蒼の魔法士

仕神けいた

第7話 在りし絆、綴りて証 -03-

「……大丈夫だいじょうぶか?」
「あ? だだだじょーぶだっ! 手ぇつなぐくらいっらい、なななんとも、何とも!」
 明らかに挙動不審きょどうふしんなユウに、キョトンとする井上坂いのうえさか
 自分のつないだ手と、ユウのオタオタする様子を見て、
「なあ……」
 石畳いしだたみわきにある赤い花を指さす。

「そこ、ヒガンバナがいている」

「え? うん……」
 混乱する頭で探してみれば、ヒガンバナがあちらこちら、群れるようにき、近くを小さなトンボが飛んでいる。
囃子はやしも聞こえてきた……」
 かれの言う通り、ユウが耳をますと、どこからか笛や太鼓たいこの音がひびいてくる。

「もうすぐ字綴じつづりを始めるからだ」
 井上坂いのうえさかは、ユウを見てにこりと笑う。

 かれなりに不安をやわらげようとしてくれているようだ。

 それを感じて、ユウの表情から緊張きんちょうがほぐれ消えていく。

「落ち着いたようだな」
「うん……ありがとう。
 なあ、『じつづり』って、どんなふうにするんだ?」

「難しい事はない。囃子はやしに合わせて、言葉を音にしてつづる」
 かれは、つないだ手をきゅっと自身に引き寄せる。
「君は、おれが今から言うことを真似まねて言ってくれればいい」

 気付くと、周りは最初に通った参道の風景になっていた。

 終わりの見えぬ石畳いしだたみ
 並ぶ灯籠とうろう
 点々と群れているヒガンバナ。
 両脇りょうわきを竹林が連なり、そこへ足をれた者を異世界へとさそむようだ。

 竹が風にられ、葉と葉をりあい、さやめく音にのせて静かに聞こえてくる囃子はやしの音。

 幾重いくえもの和楽器がかなでるゆるやかな調べ、そして、シャン……と高くひびおごそかな鈴のに、空気がんでいく。

 雰囲気ふんいきが、最初のころちがっていた。

 井上坂いのうえさかは、すぅ……と歯を合わせて空気を口にふくみ、小さく、しかしはっきりと聞こえる低い声で言葉をつづる。

「人のために有れ」

「ひ、ひとのためにあれ」
 ユウもかれならって言葉を続ける。

「人と共に有れ」
「……ひとと、ともにあれ」


「人とて有れ」
「ひととしてあれ」


「アヤカシ災禍さいかと非ず――」
「アヤカシさいかとあらず」

朱音あかねの雲をしとねとす」
「あかねのくもを、しとねとす」

 言葉は、つむぐうちに囃子はやしにのって歌へと変化していった。

 ユウの耳は、おくの方がキィンと鳴り続けるのを感じていたが、不思議と不快ではなかった。

 手を引かれ、ゆっくりと石畳いしだたみみしめ進むうち、言葉が体中に満ちていき、自然と口からこぼれ出る。
 ユウは、無意識に歌っていた。

 人のためにあれ
 人とともにあれ
 人としてあれ
 アヤカシ災禍さいかと非ず、朱音あかねの雲をしとねとす

 歩むたびに空気がれ、やわらかい風となってユウを包む。
 自分の声が囃子はやしと風景にむようで心地ここちよかった。

 空をあおげばしゅに染まり、茜雲あかねぐもが横たわって薄菫うすすみれひとみをもまたしゅを映す。
 その明るさがみて、まぶたを閉じればまったなみだがこぼれ出る。ほおを伝う一筋を、なぜかなつかしいと感じた。

 忘れていた何かを思い出しそうになった。

「?」
 気付くと、井上坂いのうえさかが手をなみだぬぐってくれている。

 我に返ったユウは早々に、人生二度目の声にならない声を上げることとなった。

いやだったか?」
 井上坂いのうえさかは、少し困った風に笑う。

「やっ! あの、そのボク、にいちゃん以外の人とこんなに近くにずっといるのってほとんどなくて――」

 気恥きはずかしいだの、変な意味はないだのと狼狽うろたえるユウに、井上坂いのうえさかは軽くした。

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