転生守銭奴女と卑屈貴族男の結婚事情

ゴルゴンゾーラ三国

12

 この世界において魔王とは。
 千年ほど前に実在したと言われている、実在人物をさす。
 当時はまだ技術として存在していたという『魔法』を操り、人々を虐殺し、世界征服を試みたという、絶対的な『悪』である。
 彼が英雄に討たれたのち、『魔法』の使用・研究のほとんどが一切禁じられ、ロストテクノロジーとなってしまった、という歴史を見るに、どれほどの人々が魔王と魔法を怖がったかが分かる。
 現代に残る魔法は医療にかかわる治癒魔法のみ。それだって、国からだけでなく、国際的に許可が下りた一握りの人間しか研究を許されていない。


 徹底して『魔法』を排除しようとした結果が、醜男差別文化の誕生というわけだ。


「はあ……有名人と同じ顔なんて、すごいんですね、ディルミック」


「そういう話はしていない」


 素っ頓狂な答えを返してしまったからか、真面目に怒られた。そういう歴史に思入れのないわたしとしては、有名人と顔が似ているというだけで会話のネタになるのになあ、なんてのんきなことしか思い浮かばないのだが。


「マルルセーヌはグラベインと比べて差別文化が活発じゃないからね。君は知らないかもしれないけれど、グラベインで僕みたいな醜男を肯定すると、魔王肯定派とみなされて、君まで迫害の対象になるよ」


 グラベイン王国物騒すぎでしょ。えっ、ていうかよくそんなんでディルミック生きてこれたね?
 あんまりイメージで物を言うのもアレだが、貴族の息子がそんなんだったら、一生外に出してもらえないか、事故という体で殺されてしまうのでは……?


「グラベインこわ……」


「そうだよ、怖いよ。かの魔王の出身がグラベイン王国だと言われているんだ。だから、僕の顔を肯定するようなことを……言わないで」


 懇願するように言われてしまった。
 本当は、否定されて生きていきたくないだろうに、余計なことを言わせてしまった。


 ……いや待てよ?
 魔王がグラベイン王国出身で、そのグラベイン王国に魔王そっくりの貴族がいるって……それ、生まれ変わりと揶揄されてもおかしくないのでは?
 わたしは差別に積極的じゃないから分からないけど、ああいう文句を言いたい人ってなんにでも噛みつくイメージがあるというか、絶対放っておかないと思うんだけど。
 ああ、でもそうか。


「そのための……仮面ですか?」


「……そうだよ。幼い頃はまだ、不細工とはいえ魔王に似ていなかったんだ。いや、どうかな、似ていたのかも。ただ、文献に残っている姿絵は数点しかなくて――今の僕にそっくりなんだ。顔が似ていると気が付いたときから、仮面で隠している」


 なるほど。貴族として確立した後に似ているのが発覚したとしても、なかなか取り潰すのは難しいだろうな。グラベインではまだまだ差別が根強いけど、マルルセーヌでは差別撤廃の動きがある。マルルセーヌだけではない、国際的に、だ。
 まあ、差別がなくなったところで価値観と言うのはそう変わらないので、今、醜男と言われているような男性が好かれるようになるかというと……それはまた別の話になってしまうのだが。


 とはいえ、そんな中、表立ってお家を潰す、というのはグラベイン王家としてもやりたくないのだろう。
 あるいは、単純に気が付かれる前にディルミックが隠したという可能性もある。夜会に出たのが一度きりで、そう社交界に出ていないのであれば、誰かが魔王に似ていると気が付く前にそれを済ませてしまったのかもしれない。


 平民も、たとえ領主の顔が魔王とそっくりだったとしても、そう簡単に弾圧できないだろう。革命が起こるくらいの人数ならまだしも、女性の一人や二人に顔がバレたところで、ネット社会じゃないこの世界で顔が拡散されるわけもない。
 噂くらいは立ってしまうかもしれないが、噂程度で弾圧に移る平民はいないだろう。下手すれば消されてしまうわけだし。
 そもそも平民が魔王の顔を正確に知っているとも限らないしなあ。たった数点しかない資料が、平民の目に入るような扱いをうけているのか、微妙なところである。


 とはいえ。
 顔の造形なんて、自分で決められるわけじゃないだろうに、これからも前途多難なディルミックを思うと、ちょっとかわいそうになってきた。


「ディルミック……わたしは貴方の味方ですからね」


 純銀貨五枚分の恩は果たすぜ。
 というつもりで言ったのだが、彼はまた、固まってしまった。

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