転生守銭奴女と卑屈貴族男の結婚事情

ゴルゴンゾーラ三国

67

『ねえ、父さん。どうしてうちには一人もじいちゃんとばあちゃんがいないの?』


 前世の、幼い頃のわたしが、台所に立つ父さんに向かって質問する。父さんの顔は見えるはずなのに、表情が思い出せない。


『××ちゃんちは二人づついて、一杯遊んでくれるんだって。△△ちゃんちは、ばあちゃんと一緒に住んでるって言ってた』


 父さんが、ようやく口を開く。でも、なんて言っているのか、分からない。口は動いているのに、言葉は聞こえてこない。ただの口パクだ。
 でも、わたしは覚えている。確か、そう。父さんは、だた、「ごめんな」とだけ謝ったのだ。お星さまになったとも、遠くにいて会えないとも、言わなかった。


 ――ドンドンドン!


 扉が乱暴に叩かれる。古いアパートの扉は、それだけで扉が壊れてしまいそうだ。


『――さーん』


 けだるそうな男の人の声。わたしはこの声が嫌いだった。こうやって父さんを呼ぶこの男の人が、怖い人だったから。
 この声がすると、わたしは一目散に奥の和室へと逃げるのだ。


 母さんの写真が置かれた和室に――。




「――――はっ!」


 遠い昔の記憶の夢。前世の幼少期に過ごしていたボロアパートの、キッチンから和室に繋がる引き戸を開けると同時に目が冷めた。
 この夢を見ること自体、久々な気がする。前世のわたしと今世のわたしの生い立ちがひどく似ているからか、幼少期の頃は少しだけ境界線が曖昧だ。


 ごろり、と寝返りをうてば、ディルミックのスペースが空いているのが見えた。
 まあ、彼の方が起きるのが早いので、こればかりは見慣れた光景である。寝起きの顔を見られたくないのか、わたしが起きる頃には、彼のスペースのシーツは冷たくなっているほどだ。


 わたしはさっさと起き上がって私室に戻る。あんまりすっきりした気分で起きられなかったので、お茶でも淹れて落ち着きたい。
 ケトルに水を入れ、コンロに置いて火をつける。茶器をあれこれ準備して、茶葉の入った缶を開け、その中身がもうないことに気が付く。
 ディルミックと一緒に飲んだファーストティーの茶葉は、一杯分もなかった。すっからかんといっても差し支えない。そう言えば、飲んでしまったんだっけ。


 缶を捨てろ、と思わなくもないのだが、マルルセーヌ人の性として、思い出のあるお茶を飲んだ茶葉の入っていた缶は取っておきたくなるのだ。面白いことに、偉人の資料館なんかに足を運ぶと、その偉人が思い出と共に遺しておいた茶葉缶がコーナーで紹介されているのだ。世界中どこに行っても、それが当たり前の国はマルルセーヌだけあろう。


 一方、季節のフレーバーティーの分はまだ少しある。少なめに二回に分けるか、多めに一回で使い切ってしまうか。そのくらいの量だ。
 ディルミックの口にわたしお気に入りの茶葉が合わなかったときのことを考えて買った無難な茶葉はそこそこある。でも、わたしだけの消費ペースと考えても、一週間程度しか持つまい。


 明後日ミルリが帰ってくるし、その時に一度街に出ようか。ディルミックからお小遣いは貰っているし、茶葉の一つや二つ、買っても問題ないだろう。


「今日と明日は――宿題終わらせるか」


 宿題、という響きが懐かしくて、少しだけ笑えてしまう。
 気持ちを切り替えようと、わたしは季節のフレーバーティーを、蒸らし用のティーポットに入れた。

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