【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

5-7 ★ 贖罪も度を過ぎれば

「ミミ様は、ご懐妊かいにんだそうで」

 カチコチカチコチと柱時計の振り子が静寂しじまに鳴り響く。
 彼の言葉を理解するまでにしばし時間をようした。

「いつ……そうなった、と話していました?」
「旅行前に気付いたとおっしゃっていました」

 ――嘘だろ、僕は知らないぞ。黙って旅立つなんて水くさい。ああもうとんでもないことになった。

 父親は兄上しかいない。
 兄上以外はあり得ない。
 つまり王族の子供ということになる。

「奥様が体調を崩されたので、急ぎザルフォークの首都へ向かうとおっしゃっていました。大事だいじをとって名医にかかりたい、と」

 警察官は肩をすぼめ、膝の上で拳を握った。

「ミミ様が体調を崩したのは自分のせいでございます。ビアンカ・シュタインの件で奥様に事情聴取じじょうちょうしゅり行いました。手配犯をつかまえたい一心だったのですが、奥様に精神的な負荷をかけてしまったのです」

「そ、そうだったのですか。だが事情聴取じじょうちょうしゅ貴方あなた職務しょくむでしょう。心配せずともミミは気丈夫きじょうぶだ」

「けれども……首都へ向かう道すがらに山賊さんぞくさらわれたと聞き、心配で心配で一睡いっすいもできないのでございます。初めてのお子様なのに。母子ともども危険にさらしたのは他ならぬ自分です!」

 警察官はさめざめと涙ながらに語る。
 演技ではなく本当に自責の念にとらわれているようだ。

「もしもお二人やお子様の命が奪われるようなことがあれば、責任を取って辞職致します。今は、本件の捜査に全力を注ぎますので、どうかどうかご容赦ようしゃを。署長しょちょうより殿下の道案内と警護の任に就くよう指示をあおぎました。どうか殿下にお許しを頂きたいのです、この通りです」

 警察官は土下座し、頭を床にり付けた。

「そのような姿勢での謝罪はやめてください。貴方に道案内と警護を任せます」

 僕は椅子を立つと、なかなか顔を上げない警察官の肩にそっと触れた。涙でぐちゃぐちゃの顔を上げる警察官の背をポンポンとでる。


「間違いをおかさない人間など、この世には存在しません。私もその一人です。贖罪しょくざいを過ぎれば自裁じさいの死神を引き寄せます。貴方あなたは正義心の豊かな御仁ごじんのようだ。その真っ直ぐな心で自分を傷付けてはいけない」


 僕に何か憑依ひょういしたように、言葉がすらすらと口を出た。最近、本を読むようになったからだろうか。城の礼拝堂で瞑想めいそうを始めてからは、ジーニーに代筆だいひつを頼まずとも語彙力ごいりょくが溢れるようになった。

「素晴らしくとうといお言葉でございます、チャールズ殿下」

 秘書のジーニーの目がうるんでいる。

 警察官と秘書。涙ぐむだいの男二人に囲まれて、僕は非常に微妙な気分だ。

「ところで貴殿きでんの名前をまだうかがっていなかったですね」

「カナン・スミスと申します。巡査じゅんさでございます」

「カナン巡査じゅんさ。道中どうぞよろしくお願い致します」

 僕とカナン巡査じゅんさは握手を交わす。窓から雨垂あまだれとかみなりが聞こえた。天候が崩れるという情報は本当だった。この雷雨の中、峠を越えるのは危険だったろう。今すぐにでも兄上の元へ飛んでいきたいが、ここに留まったのも何かの縁。明日の出発に備えて、情報を把握はあくしなければなるまい。

「カナン巡査じゅんさ。兄上が通った迂回路うかいろと、山賊たちの根城がどこか、憶測おくそくで構いませんので教えてください」

「山賊たちの根城ねじろの候補は、すでに挙がっております」

「本当ですか!」

「はい。首都近郊しゅときんこう片田舎かたいなか、森の中にもうけられた古い要塞ようさいではないかとの情報が入りました」

 カナン巡査じゅんさは地図を広げて説明を始めた。確かに首都近郊しゅときんこうだが、森のど真ん中だ。

「ザルフォークが王政をいていた頃は、ここを守る領主とその家族が住んでおりましたが、現在は使用されず、ちるままにされていたのです」

「なぜ今は使用されていないのですか? 要所ならば、君主制廃止後も軍備を配置しそうなものですのに。近くに川はあるようですが……ここに要塞ようさいを設けたのと何か関係が?」

 秘書ジーニーが訊ねた。優秀な彼は、僕と違う視点で物事をとらえる。こういうところはザックとよく似ているな。

「地図を見ての通り、この川の水源はモンスーン王国にあるのです」

 ――なるほど。国境をまたいで流れる川、ということか。

要塞ようさいは密入国者を見張り、取り締まるためにありました。それと……この川には以前、モンスーン王国側から、鉱毒こうどく排出はいしゅつされていたのです」

 毒、と聞いて全身が総毛立そうけだった。

【つづく】

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