転生守銭奴女と卑屈貴族男の結婚事情
18.5
ハッと気が付いたときには、もう彼女は僕の前からいなくなっていた。最初は僕が黙り込んでしまっても待ってくれていたというのに。僕なんかに付き合っていられないということだろうか。違うと思いたい。
誰もいない廊下を、僕は眺める。突き当りにある僕の部屋とは反対側、廊下の伸びる先に彼女の部屋はある。部屋に行けば彼女はいるだろうか。
いや、何を考えているんだ。
僕みたいな醜男が遊びに行ったって、彼女は嫌がるだけだ。そもそも、まだ今日の仕事が残っている。日中、本当に彼女が帰ってくるのか、なんて考えて、何度も窓から外を覗きに行ったせいで、予定よりも遅れてしまっている。結局、彼女はこうして戻ってきてくれたわけだが。
部屋に戻り、書きかけの書類の置かれた机の前に座る。ずらりと並ぶグラベイン文字を見て、彼女は本当にグラベイン文字を覚えてくれるのだろうか、という思いが浮かんだ。
確かに、彼女は一般的な夫人と違うから、やることもないのだろう。ロディナは貴族の人脈がない。そしてこのカノルーヴァ家も、普通の貴族とはいいがたい。
一般的な貴族夫人であれば、仲のいい友人に手紙を出したり、お茶会を開いたりするだろう。もしくは、このカノルーヴァ家が……いや、僕が普通の貴族だったら、僕に会いに来る客人をもてなしたり、もてなすためにあれこれ使用人に指示を出したりするだろう。
でも、そのどちらも、きっと彼女がすることはない。文字通り、お飾りである。
だからこそ、することがなくて、勉強を、なんて言いだしたのだろう。
しかし、マルル文字よりもグラベイン文字を覚えようとしてくれるということは、彼女の言葉を信じていいのだろうか。
――こちらに長くいることになるんですから。
彼女の言葉が、頭の中で繰り返される。
長くいることになる。どのくらい、この屋敷にいてくれるつもりなのだろうか。
教育の機会が与えられて、真っ先にグラベイン文字を覚えようとしてくれたということは、少なくとも、彼女がマルルセーヌで過ごした時間よりも、こちらにいてくれると、期待しても、いいのだろうか。
彼女は確か――僕の五つ下で、二十二だったか。
二十二年。あとこの地に彼女がいてくれるかもしれない。
あまり期待しすぎない方がいいのは分かっている。二人目の女性を思い出せ。あの人は、僕の前で繕うのが上手い人間だった。
でも、彼女なら、と言い訳を探してしまう自分がいる。もしかしたら、と。
二十二年後も、彼女が僕の隣にいる妄想をして、口元が緩んだ。
誰もいない廊下を、僕は眺める。突き当りにある僕の部屋とは反対側、廊下の伸びる先に彼女の部屋はある。部屋に行けば彼女はいるだろうか。
いや、何を考えているんだ。
僕みたいな醜男が遊びに行ったって、彼女は嫌がるだけだ。そもそも、まだ今日の仕事が残っている。日中、本当に彼女が帰ってくるのか、なんて考えて、何度も窓から外を覗きに行ったせいで、予定よりも遅れてしまっている。結局、彼女はこうして戻ってきてくれたわけだが。
部屋に戻り、書きかけの書類の置かれた机の前に座る。ずらりと並ぶグラベイン文字を見て、彼女は本当にグラベイン文字を覚えてくれるのだろうか、という思いが浮かんだ。
確かに、彼女は一般的な夫人と違うから、やることもないのだろう。ロディナは貴族の人脈がない。そしてこのカノルーヴァ家も、普通の貴族とはいいがたい。
一般的な貴族夫人であれば、仲のいい友人に手紙を出したり、お茶会を開いたりするだろう。もしくは、このカノルーヴァ家が……いや、僕が普通の貴族だったら、僕に会いに来る客人をもてなしたり、もてなすためにあれこれ使用人に指示を出したりするだろう。
でも、そのどちらも、きっと彼女がすることはない。文字通り、お飾りである。
だからこそ、することがなくて、勉強を、なんて言いだしたのだろう。
しかし、マルル文字よりもグラベイン文字を覚えようとしてくれるということは、彼女の言葉を信じていいのだろうか。
――こちらに長くいることになるんですから。
彼女の言葉が、頭の中で繰り返される。
長くいることになる。どのくらい、この屋敷にいてくれるつもりなのだろうか。
教育の機会が与えられて、真っ先にグラベイン文字を覚えようとしてくれたということは、少なくとも、彼女がマルルセーヌで過ごした時間よりも、こちらにいてくれると、期待しても、いいのだろうか。
彼女は確か――僕の五つ下で、二十二だったか。
二十二年。あとこの地に彼女がいてくれるかもしれない。
あまり期待しすぎない方がいいのは分かっている。二人目の女性を思い出せ。あの人は、僕の前で繕うのが上手い人間だった。
でも、彼女なら、と言い訳を探してしまう自分がいる。もしかしたら、と。
二十二年後も、彼女が僕の隣にいる妄想をして、口元が緩んだ。
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