転生守銭奴女と卑屈貴族男の結婚事情

ゴルゴンゾーラ三国

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 片手で持つには少し不安なくらい大きい丸いパンは、ふんわり系というよりは固めなタイプのパンだった。でも、わたしは固めな方が好きなので、こっちのほうが嬉しい。
 小麦の味が強く、「パンを食べている!」という満足感が強い。確かにチェシカが熱弁するだけある。めちゃくちゃ美味しい。


「これ、もう二つ、持ち帰りで貰えませんか?」


 客がわたし以外いないことをいいことに、少し店から離れた場所から声をかけた。おじさんは快く応じてくれた。


「あいよ。そんなにうちのパンが気に入ってくれたのかい?」


「はい、とっても! 何も付けなくても、素の状態で勝負できるとても美味しいパンですね」


 そのまま食べるのではなく、おそらくはジャムと一緒に食べるのであろうパン。わたしはジャムをビンごと購入したが、小分けでも売ってくれるっぽいし(既に開封済みの瓶とカップが置いてあるのが見えるのだ)、本当はジャムと付けて食べるのが正しいのかもしれないが、これでも十分美味しい。


「よかったら今度街にも来てくれよ。街の方はもう一軒あるパン屋の方が人気でなあ……」


 その人気パン屋を聞けば、ミルリが連れて行ってくれた、スウィンベリージャムを購入したパン屋だった。そちらの方は昔からある、いわゆる老舗らしく、どうにも新参のおじさんのお店の方は、閑散としている、というほどではないが、客入りが悪いらしい。


「……そうですね。機会があれば、是非」


 まあ次いつ行けるか分からないけれど。わたしとしては機会があればいつでも、街に遊びに行きたいと思っているのだが、ディルミックがあんまりいい顔をしないので。嫌そうというか、「行ってくるといい」と言いながらしょんぼりした雰囲気をまとわせているので、じゃあ行ってきます! とはなかなか言いにくい。
 まあ、あんまり暇だと行っちゃうけどね。ただ、最近は勉強で時間を埋められているので、前ほどは街に行かなくなった。あと茶葉が切れたら普通に行く。


「領主様には感謝だな。ここに露店を出させてくれたおかげで、新規客が何人も見込めそうなんだ。今日は流石に人自体がいないから暇だが、初日なんか凄かったんだぜ?」


 わたし以外に客が来ないからか、おじさんはわたしと会話を続ける。わたしは一応、店に並んでいる人ではない、というアピールをするため、おじさんとは向き合わず、同じ方向を向いて、会計口から少しずれた場所に立つ。
 ディルミックに好意を向けてもらえるのは、素直に嬉しい。彼は確かに異世界基準だと不細工になってしまうのかもしれないが、わたしにとってはこの上ない美人だし、なにより、本当はいい人なのだ。


「領主様は醜いから仮面で顔を隠しているらしいけれど、本当は美人なんじゃないかって街の一部じゃ噂されてるんだ。あんなに領民思いの人が、醜男なわけないもんなあ。俺も本当は美人なんじゃないかって思うんだ」


 でも、その言葉に、ぎくりとした。そんな言い方って、あるだろうか。彼らが、ディルミックの仮面の下を見たら、手のひらを返すように、糾弾するのだろうか。


「嬢ちゃんもそう思うだろ?」


 そのおじさんの問いに、わたしは曖昧な言葉しか返せなかった。おじさんには悪気がなくて、むしろいいことを言った、みたいな表情が、余計にわたしの心をちくちく刺激した。
 さっきまですごく美味しかったパンが、急に味気なく感じてしまう。
 ……ディルミックにも食べてもらいたくて追加で買ったけど、これ、チェシカにでもあげようかな。

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