転生守銭奴女と卑屈貴族男の結婚事情
130.5
テルセドリッド王子の従者に連れられて行くロディナの背中を見送る。本当なら、僕が傍にいたかった。
助けてと、ロディナの叫びを聞いたとき、どれだけ肝が冷えたことか。
「すまないな、ディルミック。そんな顔、しないでくれ」
仮面を付けているはずなのに、そんな顔、とは。仮面越しにでも分かるほど、僕は落ち込んでいるんだろうか。
「お、お待ちください、テルセドリッド様!」
王城の警備兵に連れていかれそうになっているアンベラ嬢が叫んだ。その顔は、焦りと絶望に染まっている。
それはそうだ。第三王子の婚約者として紹介されておきながら、貴族の前に顔を出す公務の際に共を許されないのだから。しかも明日の結婚式は貴族全員の前で行うもの。
無論、いくらグラベイン王国の王族が、公務をする際に妃を共にするとはいえ、身重だったり罹患していたり、妃が欠席するケースはある。
しかし、健康体であるアンベラ嬢が公の場に出てこないということは、不仲であるということの証明にしかならない。ましてや、まだ婚約が決まった段階。破棄もありえるのでは、と噂されることに違いない。
「わ、わたくしはテルセドリッド様の為を思ってやったのです! テルセドリッド様が、このような醜男を認めるなど! 貴方様も魔王肯定派と思われてもよろしいのですか!?」
ただでさえ王子の活動をよく思う人間はほとんどいない。王族として恥ずべき行動だと揶揄する人間すら多い。
しかし――。
「私は頼んでいない」
王子はバッサリと、切り捨てるように言った。
「そもそも、醜いから悪だと決めつけるのがおかしな話なのだ。確かに、魔王に似た人間を恐れるのは分かる。だが、魔王が没して何年だ? 魔法という技術が失われて何年だ? いつまでもこんな価値観にとらわれて、おかしいとは思わないのか?」
王子の顔は、話にならない、と言いたげなものだった。
「……美醜観を変えられないのは致し方ないが。人の好みはそれぞれだからな。だが、私になんの相談もなく、勝手に行動しておおごとを起こすなど、王族の妃にふさわしいのか、私は疑問だがな」
今この場で婚約破棄を言い渡せる状況ではないが、近いうち、婚約破棄をしそうな言い草だった。いや、十中八九、この王子はやるだろう。本当に王子が信念を貫き、活動を続けるのであれば、アンベラ嬢は邪魔にしかならない。
なにより――彼女の生家でもある、ボーディンラッド家の未来が真っ暗なのだから。
僕は思わずエノーリオ=ボーディンラッドを見た。彼は放心しているようで、アンベラ嬢とは違い、警備兵におとなしく連れられている。ふらふらと、脚付きはおぼつかないが。
王族である『立会人』から、結婚式への立ち合いを認められないなど、貴族として認められないと言われたも同然だ。彼は第三王子だから、ただ『認めない』というだけであるが、これが現王や第一、第二王子の発言だったら、遠回しなお家取り潰し発言である。
無論、第三王子にそんなことを言われた時点でも、周囲の貴族は一斉に手を引くだろう。婚約者も望めないし、何か困ったときに助けてもらえる相手が一人もいない。カノルーヴァ家以上の孤立が待っている。
「どうして……わたくし、わたくしは……!」
さめざめと泣く彼女を見ても、可哀そうとすら思えなかった。ただ、ロディナに、こんな貴族の暗いやり取りを、見られなくてよかったと、それしか頭になかった。
「……あえて言うのならば。これは私の活動がかかっていると同時に、王位継承第三十九位のディルミック=カノルーヴァの結婚式だからだ。彼はかなり遠い縁ではあるが、まぎれもない王族の血を引いている身。……アンベラ達の計画は絶対に成功しなかったのだよ」
「そんな、そんなの知らない……!」
確かに、表に出る王位継承者は十位まで。十一位以降は書類にしか記載されず、明確に知る者は王族か宰相くらいしかいない。
でも、彼女は王族に入る身の令嬢。知ることを許されていると同時に、知らねばらなかったのだ。
それでも、もう遅い。結婚式を挙げ、王位継承第三十九位の僕の妻だから手を出せないのではなく、結婚式を挙げた夫婦だから手を出せない、ということにするはずだったのだが。
体に力が入らないのであろうアンベラ嬢は、半ば引きずられるようにして、警備兵に連れられて行った。
助けてと、ロディナの叫びを聞いたとき、どれだけ肝が冷えたことか。
「すまないな、ディルミック。そんな顔、しないでくれ」
仮面を付けているはずなのに、そんな顔、とは。仮面越しにでも分かるほど、僕は落ち込んでいるんだろうか。
「お、お待ちください、テルセドリッド様!」
王城の警備兵に連れていかれそうになっているアンベラ嬢が叫んだ。その顔は、焦りと絶望に染まっている。
それはそうだ。第三王子の婚約者として紹介されておきながら、貴族の前に顔を出す公務の際に共を許されないのだから。しかも明日の結婚式は貴族全員の前で行うもの。
無論、いくらグラベイン王国の王族が、公務をする際に妃を共にするとはいえ、身重だったり罹患していたり、妃が欠席するケースはある。
しかし、健康体であるアンベラ嬢が公の場に出てこないということは、不仲であるということの証明にしかならない。ましてや、まだ婚約が決まった段階。破棄もありえるのでは、と噂されることに違いない。
「わ、わたくしはテルセドリッド様の為を思ってやったのです! テルセドリッド様が、このような醜男を認めるなど! 貴方様も魔王肯定派と思われてもよろしいのですか!?」
ただでさえ王子の活動をよく思う人間はほとんどいない。王族として恥ずべき行動だと揶揄する人間すら多い。
しかし――。
「私は頼んでいない」
王子はバッサリと、切り捨てるように言った。
「そもそも、醜いから悪だと決めつけるのがおかしな話なのだ。確かに、魔王に似た人間を恐れるのは分かる。だが、魔王が没して何年だ? 魔法という技術が失われて何年だ? いつまでもこんな価値観にとらわれて、おかしいとは思わないのか?」
王子の顔は、話にならない、と言いたげなものだった。
「……美醜観を変えられないのは致し方ないが。人の好みはそれぞれだからな。だが、私になんの相談もなく、勝手に行動しておおごとを起こすなど、王族の妃にふさわしいのか、私は疑問だがな」
今この場で婚約破棄を言い渡せる状況ではないが、近いうち、婚約破棄をしそうな言い草だった。いや、十中八九、この王子はやるだろう。本当に王子が信念を貫き、活動を続けるのであれば、アンベラ嬢は邪魔にしかならない。
なにより――彼女の生家でもある、ボーディンラッド家の未来が真っ暗なのだから。
僕は思わずエノーリオ=ボーディンラッドを見た。彼は放心しているようで、アンベラ嬢とは違い、警備兵におとなしく連れられている。ふらふらと、脚付きはおぼつかないが。
王族である『立会人』から、結婚式への立ち合いを認められないなど、貴族として認められないと言われたも同然だ。彼は第三王子だから、ただ『認めない』というだけであるが、これが現王や第一、第二王子の発言だったら、遠回しなお家取り潰し発言である。
無論、第三王子にそんなことを言われた時点でも、周囲の貴族は一斉に手を引くだろう。婚約者も望めないし、何か困ったときに助けてもらえる相手が一人もいない。カノルーヴァ家以上の孤立が待っている。
「どうして……わたくし、わたくしは……!」
さめざめと泣く彼女を見ても、可哀そうとすら思えなかった。ただ、ロディナに、こんな貴族の暗いやり取りを、見られなくてよかったと、それしか頭になかった。
「……あえて言うのならば。これは私の活動がかかっていると同時に、王位継承第三十九位のディルミック=カノルーヴァの結婚式だからだ。彼はかなり遠い縁ではあるが、まぎれもない王族の血を引いている身。……アンベラ達の計画は絶対に成功しなかったのだよ」
「そんな、そんなの知らない……!」
確かに、表に出る王位継承者は十位まで。十一位以降は書類にしか記載されず、明確に知る者は王族か宰相くらいしかいない。
でも、彼女は王族に入る身の令嬢。知ることを許されていると同時に、知らねばらなかったのだ。
それでも、もう遅い。結婚式を挙げ、王位継承第三十九位の僕の妻だから手を出せないのではなく、結婚式を挙げた夫婦だから手を出せない、ということにするはずだったのだが。
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