追放王子の異世界開拓!~魔法と魔道具で、辺境領地でシコシコ内政します

武蔵野純平

第9話 玉ねぎ課長

 俺に守役もりやくがつく事になった。
 先日やらかした特大雷魔法の件で父上が心配をして手配した。


 何でも……、『アンジェロには常識と良識を教育する必要がある』そうだ。


 おかしい!
 俺は女神ミネルヴァ様に教わって雷魔法を放っただけなのに!


 そんな訳で、今日は俺の自室で守役もりやくになる貴族と初顔合わせだ。


「お目にかかれて光栄でございます、アンジェロ様。この度、アンジェロ様の御父君、国王レッドボット三世陛下から守役もりやくを仰せつかりましたルイス・コーゼンと申します」


 固い! 固いな~!
 俺的には可愛い猫耳侍女のフランが側に居てくれれば、それだけで良いんだけどな~。
 とは言え、父上の手配だから断るわけにもいかない。二才の俺は舌っ足らずに返事をする。


「うむ。よろしく頼む」


「はは~」


 年齢は40台後半位かな?
 ロマンスグレーをオールバック、と言うよりは玉ねぎみたいな髪型にしている。
 経理課長って感じで、キッチリした人って印象だ。
 俺の苦手なタイプだが……。


 いや!
 俺に常識を教え込むにはピッタリの人材かもしれない。
 この世界の事を色々と教えて貰えるなら丁度良い。
 玉ねぎ課長とは、仲良くしておくか。


「それで玉ねぎ……、いや、コーゼンは貴族だよね? どこの出身?」


「はい。わたくしはコーゼン子爵家の四男でございます。王都の西の方にコーゼン子爵家の領地がございまして……」


 長い! 話が長い!
 玉ねぎ課長コーゼンの話を要約すると……。


 玉ねぎ課長は、中流貴族コーゼン子爵家の四男で、玉ねぎ課長本人は領地を持っていない。
 王都で王宮勤めをしていて、内政に軍事にと色々な部署をたらい回しにされていたらしい。
 貴族社会で四男とか政治的な影響力がなさそうだもんね。
 ただ働きぶりは真面目だったと本人談。


 しかし気になるのは……。


「コーゼン、あのさ。ぶっちゃけどうなの? 真面目だからって王子様の守役もりやくには、なれないでしょ? どうしてコーゼンが守役もりやくになったの?」


「それは……」


 あれ? なーんか目をそらしたよ。


「なあ、コーゼン。守役もりやくって事は、これから一生俺のそばつかえる訳だよな。なら俺の方も選考理由をちゃんと知っておきたい。怒ったりしないから正直に話してくれ」


 守役もりやくって言えば、教育係であり家臣の筆頭だろ。
 コーゼンは俺が選んだ訳じゃないから、せめて選考理由は知っておきたい。


「はあ……。では……、ご不快な点も多々あるかと思いますが、お話し申し上げます……」








「なるほど……、そういう事か」


 コーゼンは俺を傷つけまいと色々と言葉を選び遠回しに表現したが……。
 要は、第三王子で将来性がない俺の守役もりやくになりたい貴族がいなかったらしい。


 そこで中流貴族で領地も特に大きくなく、派閥に属さず地味で目立たないコーゼン子爵家にお鉢が回って来たらしい。
 コーゼン家の中でも色々と揉めたそうだ。


 まず当主のコーゼン子爵は、国王からのオファーなので引き受ける方針だったそうだ。
 問題は、一家の中で誰が俺の守役もりやくになるのか?


 当主は、高齢なのでパスした。
 長男は、コーゼン子爵家を継ぐ立場なので遠慮した。
 次男と三男は、第一王子と第二王子の派閥ににらまれるのが嫌で辞退した。


 そして最後に、四男の玉ねぎ課長ルイス・コーゼンが、父親で当主のコーゼン子爵に頼み込まれて引き受ける事になったそうだ。


 ちなみに第一王子、第二王子の守役もりやくは有力な大貴族が務めているそうだ。
 まあ、他の人の事は良いけど。


「そうか。俺の守役もりやくを引き受けてくれてありがとう。貧乏くじを引かせて悪いな」


 いや、本当に申し訳ないと思っている。
 第三王子の守役もりやくなんて一生日陰コース、政治の傍流だもんな。


「いえ! そのような事は! それに、このたび国王陛下から男爵位をたまわりましたので……。今までは子爵家の子供なので準騎士爵でした。正直、ありがたいです」


 ああ、ちゃんと父上もその辺は考慮したんだ。
 王子の守役もりやくになる報酬?
 それとも玉ねぎ課長に箔を付けたのかな?


 とにかく良かった。
 俺の周りにいる人には、あまり嫌な思いをして欲しくないからな。


「じゃあ、コーゼン子爵家とは別のコーゼン男爵家の当主になったのか?」


「左様でございます。領地はございませんが、爵位は中流貴族と言えます」


「ふうん……。その爵位とかイマイチ良くわからないのだけれど、最初は貴族について教えてくれるかな? ああ、いつまでもひざまずいてないで、椅子に座ってよ。俺はあまり堅苦しいのは好きじゃないから楽にしてくれ」


 日本は貴族制度がないからね。
 中流貴族とか男爵と言われても、ピンと来ないな。


「かしこまりました。それでは失礼して……。」








 玉ねぎ課長コーゼンの話は、わかりやすかった。
 あっちこっちにたらい回しにされていたと言っていたけれど、結構優秀な人なんじゃないかな。
 コーゼンは、拾い物かもしれない。


 コーゼンの話によると貴族の爵位はこうなっている。
 近隣の国も大体同じらしい。




 別格:公爵←王位につかなかった王族限定
 上級:侯爵
 上級:伯爵
 中級:子爵
 中級:男爵
 下級:騎士爵
 下級:準騎士爵




「じゃあ、俺は将来アンジェロ公爵になるのか?」


「はい。左様でございます」


「上級貴族と下級貴族で、どう違うのだ?」


「そうでございますね……。まず収入が違います。上級貴族は領地が大きいですから、税収だけでもかなりの額でしょう。下級貴族は……、領地を持っていても村一つとか……。領地を持っていなければ、勤め先の領主次第です」


「世知辛いね」


「まったくです。それに格の違いが大きいです。下級貴族から上級貴族に話しかけるのは無礼とされています」


「バリバリ階級社会だな……。面倒くさいな……」


 いや、本当に面倒くさい。
 貴族同士の付き合いとか、まったくわからない。


「貴族の下は、どうなっているのだ?」


「貴族の下は平民です。農民や商人、鍛冶屋などでございます。その下に奴隷がおりますが、奴隷は人ではありません」


 奴隷は人じゃない?
 どう言う事だろう。


 奴隷と言う日本では聞きなれない言葉にギョッとし、『人じゃない』と言うあり得ない表現に固まってしまった。
 いや、その言い方ダメじゃないだろうか……。


 俺はコーゼンの顔を見た。
 いたって普通の顔をしている。


 ああ、そうだ。悪いのは玉ねぎコーゼンじゃない。
 この世界、この国の社会制度が悪いんだ。


 俺はなるたけ冷静に、感情的にならないようにコーゼンに質問した。


「コーゼン……。『奴隷は人じゃない』、それはどういう事だ?」


「奴隷は物でございます。主人の所有物です」


「つまり……、道具や馬なんかと同じ扱いと言う事か?」


「左様でございます。大工のノコギリや兵士が跨る馬と同じです」


 マジか……。
 人権がどうのとか、そう言う真面目な事を語るつもりはないけれど……。
 元日本人の俺には受け入れがたいな。


「じゃあ、主人が奴隷を気紛きまぐれに、殺したらどうなる?」


「特に何も。罪に問われる事はございません。自分の所有物をどうしようが主人の勝手です」


「……」


 俺は自分の事を考えた。
 奴隷に転生しなくて良かったと心底思って安心した。


 こんなとんでもない話を聞いて、自分の身を考えるなんて……、と顔を真っ赤にして怒り出す真面目な人もいるかもしれない。


 だけどここは異世界だ。


 王子とは言えまだ二才の俺一人が奴隷制度のひどさを嘆いても何にもならない。
 俺自身に力……、政治力とか資金力とかが付かないと、この問題はどうにも出来ないだろう。


 結構ひどい世界だな。
 女神ジュノー様は、評価ポイントが三千ポイントって言っていたけれど……、そりゃそうだ。
 こんな世界は高評価できないよ!




 俺が考え込んでいると、コーゼンが恐る恐る話し出した。


「しかし……、その……、王子は本当に二才でいらっしゃいますか? おっしゃっている事が、大変大人びていると感じるのですが……」


「二才だけれど、中身は二十二才だ」


「は?」


「俺は、こことは違う世界で一度死んだ。だが、女神ジュノー様に頼まれ事をされて、この世界に生まれ変わった。生まれ変わる前は、二十二才だった」


 コーゼンは、ポカーンとしている。
 まあ良くわかんない話だよね。


「ああああ、左様でございましたか~。なるほど~」


 コーゼンは顔を引きつらせて無理に相槌を打っている。
 コイツ、絶対信じてないな。


「信じられなくても仕方がない。まあとにかく体力以外は大人なので、子ども扱いしなくて良いぞ」


「かしこまりました」


「それからコーゼンの事は『じい』と呼ぶぞ」


 やっぱり守役もりやくなら呼び方は『じい』だろう。
 まあ、『玉ねぎ課長』じゃ、可哀そうだからな。


「はい。そのようにお呼び下さい」


 こうして、じい、こと、玉ねぎ課長コーゼンが俺に仕える事になった。
 階級制度や貴族の付き合い、奴隷の事は気が重いが、じいから色々と学ばせて貰おう。




 *




 神々の世界は紛糾していた。
 女神ジュノーが地球世界に侵入していた事が、地球を管理する神々にバレて捕らわれてしまったからだ。


 今日は始祖の神による審判が行われる日である。
 全ての世界の神々が一堂に会し、女神ジュノーに処分が下される。


 ここ始祖の神が管理する神界の会合場所には、続々と神々が集まっていた。
 ある者は人型、ある者は獣型、中には海老やカニ、タコのような異形の神もいた。


 会合場所の中央には始祖の神が座り、その前には女神ジュノーが座らされていた。
 女神ジュノーは珍しく緊張をしており、落ち着きなく視線を右に左にと、さまよわせていた。


 神々は女神ジュノーを取り囲むように席に座る。
 神々の席はスタジアムのように階段状になっており遥か先は見えない。


 一体どれだけの神がここに集まっているのかは、始祖の神以外にはわからない。




 女神ジュノーの部下神である女神ミネルヴァと神メリクリウスは、女神ジュノーに近い席に座った。
 二人の隣に座る海老と人を混ぜ合わせたような違う世界の神が話しかけて来たが、二人とも生返事をするだけで話の内容はまったく覚えていなかった。


 始祖の神の部下神、鹿型の神が厳かに審判の開始を告げた。


「では、これより! 女神ジュノーの審判を始める!」


 会場は水を打ったように静まり返った。
 鹿型の部下神は続けた。


「女神ジュノーは地球世界に管理者の許可なく侵入し、地球世界の人間を自分の世界に転生させようとしていた」


 鹿型の部下神の声は、広い会場の隅々まで響き渡ると会場の神々はざわつき始めた。
 女神ジュノーの行いをとがめる声もあれば、現在評価ポイントがトップの地球世界をやっかむ声もあった。


「静粛に! 女神ジュノーに問う。地球世界に侵入したのは、これが初めてか?」


「いいえ」


「では、過去にも地球世界に侵入していたのか?」


「はい」


 女神ジュノーの声は、今ではしっかりと落ち着いていた。
 そして自分の左側の方に座る地球の神々を、敵意むき出しでにらみつけていた。


 女神ジュノーと地球の神々の間に不穏な空気が漂っている。
 鹿型の部下神は、そんな女神ジュノーと地球の神々に構わずに話を続けた。


「女神ジュノー。これまで地球から自分の世界に人間を転生させた事はあるか?」


「はい。あります」


 会場から大きな声が上がった。
 評価ポイントトップの地球世界から、地球界の知識や技術を持った人間を自分の世界に転生させる。
 その影響、自分の世界が躍進する可能性を会場にいる誰もが理解していた。


 地球世界の神々へのやっかみからだろうか、女神ジュノーの行いに快哉を叫ぶ声が多い。
 鹿型の部下神は、会場を見回すと一層声を張った。


「静粛に! 静粛に! 女神ジュノー、今まで何人を転生させた?」


「四人です」


「その中で生きている者は?」


「一人です」


 女神ジュノーの近くで様子を見守る女神ミネルヴァと神メリクリウスは、自らの手を強く握った。
 今の話に出た『今、生きている転生者』とは、二人が面倒を見ているアンジェロの事である。


 鹿型の部下神は地球からの転生者が一人存在している事を聞き、眉をひそめた。


『神々の戦いはフェアであるべき』


 鹿型の部下神は、そう考えていた。
 それゆえ一人の転生者、つまりアンジェロの存在がアンフェアに思えたのだ。


 鹿型の部下神は、始祖の神をチラリと見た。
 始祖の神の姿は、見えるようで見えない。
 まばゆい光の塊のようにも思えるし、深淵の闇のようにも思える。


 その圧倒的な力、幾万の神を支配するエネルギーが、『そこ』にある。
 そこに存在する事が認識出来ても、始祖の神の姿をきちんと認識する事は、部下神と言えど不可能なのだ。


 鹿型の部下神は、始祖の神から何ら指示が出ていない事を確認して審判を進めた。


「女神ジュノーの申し開きを聞こう」


 女神ジュノーは立ち上がると地球の神々から視線を外し、始祖の神がいる方向に目を向けた。


「これは慰謝料です!」


 女神ジュノーの口から出た意外な言葉に会場はざわつき、鹿型の部下神は困惑した。


「女神ジュノー……、その慰謝料と言うのは……、地球から人間を転生させたことが慰謝料だと言う主張か?」


「その通りですわ! 皆様もご存知の通り、わたくしたちはかつて地球世界を管理する神でした」


 女神ジュノーは、会場に良く通る声で話し始めた。
 会場の神々は女神ジュノーが何を語るのかと女神ジュノーを注視し、また静かになった。


「わたくしたちは現在の地球の神々との争いに敗れました。その時に、わたくしの夫ジュピターは殺されました! 地球の神々によって!」


 会場は水を打ったように静まり返った。
 女神ジュノーは、一つ息を吸うと激しく地球の神々を糾弾した。


「夫ジュピターだけではありません! アポローン! マールス! ディアーナ! 主だった神々は、地球の神々に討たれました! 生き残ったのは、わたくしとミネルヴァとメリクリウスの三神だけです!」


 女神ジュノーは続ける。


「下級神や神獣も全て討たれたのです! そして地球世界から追放されました! 神々で争おうとも、お互いを殺すまでは争わないのが不文律です!」


 黙って話を聞いていた鹿型の部下神が女神ジュノーに問うた。


「すると女神ジュノーは、その争いの際の補填として地球世界の人間を自分の世界に転生させたと?」


「その通りです! わたくしは『神殺し』の処分を求めませんでした。ですので、地球世界の人間を転生させた事は、当然の権利であると考えています!」


「女神ジュノーの主張はわかった。では、次に地球の神々の話を聞く」


 鹿型の部下神は地球の神々に目を向け発言をうながした。
 しかし地球の神々は、なぜか何も答えなかった。


「地球の神々は何か話すことはないのか? ないなら始祖の神様より審判を頂く」


 鹿型の部下神は、始祖の神が存在する方向に振り返り頭を下げた。


「始祖の神様! 審判を!」


 始祖の神からエネルギーが放出され、音にならない声が会場の隅々まで届いた。


『女神ジュノーの世界の神々は、十年間の謹慎処分とする』


 十年間の謹慎……。
 不死に近しい存在の神々にとって十年の謹慎は処分があってないような形だけの罰則、実質無罪であった。


 そしてこの審判を告げた瞬間に始祖の神の存在が会場から消えた。
 審判は下ったのだ。


 アンジェロの存在は始祖の神によって認められ、女神ジュノーの管理する世界で生存が許された。
 同時に地球の神々が、女神ジュノーの夫ら仲間の神々を殺した件も不問となった。


 始祖の神がその二つの事象に触れなかったという事は、そういう事なのだと会場の全ての神が理解した。


 女神ジュノーは鹿型の部下神に一礼すると、女神ミネルヴァと神メリクリウスの元に戻った。
 その表情は先ほどと違い、ホッとしていた。




 一方、地球の神々は、会場を出ると小さな声で話し合った。


「それで何人を女神ジュノーの世界に送り込んだのだ?」


「五人ほど送り込んだ。飛び切りたちの悪そうな連中を女神ジュノーの世界に転生させておいたぞ!」


「それは重畳ちょうじょう! 女神ジュノーの世界が少しでも混乱すれば面白いな!」


 地球の神々は女神ジュノーを捕えてから審判が始まるまでに、五人の人間を女神ジュノーの世界に転生させていた。
 もちろん、女神ジュノーたちには秘密で……。


 その目的は、妨害である。質の悪い者を異世界に転生させて、女神ジュノーの世界を混乱させる狙い……。
 果たしてどれほどの影響があるのかは、誰にもわからない。



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