蒼の魔法士

仕神けいた

第1話 蒼い髪の少年

 ここ数日の雨がうそだったようなよく晴れた昼下がり。この天気は、今週いっぱい続くらしい。


 最新のコンピュータOS「CIMSシムス」に、仮想ディスプレイと音声認識にんしき・再生機能、そしてAIがついてから久しく。
 新たに加わった天気予測システムも、今月で的中率九七パーセントになった。


 まだ試験段階だが、この調子ならば本格始動ももうすぐだろう。


 今後のCIMSの開発で、GPSを利用した防犯システムを導入の予定とニュースは言っていた。


 時刻じこくはもうすぐ十三時となり、昼食を終えたOLやビジネスマンは職場へともどる。
 すでに、というより、休む間もなく取引先をめぐる人もいた。


 人がときに波となり、うずとなる大都市の風景は、もう何年も変わらない。


 そんな中、一つのビルが突然とつぜん爆発ばくはつした。


 直後、立て続けに隣接りんせつするビルが次々と爆発ばくはつしていった。
 いや、これは爆発ばくはつというより、まるで巨大きょだいな何かが通り過ぎるようだ。横一直線に建物がどんどん破壊はかいされていく。


 五十階以上あるビルの上部が破壊はかいされたことにより、ガラスやかべ破片はへんは人々をおそ脅威きょういの雨となる。
 それはおどろひまあたえず、頭上から容赦ようしゃなくりかり、街を地獄じごくと変えた。


 一体、何が起きたのか。
 恐怖きょうふに悲鳴し、まどう人々。
 冷静に判断できる者など、そこに誰一人だれひとりいるはずがなかった。


 あお一閃いっせんちゅううまでは。


 ひらめきは、少女を背負せおった少年になった。


 としころは十二、三さいほど。
 とおるような、それでいて深いあおかみ
 どんな宝石ほうせきよりも美しく強い光をめた、むらさきひとみ
 細く白い四肢ししは、黒く身にまとった衣装いしょうによって一層いっそう引き立っている。


 背負せおわれた少女は気絶しているのだろう、ぴくりとも動かない。


 少年は、れたまどまどのわずかなコンクリートへきって、ビルとビルの大きな谷間を上昇じょうしょうしていく。


 その先に、爆発ばくはつ破壊はかいされた巨大きょだいなビルのかたまりせまってきた。


 少年は左の親指、人差し指、中指をそろえて空に向ける。
 じゅうを構えるのに似た格好だ。


くうふうぎょう!」


 力強く発せられた言葉が、かたまり破片はへんの雨とともに消し去る。と、次の瞬間しゅんかん、少年の姿すがたはどこかへ消えてしまった。


 ほんの数分の出来事。


 だが、恐怖きょうふさわぎは人々に混乱こんらんを招くだけで、何が起こったのかなど知るよしもなかった。


 ただ、途中とちゅうから恐怖きょうふの雨がぴたりとやんだことで、様子をうかがおうと空をあおいだ幾人いくにんかは見たであろう。


 消え行く少年の目の前に、一瞬いっしゅんだけ現れた異形いけいのものを。


 ■ ■ ■ 


 上空を、禍々まがまがしい咆哮ほうこうとどろいた。


 それは人々に見えず聞こえず、しかし、確かに存在そんざいしており、げる少年を追いかけていた。


「ヤバいヤバいヤバいって! このアヤカシ強い!」


 少年――ユウは、巨大きょだい尾長鳥おながどりした真っ黒な化け物をアヤカシとんで見上げた。


 ユウが作り上げた結界の中は、先ほどまでの、いわゆる現実世界の街並まちなみそのままであった。


 だが、そこは人工的な異世界いせかい
 結界でへだたれている以上、ユウと背負せおわれた少女以外に人間はおらず、いくら建物がこわれようとも現実世界に影響えいきょうはない。
 もちろん、両世界からたがいを見ることはできない。


 アヤカシは何度もをあちこちのビルにたたきつけ、羽を飛ばしては暴れまわっている。


 いくら破壊はかいしようともかまわないのだが、ユウの結界維持いじがそろそろ限界であった。


「せめて、この子が目を覚ましてくれたらな……」
 ユウに背負せおわれた少女は、成り行きで助けるハメになったのだが、このままでは彼女かのじょも自分自身も余計な危険きけんさらすだけだ。


「そもそも、何で都会にあんなばかでかいやつがいるんだよう! 聞いてないよー!」


 彼女かのじょかばって攻撃こうげきけてはいるが、
「うわっ!?」
 小石をんで足をすべらせた。


 アヤカシはそのすきのがさずユウめがけてり下ろす。
 体勢をくずしたユウは、片手かたてをつき両足で反撃はんげきする。


 どぉん、と空気が重くひびわたる。


 体術を心得ているにしても、この威力いりょくすごいものだった。


 アヤカシが、かえされたによろけている間にユウは地をって、ちゅうへとげる。


 そしてその瞬間しゅんかん、ユウは見た。


 ちょうど、アヤカシを上から見下ろす高さに達したとき。


 かたく黒い羽におおわれ、の真ん中にうずもれるギョロリとした赤い目玉。


 な血を固めたようなそれは、見紛みまがうはずもない、アヤカシの弱点ともいえるかれらのかく――『目』だ。 


「ラッキー、見っけた!」


 ユウが、チョーカーにつけた十字架じゅうじかを取る。それは一瞬いっしゅん背丈せたけほどもある錫杖しゃくじょうへ変化した。


 ユウの殺気を感じたのか、羽をはげしく動かし、再び攻撃こうげきをするアヤカシ。


 空中で身動きとれないユウは、錫杖しゃくじょうあやつり、飛んでくる攻撃こうげきをすべてはねのける。


 はねのけた攻撃こうげきの分、結界に次々と亀裂きれつが走る。


 それに構わず、ユウは流線型をしたビルの屋上へ着地し、なだらかな下り坂の屋根を勢いよく走る。
 屋上のはしで強くって空に飛び出した。
 先には、むかつかのように咆哮ほうこうするアヤカシ。


 その上空をえ、アヤカシのをめがけて錫杖しゃくじょうを投げる。


 寸分すんぶんたがわず、な点にった瞬間しゅんかん、アヤカシの体はちりかたまりに変わった。
 断末魔だんまつまさえなく、風にかれて空気にけるように消えていく。


「――――」
 それを最後に、ユウの意識も落下とともに遠退とおのいていった。


 ■ ■ ■


 辺りは真っ暗だった。


 純粋じゅんすいな黒ではなく、すべてをんだような、黒。これがやみなのだろう。


 遠く、波の音が聞こえる。


 黒い空の彼方かなたかねそそぐ。


だれかいないの!?」


 心細くなり、ユウは辺りを見回しながらさけんだ。


 しかし、さけんでも、手をばしても、声も手もとどかない。


 ただ、やみまれていく。


 ユウはやみけていく――






「……どこだ、ここ?」


 目が覚めたら、そこに白い天井てんじょうがあった。


 起き上がってみると、かなり立派りっぱ部屋へやだとわかる。
 横に大きな本棚ほんだなと勉強づくえとびらまで続くかべは白く遠く、部屋へや全体はかなり広い。


「えっと、確か――」
 ユウが覚えていたのは、中空でアヤカシの最期さいごを見たところまでで、そこから先は記憶きおく途切とぎれている。


「そうだ! ボク――」


「気がついたかい?」
「え?」
 かえると、いつの間に入ってきたのか、サングラスをかけた黒ずくめの大男が立っていた。


「で、でかっ……!」
 天井てんじょうとどきそうな長身。ユウの二倍三倍はありそうだ。
 別段べつだん、がっしりとした体格でもなく、しかし、ひょろひょろにせこけているわけでもない。茶髪ちゃぱつの大男は、後ろをかえって頭を下げる。


「……?」


「やあ、どこかいたむところはあるかい?」


 大男の後ろから、小柄こがらな女性が現れた。

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