蒼の魔法士

仕神けいた

第9話 震撃せよ、満たすべきは青き胃の腑 -01-

「すいません。追加で、このページのここから――」
 言いつつ、ユウの指がメニュー画面の左上のはしから右下のはしへと移動する。
「――ここまで全部、お願いします」

 これで何度目であろうか、食べ終わった皿を回収かいしゅうしようとばした手をピタリと止める女性店員。彼女かのじょの耳に、マンガみたいな追加注文をする声がいつまでも残り脳裏のうりをぐるぐると回る。
 まさか、実際に聞く日が来るとは思わなかったであろう。しかも、一日に何度も。
 最初に聞いたときは、三度聞き直してしまった。

 口の回りに、ナポリタンソースをつけた小さな客は、レストランメニューの肉料理のページを見せつつ、改めて「これ全部です」と、屈託くったくのない表情を彼女かのじょに向ける。

「……ご注文、ありがとうございます」
 笑顔えがお、はやい、親切がモットー、全国展開てんかいのチェーン店をほこるファミリーレストラン。
 早くも一つ目が引きつって崩壊ほうかいしつつある店員は、注文用のタブレット機器を操作そうさした。決して間違まちがえないよう、ふるえる指をゆっくりと画面にタップしていく。

 複雑な表情でキッチンへと向かう店員をあわれに見送り、小さな客に向き直るみっちゃん。
「……ユウどん、なんやねん……どんな胃袋いぶくろやねんソレ……」
 もはや、おどろきをとおしてかわいた笑いしか出てこない。
昨日きのう今日きょうでこの量て……食べちゃう? もういっそ店まるごと食べちゃう?」

「んむゅ?」

 目の前には、小さな客――春日かすがユウが朝食をっている。その量たるや、人間の限界をとうにえて象に匹敵ひってきするのではないかというほどであった。

 店員が通り過ぎるたびに皿を片付かたづけていくので、テーブルに皿の山こそないものの、追加追加でユウが食べた料理の数は百をえる。
 財布さいふという役割やくわりっているみっちゃんはというと、自分のスマホを手にし、若干じゃっかんふるえていた。
 画面を見ようとしてすぐ目をらす。さっきからそんな挙動不審きょどうふしんかえしていた。どうやら、支払しはらい金額を見るのがこわい様子である。

 それもそのはず。

 店に入るとき、みっちゃんのおごりということで、電子マネーの清算設定をしていた。
 スマホには、注文した品が表示され、精算時に自動で支払しはらわれる。
 当然ながら、残金がなければそれ以上の注文はできない。

 支払しはらい方法を、経費用の電子マネーにえなかったことを今更いまさらながらに後悔こうかいした。
 経費用ならば、どれだけ金額がかさんでも後払あとばらい――要は『ツケ』でますことができたのだ。

 勇気を出して「とりゃ!」とけ声を出して注文履歴りれきを表示する。
「……」
 みっちゃんは、やはり見なければよかったと後悔こうかいした。

 かつてない速さで画面がスクロールしながら注文した品が表示されていく。
 画面下部には、まさに神速といわんばかりに数字がまたたきそのけたを増していく。末尾まつびには『円』の文字がついていた。
 わざわざアニメーションで表示しないでほしかったと思う瞬間しゅんかんでもあった。

 かれはそれを見た後、思考が停止したましいがらになる。その姿すがたは真っ白にきていた。

 どこかで、仏壇ぶつだんにあるすずの音が鳴った。

 ◆ ◆ ◆

「おなかいたぁ……」
 それは、ユウがライセンスを取得できた昨日きのうの夜のことであった。
 みっちゃんのおごりでとある食事どころに行った二人ふたり早速さっそく席に着き、みっちゃんはメニューを広げユウに手渡てわたす。
「どんどんたのみぃや。好きなモンおごったる」
「いいの? ボク、結構燃費悪くてよく食べる方なんだけど」
遠慮えんりょせんでええ。子供こどもはよう食わにゃあかん」

 その言葉に、ユウの表情がふわぁっと明るくなる。
「ありがとう!」

 その微笑ほほえみは天使のものか悪魔あくまのものか。このときのみっちゃんに予想できるはずもなかった。

 ユウは、すぐさま店員のおばちゃんをんで、メニューを見せる。
「すいません、ここに書いてあるの、全部お願いしますっ!」

『……は?』

 聞き返す声は、みっちゃんと食事どころのおばちゃん、両方のものだった。
 正気なのかとうたがうようなみっちゃんのサングラスは、今からやってくるであろう料理を楽しみに待ちわびる無垢むく子供こどもうつしていた。

 どんどん運ばれてくる料理を次から次へと平らげていくユウ。
 その食べっぷりをおばちゃんにめられつつも笑顔えがおで出禁をくらってしまったのだ。

 そして今。
 目の前の学習しない子供こどもは同じことをかえそうとしていた。
「な、なあユウどん……あんまり容赦ようしゃなく食べると、ほら……昨日きのうみたいになっちまうから、な」
「んー……」
 言葉を選びつつ注意をうながすと、ユウは物足りなさそうな表情をした。
 口の中の物を飲み下し、食べた物はどこへ行ったかわからぬほどスリムなはらでる。
「でも、おなかいて力が出ないよ。ミサギさんと木戸さんは用事があるからって今朝けさ早くに出かけちゃって、朝ごはん食べてないし」
 そう。本日のユウは木戸の朝食をそこねてしまったのだ。かれの作る料理を食べれば、今この惨状さんじょうはなかったであろう。

 今更いまさらになって、木戸のありがたみが理解できたみっちゃん。
 いのるようにして盛大せいだいなるため息を落とすが、今更いまさらである。

 ちらと見れば、ほんわかと肉のかおりをふくませた湯気ごと頬張ほおばり、ニコニコと幸せそうにみしめるユウ。
 みっちゃんはついつられて微笑ほほえんだ。

「……とりあえず、それ食ったら屋敷やしきもどろうや。ミサギどんたちも帰ってきてるかもしれんしの」

 ところで、とみっちゃんはユウの姿すがたをじっと見る。
 いつものユウである。いつもの、ずっと黒いフードを目深まぶかかぶっているユウだ。
 初めて会った時は意識しなかったのだが、気がつけばこの子供こどもはフードをかぶって顔をかくしている。

「なあ、なしてさフードぬがんの?」
 問われたユウは、途端とたんにバツが悪そうにフードのすそをいじり始める。
「や、その……ボクのかみ……ヘン……だから。目立つのヤだし」
 それを聞いて、かれはますます不思議そうに首をかしげる。
「ヘンて……別にぐせも立っちょらんやったろ?」
 それでも、ユウは視線しせんを合わせようとしない。

「――もしかして、かみの色を気にしちょるんか?」

 図星だったようで、ふいとそっぽを向く。
 みっちゃんは、意外だというふうに頭をき、
「あのな、屋内でフードかぶっとる方が悪目立ちするわいな」

 大丈夫だいじょうぶじゃて、とみっちゃんは笑う。
「今時分、かみめとるやつなんていっぱいおる。たとえ地毛でも『オシャレじゃろ♪』と堂々としときゃええんじゃ」
「そう、なのかな?」
「そーや。そんなモンやっ」
 わっしが保証しちゃる、とみっちゃんはむねを張る。
 その言葉を信じたのか、ユウはかたの力がけたように笑った。
「そっか、気にしすぎたら逆に目立つんだな」
「せや、なーんも悪い事じゃないんじゃけえ、気にせん気にせん♪」
「あ~、なんか気が楽になった!」
なやみはないのが一番じゃて」
「うん! よし、じゃあ食べよう!」
「どんどん食え……へ?」
 目の前には、湯気まで美味おいしそうな料理が数ならんでいたはずだった。
 空になった皿を見て、ユウの顔を見るみっちゃん。
 リスの頬袋ほおぶくろを見事に再現したユウのほおは、幸せそうな咀嚼そしゃくに合わせてもごもごしていた。

「……あかん、ブーストかかってもうた……」

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