追放王子の異世界開拓!~魔法と魔道具で、辺境領地でシコシコ内政します

武蔵野純平

第48話 頼むぜ! ホレックのおっちゃん!

 ドワーフの鍛冶師カマン・ホレックの後を追って行くと、店の裏手の土間に出た。
 どうやら、ここが鍛冶場らしい。


 工具が種類ごとに壁から吊るされ、様々な鉱石が整然と置かれている。
 酒浸さけびたりでも作業場はきちんとしている所に、職人気質を感じるな。


 鍛冶場の壁際に石造りの暖炉のような四角い箱が鎮座している。
 あれが炉かな?


 俺は鍛冶場に入るのは初めてだ。
 日本に居た頃テレビで見た製鉄所の大型炉や刀鍛冶の炉とは随分と形が違うな。異世界炉ってところか。


「さて……」


 カマン・ホレックは首を左右に回してゴキゴキと音を立てる。
 顔付きが真剣になる。


 カマン・ホレックが、異世界炉の上に載っている赤い大きな魔石に手を触れた。


「火の神よ、眷属の魂に力を宿らせ御身の力を示せ!」


 カマン・ホレックが祝詞のりとを唱えると魔石が光り、炉の中に赤々とした火が舞った。
 この炉は、魔石の魔力で動いているのか!


 炉内の温度が急速に上昇しているのがわかる。
 空気が熱せられ周りで見ている俺達の所まで熱が伝わって来る。


 カマン・ホレックは、身じろぎ一つせず炉の中を凝視している。
 赤かった炉の中が、オレンジになり、黄色っぽくなった。火が相当高温になっている。


 するとカマン・ホレックが、オリハルコンの大剣を炉の中にスッと差し入れた。
 そして魔石を一つ取り出すと何か印を書き入れ炉の中に放り込んだ。


「うおっ!」


 炉が強く光輝いた。
 青白い光が辺りを照らし、しばらくして光が収まった。


「ほれっ! 出来たぞ! まだ熱いから冷ましてから背負えよ!」


 カマン・ホレックが作業台の上にオリハルコンの大剣を置いた。


「おおっ! 光り輝いているのである!」


「凄い! 新品みたいだ!」


 元々白く美しい大剣だったけれど、今は抜けるような白さと宝石のような輝きをまとっている。


「これが本来のオリハルコンの輝きであるな。アンジェロ少年は、ドワーフの鍛冶を見るのは初めてであるか?」


「ええ。初めてみました。印術と火の魔石ですか?」


「そうである。ホレック! この少年が『王国の牙』リーダーのアンジェロ少年である!」


「ウソだろ!? こんなガキが『王国の牙』のリーダーなのかよ!?」


「見た目は優しそうな少年であるが、魔法は凶悪なのである。ルーナに師事しているが、ルーナも舌を巻くほどの雷魔法の使い手である」


「ルーナ……。ちっ! あのハイエルフのババアか!」


「……絶対にそれはルーナの前で口にしてはいけないのである。『死あるのみ』なのであるよ。それと剣の方では、それがしの弟子である」


「ほう! ちったあ使うのか?」


「ボチボチであるな。適性は魔法使いであるが、まあ、外に出して恥ずかしくない程度には、剣も仕込んだのである」


「ふむ……。黒丸が『恥ずかしくない』と言うレベルか……。おい! アンジェロの兄ちゃん! 剣を見せてみな!」


「えっ? ああ、はい!」


 腰の剣を抜いてカマン・ホレックに渡すと、カマン・ホレックは剣をチラリと見て渋い顔をした。
 一応、鉄剣よりも上のランクの鋼の剣だけどね。


「うーん……。鋼のショートソードか……。悪い物じゃねえが、黒丸の弟子の剣としては物足りねえな」


「アンジェロ少年は、まだ十才である。これから成長するので、成長に合わせて剣は変えるのである」


「なるほどな。まあ、妥当だな」


「ホレック。アンジェロ少年は、鍛冶を見るのが初めてなのである。軽く説明をして欲しいのである」


 おっ!
 黒丸師匠がうまい事、橋渡ししてくれたな。


「お願いします! その暖炉みたいなのが炉ですか?」


「そうだ、魔力炉だ。この上に載っている火属性の魔石で炉内に火を供給する仕組みだ」


 やっぱり魔力を使った炉だ。
 技術体系が地球とは全く違うな。
 それに気になったのは、途中で印を切った魔石を放り込んだ事だ。


「なるほど……。さっき印術を使いましたよね?」


「おっ! 見てたのか? そうだ魔力炉は魔力で炉内の火力をコントロールして、必要に応じて印を切った魔石を放り込むんだ。もちろん叩く作業もあるが、鍛冶に印術を組み合わせるのがドワーフ流だ」


「へえ」


「鉄鋼石から鉄を取り出す時も、印を切るんだ」


 んん?
 印を切った魔石を放り込んで鉄を取り出すのか?


 おかしいな。
 鉄鉱石から鉄を取り出すには、炭素、つまり炭が必要なはずだ。


 確か……、鉄鉱石は鉄と他の成分が混ざり合った状態で、そこから鉄だけを取り出すには、炭素をぶち込んで化学反応をさせる……。
 だから、鉄の製造には木炭を大量に消費する。


 うん、歴史シュミレーションゲームで鉄器が登場した時の説明書きに、そんな事が書いてあった。


「えっと……、炭を使って鉄鉱石から鉄を取り出すのでは?」


「何? 炭を使うだと? おい! どういう事だ?」


 カマン・ホレックが、食いついて来た。
 いかん、技術屋と技術を議論してはいけない!
 ああ、余計な事を言った!


「いや、あくまで……、俺も聞きかじりの話なので……」


「説明しろ!」


 物凄く真剣な顔で俺に説明を求めて来る。
 仕方ないので、俺の知っている製鉄の知識を説明した。


 大量の炭、木炭を使って鉄鉱石から鉄を取り出す事を説明すると、何で知っているのかを聞いて来た。


 またまた仕方がないので、異世界から転生して来た、元居た世界の知識だと説明した。
 カマン・ホレックは、呆れ顔だ。


「何ぃ? 異世界ぃ? 転生ぇ? テメエ! 寝ぼけてんのか!」


「酒ボケしてるドワーフに寝ぼけたとか言われたくないですよ。信じられないかもしれませんが、本当の事です」


「ちっ! 酒ボケか……、耳が痛いぜ……。オイ! 黒丸! このアンジェロ兄ちゃんの言う事は本当かよ?」


「少なくとも、それがしもルーナも本当だと信じているのである。そうでないと説明できない知識が多いのである」


「ふーん……。鉄鉱石と炭ね……。試してみてえな……。炭は……なかったかな……」


 カマン・ホレックが、鍛冶場の中を探し始めた。
 俺はアイテムボックスから、料理用の木炭を取り出した。


「ああ、木炭なら野営用に俺が持っていますよ」


「おっ! そいつを使わせてくれ!」


「どうぞ」


「よーし、鉄鉱石はこれと……」


 カマン・ホレックは、目を爛々と光らせて作業を始めた。
 少量の鉄鉱石と木炭を魔力炉に入れた。
 先ほどは気が付かなかったが、微量の魔力で炉内の火力をコントロールしている。


 暫くしてから、大きなペンチ状の器具を両手で使って魔力炉から小さな鉄の塊を取り出した。
 水の入った桶に鉄の塊を突っ込むと、水蒸気が景気よく上がった。


「ふむ。本当に鉄が取り出せた……。質は悪いが……。いや、回数を繰り返して作業に慣れれば質も良くなるのか?」


 ブツブツと一人呟き完全に自分の世界に入ってしまっている。
 俺は大きな声で話し掛けて、カマン・ホレックを引き戻す。


「あのね! ホレックさん! 木炭を使った鉄の製造は森林破壊につながる! だから魔力炉と魔石で鉄が製造出来るなら、魔力炉と魔石でやった方が良いよ!」


「うーん、そうだな。鉄の品質も魔力炉と魔石でやった方が上だしな。いや、でも、なかなか面白かったぜ!」


 カマン・ホレックがニカッっと歯を見せて笑った。
 俺に気を許してくれたのかな?


 よし!
 ここで勝負を掛けよう!


「もっと面白い物があるよ」


「うん? 何だよ? 勿体ぶるな!」


「これを飲んでみて」


 俺はアイテムボックスから、蒸留酒の入った木のコップを取り出した。
 プーンとアルコールの匂いが、鍛冶場に広がる。


「おっ! 酒か?」


「酒精の強い酒だから、一気に飲まないで。チビチビやってね」


「酒精が強いだあ? ドワーフを舐めるなよ! 俺達の体は、火と鉄と酒で出来てんだ!」


 カマン・ホレックは俺から木のコップを受け取ると、クイッと一口飲んだ。


「グッ……! これは……! な……!」


 ドワーフといえども初めての蒸留酒は衝撃だったらしい。
 目を白黒させ、木のコップ握る手がプルプルと振るえている。


「なんであるか? それがしにも飲ませるのである!」


 黒丸師匠がカマン・ホレックから奪うように木のコップを受け取り、慎重に口に含んだ。
 グリグリ! グリン! と黒丸師匠の目玉が回転した。


「むっ! むうううううである!」


 ふふふ。
 インパクトは絶大だな!


「これが俺の領地、アンジェロ領で特産品として製造する異世界の酒、蒸留酒です!」


「い、異世界の酒だと!? クッ! 味はひどいが、酒精が目茶苦茶強いな。ドワーフの俺でも、これだけ強い酒は初めて飲んだぜ!」


 そうだろう、そうだろう。
 驚け! ドワーフ!
 地球の技術に驚愕しろ!


「これを木樽に入れて数年熟成させると、もっと美味い酒になる。大麦からウイスキーって酒を造ろうと思ってね」


「ウ、ウイスキーか……。そいつは……、飲んでみてえな!」


「問題は専用の釜や鍋が必要なのだ。そこで鍛冶師を探している」


「ぬっ! それで俺の所に来たのか?」


「そうだ。他にも異世界の空飛ぶ魔道具を開発するのに、金属の部品が必要だ。それも精密なヤツが」


「空飛ぶ魔道具……、昨日の話はホラじゃなかったのか?」


「本気だよ。コアの部分は、もう何年もエルフの魔道具士に開発をしてもらっている」


「ふん……。精密な金属部品ってのは、どれくらい精密なのが欲しいんだ?」


 カマン・ホレックの表情がスッっと変わった。
 職人の真剣な顔だ。


 俺がこれから出す要求仕様は、この異世界では相当レベルが高い。
 少なくとも並の鍛冶師では実現できない仕様……。
 さて、名工と言われたホレックはどんな反応をするかな?


「金属製の真球だ」


「!」


 ホレックは無言で目を見開いた。


「意味がわかるか?」


「ああ。わかるぜ。歪みのない完璧な球体って意味だな?」


「そうだ。それもこれ位の小さい同じサイズの真球が複数必要だ」


 この要求仕様は難しい。
 なぜならこの異世界には工作機械がないし、測定する機器もないからだ。


 現代日本ならパチンコ玉を製造しているくらいだから、金属製の小さな真球を制作出来るだろう。
 だが、異世界の名工はどうだ? 出来ないと言うか?


「同じサイズを複数? 無茶言いやがる!」


 無茶か、出来ないとは言わなかった!
 さすがは名工ホレックだ!


「だから並の鍛冶師じゃ、役に立たない」


「へっ! だろうな!」


「カマン・ホレック、頼む! 俺に力を貸してくれ! ウイスキー造りと空飛ぶ魔道具開発には、あんたが必要だ!」


 俺は姿勢を正して頭を下げた。
 カマン・ホレックは、のそりと動き出すと俺の真正面に立ちゆっくりと右手を差し出して来た。


「任せとけよ。そんな面白え話を、他の鍛冶師にやらせるかよ! よろしくなアンジェロの兄ちゃん!」


 俺はホレックの右手をギュッと握った。


「頼むぜ! ホレックのおっちゃん!」



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