蒼の魔法士

仕神けいた

第5話 言葉綴りし者たち -04-

 ◆ ◆ ◆

 しゅつづり。朱色しゅいろつづられた門で、字つづりの試練ともいっていい。それはつづってもらう者がいどまなければならない、自分自身との葛藤かっとうである。

 ある者は、コンプレックスが再現され、また別の者は恐怖きょうふとするものが現れる。

 しかし、必ずしもだれもがいどむわけではない。言の葉屋が言織ことおり朱色しゅいろで言葉をつづると現れるのだ。
 先程さきほど、中身を確認かくにんしていた井上坂いのうえさかは不思議に首をかしげる。
 と、いうのも、言織ことおりにはしゅつづりはなかったのだ。

 しかし、試練は始まってしまった。
 この門の中では、ユウに対する試練が始まっているはず。それが何かは、字つづりをする井上坂いのうえさかすらわからない。
 わからないはずだが、天からかすかだが声が降ってきた。


 ――似てない……おにいさんに……
 ――もとが青いかみ……おかしい……


「なんだ? 何が起きている?」
 長年、字つづりをしていた井上坂いのうえさかにとっても初めての現象だった。
 不快な声はさらに降り注ぎ、その言葉に井上坂いのうえさか苛立いらだちをつのらせる。

 ――さっきの怪我けががもうない……
 ――バケモノ……まだ包帯巻いて白々しい……
 ――あいつだけちがう……


「これは……あの子の試練……? いや、記憶?」

 ――あの子の周りでだけ、おかしなことが起きるよ
 ――奇妙な……呪われているのでは?
 ――恐ろしい……

 ユウを否定する声に空をあおいでいると、井上坂いのうえさかの足元からも声が聞こえてきた。

 ――ボクはただ、こわくないよって言いたいだけなんだ

「!」

 石畳いしだたみの一つが波紋はもんのようにらぎ、そこから生まれ出たしずくが人の形を成す。

 水のらぎを持ったまま、それはユウの姿となった。

「ボクって、そんなにこわいこと、してる?」

「……」

「おなじことでも、きちんとしていても、ボクがするとみんなはこわがるんだ……ダメだっていうんだ」

 ユウは今にも泣きそうな表情だ。けられるものがあるのか、両手で胸をさえている。

「ちがっても、おなじでも、ボクではダメってみんないうんだ」

「……っ」

 井上坂いのうえさかあやうく言葉を発しそうになったのを手でさえた。
 本能が、こたえてはいけないとっている。

 おそらくこれはユウの試練だ。
 試練である以上、ユウ自身がやらなければならない。
 かれが行動をした瞬間しゅんかん、言葉を発した途端とたん、予想もできない事態が起こるだろう。それが何なのかわからない。
 だが、今までにない事態が起きている以上、迂闊うかつなことは出来ない。

 ――あの子は?

 しゅつづりの門をかえる。かたく閉じられたままだ。

 ――どうすればいい? あの子がこちらへ来ないと……

「ボクは、バケモノでしかない」
 水のようにらぐユウが泣き出してしまった。

 ――化け物

 その言葉に、井上坂いのうえさかの心臓が大きく脈打った。

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