転生守銭奴女と卑屈貴族男の結婚事情

ゴルゴンゾーラ三国

09

 暇だ。
 非常に暇だ。やることがない。
 朝食を終えてしまったわたしは、ぼけーっと温室で花を眺めていた。
 温室には色とりどりの、見たことのない花が咲いている。綺麗だとは思うが、そろそろ飽きてきた。
 何もすることがなくて、ミルリに声をかけたらこの温室へと案内された。
 そりゃあ、最初は物珍しくてわくわくしながら鑑賞もできたが、それも一時間くらいのことだ。お金を眺めるわけでもないのに、そんなに長時間、時間をつぶすことなんて出来ない。それとも、グラベイン女子は温室で花の鑑賞をすることで一日をつぶせるのだろうか。そんなわけあるか。
 空を見上げても、昼にはまだ時間がありそうだった。まあ、昼食を食べたところで夕食までがまた暇になってしまうのだが。
 こんな日が毎日続くのか……。
 純銀貨五枚につられ、生活水準がぐんと上がったとはいえ、これはつらい。


「……あ、そうだ。ミルリ、紙とペン、くれる?」


「お待ちください。ただいま持ってきます」


「部屋に戻って書くわ。わたしは先に戻ってるから、部屋にまでお願いね」


「かしこまりました」


 そういって、ミルリは紙とペンを取りに行き、わたしもまた、自室に戻る。
 この世界は、二十一世紀のように、科学と分かりやすいテクノロジーがあるわけではない。とはいえ、生活水準や文化が劣っているかと言えば、まったくそんなことはない。
 少し高いけれど植物紙も普通に普及しているし、トイレは水洗で下水道もしっかりしている。パソコンやスマホ、というようなものはないけれど、通信機器だってある。
 慣れないうちは不便に感じるが、慣れてしまえばどうということもないし、慣れるまでに抵抗もない。
 と言うか、二十一世紀が急激に利便性に長け始めただけなのだ。わたしが思うに。
 
 閑話休題。


 部屋に戻ると、すでにミルリがいて、紙とペンを用意してくれていた。


「ありがとう、ミルリ」


「いえ。……それでは、また。何か御用がありましたらお呼びください」


 そう言って、彼女は部屋を出ていく。


「…………」


 わたしが部屋にいるときはそばに控えていることは少ないが、別館の外に出てしまえば、彼女は常にそばにいる。
 監視役、と言うことか。


「信用されてないなあ……」


 純銀貨五枚に誓って、裏切らないつもりなのだが。
 まあいいや。
 わたしは紙に向き直り、ペンを取る。ちなみにこの世界ではガラスペンが今の主流らしい。村にいた頃は文字を書く機会なんてそうそうなくて(識字率は高くないのだ)、ペンを握るのは少し緊張する。
 契約書に名前を書いたときの、万年筆やつけペンに近いペンの方が、書きにくいが緊張しなくていいんだけどな。ガラスペン、ペン先がすぐ欠けそうでちょっと怖い。


「とりあえず、グラベインの文字は勉強しておきたいかなあ。折角だし」


 わたしはディルミックに頼みたいものを箇条書きにしていく。出身国であるマルルセーヌ王国の文字、マルル文字は書けないので、普通に日本語で、だ。まあ、誰に見せるわけでもない、わたしが忘れないようにするための覚書だ。


「あとは、お茶淹れる設備と、茶葉を置く棚が欲しいな……部屋にあるのが理想だけど、無理そうなら厨房を間借りする形で……」


 グラベイン文字の教本、コンロ、水瓶、お茶道具一式、茶葉、茶葉を管理する棚、出来ればマナー講師も……とわたしはメモを書き進める。


「あ、あとはこれ! これ大事よね!」


 そして最後に、金庫! と書き上げて完成だ。


「今、会いに行っても大丈夫かな。まあ、無理そうなら後でもいいでしょ」


 紙を持ち、わたしは立ち上がる。目指す先はディルミックの私室だ。彼に家具をおねだりしに行くのである。

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