【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
5-8 ★ どうか無事でいてください
「地図を見ての通り、この川の水源はモンスーン王国にあるのです」
――なるほど。国境をまたいで流れる川、ということか。
「要塞は密入国者を見張り、取り締まる為にありました。それと……この川には以前、モンスーン王国側の銅山から、鉱毒が排出されていたのです」
毒、と聞いて全身が総毛立った。
「ここの水は飲むべからずと言われ、死の川などと恐れられました。その川をあえて下る命知らずは多く、この周辺一帯は、麻薬の密売組織の温床であったのです。首都に近い広大な森を利用して、数え切れない組織の隠れ家がありました」
カナン巡査は大変博識で、情報に通じているようだ。この人は信頼できると確信した。
「反社会組織の根絶と抑制を目的に建てられた要塞ということですね。だがその要塞が山賊に奪われては本末転倒だ」
ジーニーはそう言うと、眉間に縦皺を寄せた。
「その通りでございます。要塞が使われなくなったのは、モンスーンの鉱山が採掘不良で閉山となり、鉱毒が流れ出ることはなくなったからです。水の浄化が進められると同時、川辺に村や町が増え、水門や検問所が多く設けられたのです」
「つまり、死の川を利用できなくなったので、密売人にはこの土地が魅力的ではなくなったのですね?」
秘書ジーニーが、カナン巡査に訊ねた。
「左様でございます。王政廃止後は、この地に捻出する予算が完全に削除されました」
「歴史的遺構ではないのですか? 美術館や博物館にして、国が管理することもできたろうに」
僕は質問を投げかけた。以前僕が、国教会の建物の維持費を削減した為に、聖職者たちから反感を買われたことを思い出したのだ。歴史のある建物は、管理費がかかっても、観光資源として国益をもたらすという。
「我が国は合理主義なので。それに要塞は森の深い場所にありますから、公的施設にしたところで利便性も悪いということでした」
王政の廃止により利用価値がないと判断された建造物は、渦中の要塞だけではないだろう。宗教抗争により破壊された修道院が監獄に転用されたり、民話に登場する名城が叩き売りされているとも風の噂で聞いた。古い建物には管理修繕費が常に捻出されるからだ。
「その要塞は、どのくらい堅牢なのですか。それに山賊達は武装しているのでは?」
僕が訊ねると、カナン巡査の表情に緊張が帯びた。
「かなり堅牢で、塀も高く、見張り台を兼ねた砲台が四方にあります。既に、首都警察より送られた偵察隊が、現地に向かって情報を収集しております。山賊側の交渉内容をうかがってからの着手となるでしょう」
「身の代金ならば用意しています。ジーニー、例のものを」
秘書のジーニーへ視線を遣る。彼は革製の鞄を引き寄せた。
「一にも二にも人命救助を優先して欲しいのです」
「心得ております、殿下。とにかく明日、現場の要塞に最も近い警察署へ赴きましょう。チャールズ殿下がお越しになることは既に早馬を走らせました」
「迅速なご対応に重ねて感謝申し上げます」
「恐れ入ります。道中の案内は私にお任せくださいませ。一時も心安まらないでしょうが、この雨が止むまでは身動きが取れませんし、明日に備えて今晩はお休みになられてください」
「そうですね……そうさせてもらいます」
雷雨でなければ、夜を徹して馬車を走らせることも厭わなかった。
「チャールズ殿下、今よろしいでしょうか」
扉の外から護衛が声をかけた。「構わない」と返すと、護衛は一礼して部屋へ入る。
「ジャック・マクファーレンと名乗る、地元の警察署長が面会を求めております」
「すぐにここへ通してくれ」
「かしこまりました、殿下」
護衛が署長を部屋へ通すと、カナン巡査が敬礼した。
「はじめまして、私、チーズマン警察署長の、ジャック・マクファーレンと申します」
彼は帽子をとると、僕へうやうやしく頭を垂れた。
「お会いできて光栄です、マクファーレン署長」
「実はその……殿下に早急にお伝えしなければならないことが……」
マクファーレン署長の肩はがくがくと震えていた。
「賊のアジトとみられていた旧要塞で……なにやら爆破の形跡がみられるとのことで」
――ば、ばば、爆破だって?
目の前がチカチカと点滅した。
「今朝方、警察隊が要塞に到着した時には……正面扉に近い塀に謎の大穴があいていたとのことです。外からの砲撃ではなく、中から爆発したような穴とのことで……」
「要塞の内側で何かが爆発したと? 怪我人は? 兄上たちは無事なのですか!」
「申し訳ございません。塀が著しく破壊しているとの情報だけで、詳しくは……」
――兄上、ミミ。どうか無事でいてください。
一刻も早く真相を確かめたい。僕は二人を迎える為にここに来たんだ。
神が僕をここへ遣わしたのには意味があると信じたい。
【6章:ミミ編 につづく】
5章【チャールズ編】をお読みいただき、ありがとうございます。
――なるほど。国境をまたいで流れる川、ということか。
「要塞は密入国者を見張り、取り締まる為にありました。それと……この川には以前、モンスーン王国側の銅山から、鉱毒が排出されていたのです」
毒、と聞いて全身が総毛立った。
「ここの水は飲むべからずと言われ、死の川などと恐れられました。その川をあえて下る命知らずは多く、この周辺一帯は、麻薬の密売組織の温床であったのです。首都に近い広大な森を利用して、数え切れない組織の隠れ家がありました」
カナン巡査は大変博識で、情報に通じているようだ。この人は信頼できると確信した。
「反社会組織の根絶と抑制を目的に建てられた要塞ということですね。だがその要塞が山賊に奪われては本末転倒だ」
ジーニーはそう言うと、眉間に縦皺を寄せた。
「その通りでございます。要塞が使われなくなったのは、モンスーンの鉱山が採掘不良で閉山となり、鉱毒が流れ出ることはなくなったからです。水の浄化が進められると同時、川辺に村や町が増え、水門や検問所が多く設けられたのです」
「つまり、死の川を利用できなくなったので、密売人にはこの土地が魅力的ではなくなったのですね?」
秘書ジーニーが、カナン巡査に訊ねた。
「左様でございます。王政廃止後は、この地に捻出する予算が完全に削除されました」
「歴史的遺構ではないのですか? 美術館や博物館にして、国が管理することもできたろうに」
僕は質問を投げかけた。以前僕が、国教会の建物の維持費を削減した為に、聖職者たちから反感を買われたことを思い出したのだ。歴史のある建物は、管理費がかかっても、観光資源として国益をもたらすという。
「我が国は合理主義なので。それに要塞は森の深い場所にありますから、公的施設にしたところで利便性も悪いということでした」
王政の廃止により利用価値がないと判断された建造物は、渦中の要塞だけではないだろう。宗教抗争により破壊された修道院が監獄に転用されたり、民話に登場する名城が叩き売りされているとも風の噂で聞いた。古い建物には管理修繕費が常に捻出されるからだ。
「その要塞は、どのくらい堅牢なのですか。それに山賊達は武装しているのでは?」
僕が訊ねると、カナン巡査の表情に緊張が帯びた。
「かなり堅牢で、塀も高く、見張り台を兼ねた砲台が四方にあります。既に、首都警察より送られた偵察隊が、現地に向かって情報を収集しております。山賊側の交渉内容をうかがってからの着手となるでしょう」
「身の代金ならば用意しています。ジーニー、例のものを」
秘書のジーニーへ視線を遣る。彼は革製の鞄を引き寄せた。
「一にも二にも人命救助を優先して欲しいのです」
「心得ております、殿下。とにかく明日、現場の要塞に最も近い警察署へ赴きましょう。チャールズ殿下がお越しになることは既に早馬を走らせました」
「迅速なご対応に重ねて感謝申し上げます」
「恐れ入ります。道中の案内は私にお任せくださいませ。一時も心安まらないでしょうが、この雨が止むまでは身動きが取れませんし、明日に備えて今晩はお休みになられてください」
「そうですね……そうさせてもらいます」
雷雨でなければ、夜を徹して馬車を走らせることも厭わなかった。
「チャールズ殿下、今よろしいでしょうか」
扉の外から護衛が声をかけた。「構わない」と返すと、護衛は一礼して部屋へ入る。
「ジャック・マクファーレンと名乗る、地元の警察署長が面会を求めております」
「すぐにここへ通してくれ」
「かしこまりました、殿下」
護衛が署長を部屋へ通すと、カナン巡査が敬礼した。
「はじめまして、私、チーズマン警察署長の、ジャック・マクファーレンと申します」
彼は帽子をとると、僕へうやうやしく頭を垂れた。
「お会いできて光栄です、マクファーレン署長」
「実はその……殿下に早急にお伝えしなければならないことが……」
マクファーレン署長の肩はがくがくと震えていた。
「賊のアジトとみられていた旧要塞で……なにやら爆破の形跡がみられるとのことで」
――ば、ばば、爆破だって?
目の前がチカチカと点滅した。
「今朝方、警察隊が要塞に到着した時には……正面扉に近い塀に謎の大穴があいていたとのことです。外からの砲撃ではなく、中から爆発したような穴とのことで……」
「要塞の内側で何かが爆発したと? 怪我人は? 兄上たちは無事なのですか!」
「申し訳ございません。塀が著しく破壊しているとの情報だけで、詳しくは……」
――兄上、ミミ。どうか無事でいてください。
一刻も早く真相を確かめたい。僕は二人を迎える為にここに来たんだ。
神が僕をここへ遣わしたのには意味があると信じたい。
【6章:ミミ編 につづく】
5章【チャールズ編】をお読みいただき、ありがとうございます。
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