蒼の魔法士

仕神けいた

第8話 鳴きし虫はかく喧しく -03-

 しばらくして、ダボダボのTシャツを着てユウが風呂場ふろばから出てきた。
 自身からふわふわと上る白い湯気をまとい、満足した様子で言の葉屋と井上坂いのうえさかに頭を下げる。

「ありがとうございます、助かりました。このシャツも洗ってお返しします」

 黒いシャツは、ご当地ヒーローのグッズらしい。
 井上坂いのうえさかが気に入って買ったもので、正面に白抜しろぬき文字で『White Snake King』と書かれていた。

 井上坂いのうえさかは、気にしなくていいと言いつつも、少ししむようにシャツのすそをクイッとつまむ。
 ユウが見上げると、かれはフイと目をらす。心なしか、ほほが紅潮していた。

「いつでもいいから……また来て」
「うん、また来るよ!」
 彼のほおゆるんだ。

「ほう……!」
 二人ふたりの様子を、興味津々きょうみしんしんながめること葉屋はやとみっちゃん。少々出歯亀でばかめ気味なところが似ている。

めずらしいの、お前がそんなことを言うなんて」
 こと葉屋はやがからかうと、井上坂いのうえさかは顔をしかめる。
「シャツ…………気に入ってるから……それだけ」
 照れているようには見えなかったが、それでもこと葉屋はやはニヤニヤしながらかれを見ていた。

「ところでユウどん、肝心かんじん字綴じつづりの方はどうやった?」
 みっちゃんが身分証明を見せてくれとせがむ。

 取り出したユウも一緒いっしょに見るが、何か表示が変わった様子はなかった。性別らんは不備を指摘してきされた時と変わらず『×』のままだ。

「お、不備なんてキレイさっぱし無くなっとるの~♪」
「え?」
 みっちゃんの言葉に思わずかえる。
 身分証明をのぞむが、ユウが見ても性別らんは、不備を示す『×』マークがついていた。

「これ、『×』なのが不備なんじゃないの?」

「おー、これはな、『×バツ』やのうて、『Xエックス』なんよ。エックスジェンダーの『エックス』」
「……なにそれ?」

 かれて、みっちゃんはうーむと手をあごに当ててかんがむ。
「……あんな、身分証明書に書かれとるのは、生物学的な性別やのうて、社会規範きはんでの性別なんよ」
「?」
「んー……じゃけえの、昔は男と女の二つだけやったんやけど、今やったら……男は男やけど実は女や~って人とか、そうでないときとかあって――」

 説明されたが、あいかわらずみっちゃんの説明が下手へたくそで、首をかしげた。
「……まあ、ユウどんがもうちょいおっきくなってからな」
 説明をあきらめたみっちゃん。

「なんだよ、子供扱こどもあつかいして!」
 ほおふくらませていかったが、それが子供らしさを増長していることに本人は気づいているかどうか。

 煙管きせるたしなみながら、こと葉屋はやがユウをなだめる。

「そう風船になるでないよ。そやつが説明下手へたなのは昔からじゃ。
 アタイらは、今回そこに書かれる内容の概念がいねんを修正したんさ。今、そこにある性別の概念がいねんは、見た目の方じゃなくて、心の方で判別されとるの」
 こと葉屋はやは言った。
「おっと、くわしい原理はお聞きでないよ、アタイらだって面倒めんどうくさい説明は苦手なんさ」

 言って、彼女かのじょはめいっぱいんだけむりをふぅっとす。

「さあさあ、それよかあんたは魔法士まほうしになるんだろ。行って、成ってきな」
「はい、ありがとうございます」

「かたじけないで、こと葉屋はや字綴じつづり屋」
「あんたはおせっかいすぎるのを治しな!」

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