れた。


「おっ! キューのグースが!」


「機体を傾けてますね」


 最後はキューのグースだ。
 機体を斜めに傾けて、キューが半身を乗り出している。
 壺から火のついた炭を丁寧にばらまき、確実に油へ着火した。


 成功だ!


 キューのグースが上昇飛行に移る。
 その背後で食料集積所の天幕が燃え上がった。


 火を消すにも水をかけるか、土をかけるかしかない。
 火が消えたとしても、食料は水まみれ、泥まみれになり、口に出来ない状態だろう。


 これで二つ目の目標も撃破だ。


 では、最後は俺だな。


「俺はここから降下する。帰りは転移魔法を使うから、隊長は戻ってくれ」
「承知しました。ご武運を!」


 俺はグースの後部シートから飛び降りた。
 重力に引かれて、体が落下する。


「さあ。残りの食料をいただこう!」

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