転生守銭奴女と卑屈貴族男の結婚事情

ゴルゴンゾーラ三国

114

 わたしがディルミックの部屋に入室すると、扉が閉められてすぐにディルミックは仮面を外す。
 何も言わなくても当たり前に仮面を外した彼を見て、本当に信頼を勝ち取ったのだと嬉しくなる……が、今はちょっとそれに感動している余裕がない。


 わたしの表情が暗いことに気が付いたのか、よっぽどの顔色をしていたのか、ディルミックが心配そうな顔になった。


「……大丈夫か?」


「まだ……多分……。でも、このくらい頑張らないと。本番はもっと絞めそうなので……」


「またしばらく夜食を用意させておく」


「…………。お願いします」


 正直あの夜のことは恥ずかしいので忘れて欲しいのだが、それはそれとして夜食はありがたいので甘えさせて貰おう。


「さて、呼んだ用件だが、式の流れについてある程度説明しておこうと思ってな。義叔母様は式を挙げていないから、所作の教育は出来ても流れを把握させることは出来ないだろう。……とはいえ、婚約パーティーに出席できたのだから、今回も大丈夫だろう。そこまで緊張しなくていい」


 いやあ、それはどうだろうか。前回のパーティーですら緊張したのに、頼みの綱である義叔母様は結婚式自体は詳しくないというし、何よりディルミックとの――好きな相手との結婚式。緊張しない理由があるか?
 前回の婚約パーティーではディルミックのことをあまり意識していなかったけど、それでも彼の正装に美しいと心の中で感嘆したものだ。
 本番で彼の結婚式仕様の正装を目の当たりにして「美しい」と称賛しないでいられるだろうか。……表情筋をコントロールできるようになっておこう。


 そんなわたしの決意を知らないであろうディルミックは説明を始める。


「まず、出席者だが、おそらくは各家の当主しか出席しないだろう。当主は最低限出席が義務づけられていて、その他の家族は任意だ。親しい貴族が挙式するだとか、派閥の中心の人間の結婚式ならばその派閥に属しているだとか、そういう場合は夫婦ないし一家総出で出席すものだが、今回に限ってそれはないだろう」


 まあ、ディルミックには親しい貴族がいないようだし、わたしはそもそもディルミックや義叔母様以外に貴族の知り合いなんていないし。
 ということは少なくとも、婚約パーティーのときよりも出席者は少ないということか。前回のパーティーではどの家も夫婦で出席していたようだし、中には一家で、というところも珍しくなかったみたいだし。


「王城には前日から入る。当日の準備が忙しいからな、当日に城へ向かうようでは遅い。準備をすませ、控室から会場のホールへ向かう。ホール入場した後は、テルセドリッド王子の話を聞き、そのあと宣誓をし、『立会人』である王子の前で誓約書に名前を記入して退場――それで終いだ」


 確かに流れ的にはそう複雑でもない。


「宣誓ってどんな感じですか?」


 一番気になるのはそこだ。めちゃくちゃ長い文言だったらどうしよう。覚えるの大変そうだなあ。前世のお決まりの誓いの言葉すらろくに覚えてないんだから。病める時も健やかなる時も、の先が曖昧である。


「そこまで難しくはない。王子が『この者を夫と永劫認めるか?』と聞かれたら、マサタダと……君なら茶か金か? マサタダと茶にかけて誓います、と言えばいい。後者は君が最も大事にしているものに誓うんだ」


「いや誰ですかマサタダって」


 至極真面目な顔で急に日本名が出てきて笑ってしまいそうになる。しかも微妙に発音というかイントネーションが違うんだよな。


「? 勇者の名前だ」


「アッそうなんですね……」


 不思議そうにディルミックが言う。グラベインでは勇者の名前がそうなんだな。マルルセーヌだと大体みんな『勇者』っていうから……。
 世界の『美しい』の基準でなんとなく察してはいたが、千年前の勇者は日本人だったんだろうか。異世界転移したのかな。今のわたしには確かめる術もないし、仮に日本人だったところで興味もないけど。

「転生守銭奴女と卑屈貴族男の結婚事情」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く