蒼の魔法士

仕神けいた

第10話 求められしはボケツッコミ? 絶対零度の脅迫 -01-

 予想外の言葉に、みっちゃんから間のけた声が出る。
 そんなかれをじぃっと見つめるユウ。

 見た目、金髪きんぱつポニーテールにあやしげな丸サングラス。そして、ニヘラ~っとした口元。いかにもお笑い担当たんとうの男がまじめな口調で『戦う』と言う。
 その一方で、人は見た目で判断してはいけない、という兄の名言が記憶きおく奥隅おくすみから飛び出す。
 ユウの脳裏のうりは現実とおもみが混ぜこぜになっていった。

「そ、そりゃあ、みっちゃんは大人おとなだし、見た目で判断しちゃダメだろうし。それに力はあるだろうけども。でも、ボケツッコミでアヤカシは退治できないよ?」

だれがツッコミで世界を救うかぁぁああ!」

 渾身こんしん裏手うらてツッコミが、みっちゃんの右隣みぎどなりにいる透明とうめい人間へと炸裂さくれつする。
 そんなかれに、ユウの言葉が止めをす。

「えっと……みっちゃんはどちらかというとボケの方だよね」

 ユウに悪意は全くなかった。
 力を入れすぎて、ゼィハァとかたで息をするみっちゃんの勢いに、
「……言葉は刃物はものとは……よぉ言うわぁ……」
 と、満身創痍そういであった。

「ねえ、連絡れんらくがきてから時間ってるよね? 急いで行かないと!」
「せやで。やからユウどんは――」
「ボクも行く!」

 ユウは急いで口に肉をほうんだ。しかし、みっちゃんは両手をってあわてるように制止する。
「いやいやいや! ユウどんは屋敷やしきで待機や」
「なんでっ!? んぐ……ミサギさんたちがあぶないんでしょ!?」
 口から肉がこぼれそうになったのを、手でおさむユウ。

あぶないからや! まだ魔法士まほうしになりたてのヒヨッ子ユウどんは、何もできんどころか、命を落とす危険きけんがあるんよ! そのハンバーグのかけらみたいにっ!」
 気を付けていたつもりだったが、ユウが足元を見ると、取りこぼしたかけらが落ちていた。
 食べ物をこぼしたショックでがっくりひざをつく。それでもユウの手はしっかりと口をおさえ、「すいません」とモゴモゴあやまりつつくだした。

「で、でも! アヤカシは苦手だけど、力はあるよ! みっちゃんだって、ライセンスの試験の時のボクを見ただろ?」
 言われて、炭となったユウのうでを思い出す。

 決して気分のいいものではなかった。しかしゾッとする光景よりもおどろいたのは、炭をはらいのけた下の皮膚ひふきず一つなく、きれいであったこと。
 いまだに信じられないが、目の前で見たのだから事実である。

「ボクならケガしてもすぐ直るし平気だよ!」
「いやいや! すぐ直ってもケガはいたいもんやろ!? つか、苦手やったらなおの事、屋敷に居《お》りぃや!」
 レストラン内の談笑だんしょうに、ヒソヒソとささやき声が混じりはじめた中、二人ふたりにらいがはじまった。

「連れてってよ!」
「ダメや」
「どうしても?」
「ダーメーや!」

 ユウの顔がうつむく。

 これであきらめたかとみっちゃんが一息つこうとしたが、ユウのボソボソ声がかれを一気にめた。

「連れてってくれないと……」
「……ん?」

 再びみっちゃんをにらひとみがギラリと光る。

「……このあたり一帯にある店の食材、全部食べつくしてやる」

 もちろん、みっちゃんのツケで、とユウはえた。
 これにはさすがのみっちゃんも、悲鳴がのう天をけた。

 ユウの食欲しょくよく胃袋いぶくろならば、本当にやりかねない。
 ガクッとうなれ、敗北のあかしに両手を挙げて、
「……一緒いっしょに行こうかの」
 力なくユウにしたがった。

「そうこなくっちゃ!」
 パッと表情を明るくして席を立った。が、視線しせんを落として動きを止める。

「……? どした、ユウどん」

「すぐ行くからちょっと……ちょこっとだけ、おかわりしてもいい?」
 おずおずとメニューを取り出す。

「注文したやつ、全部キャンセルやぁあああ!」
 レストランにみっちゃんの声がひびわたった。

 ◆ ◆ ◆

 時をさかのぼること数時間。
 まどもなく、廊下ろうかかられ入る光だけがたよりの部屋へやで、かくれるようにうごめく黒いかげが一つ。
 ったとびらに近づくと、隙間すきまからの光でかげは木戸の顔となり照らし出された。

 かれ何故なぜか、ミサギのそばにいなかった。
 外の気配をさぐり、次に視線しせん部屋へやの中に向けて走らせる。
 天井てんじょうでは、れた蛍光灯けいこうとうがその身をむき出しにして、役目を果たせずにいた。

 室内のおくに移動してみれば、かべに向かって右から左へとデスクが占領せんりょうしており、二段構にだんがまえのモニターらしき四角いものが十数台、ずらりとならんでいる。操作そうさは、すぐ前に置かれたボードでおこなうようだ。

 暗さに目が慣れてきたかれは、さらに目をらす。
 操作そうさボードは、キーボードのようにも見えるが、どっしりした重量感があり、ごつごつしたキーがめられている。

 モニターや操作そうさボードの数だけ椅子いすも配置されていた。
 それぞれの眼前にあるかべには、無数のスイッチやランプが密集みっしゅうしており、隙間すきまうように、おそらく注意事項じこうでも表示されるであろう小さな電光掲示板けいじばんけられていた。
 さらに視線しせんを上げれば、すべてを監視かんしするかのように巨大きょだいモニターが鎮座ちんざしていた。

 決して広くはない部屋へや。だが、おびただしい機器類とあちこちに設置された掲示けいじ板に、一般いっぱん企業きぎょうのオフィスにはない重圧のかかった空気がただようのをはだで感じ取れた。

 それもそのはずだ、と木戸は無言であせ一筋ひとすじ流れるのをぬぐう。

 ここは工場であった。
 モニターのすみ椅子いすには、「ファインケミカル」と消えかけの文字が読み取れた。

 多くの化学製品をあつかうのだろう。
 操作そうさ一つ、ボタン一つで重大事故につながると聞いた。

 些細ささいなミスも許されない暗黙あんもくのルールがここにはある。

 敷地しきちには、小さいものから建物を凌駕りょうがするほどの大小様々なタンクがひしめき合っている。その合間からは大樹たいじゅごと煙突えんとついくつもそびえ立つ。
 あるいは、建造物同士をつなぐように、縦横無尽じゅうおうむじんに長短太細《ちょうたんたさい》のパイプが束となってびていき、材料搬入はんにゅうに不可欠な車輌しゃりょう道路が根を張っている。
 根は幹へと集まり、幹は葉をしげらせたがいにい、やがて大きな森となるようにひとつの施設しせつしていた。

 だれ一人ひとりおこたれば、施設しせつ全体が大爆発だいばくはつ、街一つが焼け野原となりかねないのだ。

 一方で、夜になれば、不夜城ふやじょうともいわれる工場地帯は、建物外部の要所要所にある足場のライトがともり、戸張のおりた世界に幻想的げんそうてき姿すがたを見せてくれる。作業にいそしむ喧騒けんそうが昼夜問わず都市を発展はってんさせるBGMとなった。
 周辺地域ちいきの住民のみぞ知るかくれた絶景スポットだったのだ。

 今では、新たな地に最新の機械を取り入れて移設され、残されたこの施設しせつは使われなくなって久しい。

 かつて一睡いっすいの間もなく動いていた機械たちは、さびしそうに、そして自らをねぎらうように静かにねむっていた。

 この一室も同様である。
 幾種類いくしゅるいもの機能性材料の製造を管理するシステム室であったが、監視かんしする機械も管理する人もなくなり、空調さえ機能しないこの場所をよどませていた。

 木戸は、かえす空気の中、あせをハンカチで丁寧ていねいぬぐいつつ、スマートフォンをタップする。

 その時だ。
 ささやくような女性の歌声が聞こえてきた。

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