【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
5-6 ★ 誇大妄想? 被害妄想?
「私、本当に恐ろしい目に遭いましたのよ」
メラニー嬢は目を潤ませ、猫なで声で語り出した。
誰かの姿と重なり、背筋がぞぞっと震えた。
「凶悪な指名手配犯が、私の懐に忍び込んでいたのです」
「指名手配犯?」
「ご存じありませんか? ビアンカ・シュタインという殺人鬼です」
「さ、ささ、殺人鬼?」
「その殺人鬼は私の誕生日会に使用人として忍び込んでいたのです。リンドバーグご夫妻も〝女中姿の彼女を見た〟とお医者様に話したそうですの」
「医者? あなたのかかりつけですか?」
「いいえ、町医者でございます。リンドバーグご夫妻はこの地にご滞在の折、行き倒れた少女を発見されたそうです。その少女が指名手配犯と知らずに介抱なさったとかで」
聞けば聞くほど俄には信じがたい。
「その後、リンドバーグご夫妻はこの地を発たれ、道中で山賊に……。偶然とは思えませんわ。私、あの犯罪者のビアンカ・シュタインが一枚噛んでいるとしか思えませんの。よもや恩を仇で返したのではないか、と」
「それで警察と情報の共有を?」
「はい。元はといえば私が、ビアンカ・シュタインの正体を知らずに、日雇いとして召し上げたのが発端ですもの。誕生日会を催すのに人手が足りず、臨時で働けるものを求めたのでございます。その中にビアンカが……名簿がこちらに。ほら、ここ」
給仕の中に【ビアンカ・シュタイン】と名前が記されていた。
――指名手配犯が本名で応募するだろうか?
「同姓同名だったのではないですか。本名で求人に応募をしたのも不可解ですよ。逃亡中なら足跡を残してしまうことになると思うのですが」
しばし間があった。僕はおかしなことを訊ねただろうか。素朴な疑問をぶつけただけだ。
「犯罪者の思考は常人には理解し難いものですわ!」
――やっぱり同姓同名で、偶然にも容姿が似通った人なのでは?
シュタインの姓も、ビアンカという名前の女性も、世界中にありふれている。兄上とミミが一切警戒せず、その少女を看病したという事実から鑑みるに、人違いでメラニー嬢やこの土地の警察が騒いでいるという気がしてならない。
「ひょっとすると、私の命を狙ってきたのやもしれませんわ」
――いや、待て待て。どうしてそういう方向に思考が走る? 脈略が無い。
「ビアンカ・シュタインに恨まれるようなことが?」
「チーズマン家を快く思わない人は多くいますもの。ザルフォークの王政貴族制は廃止されたとはいえ、資産や旧来の土地をめぐって問題も多いのです。あの手配犯は、誰かに雇われて跡取りの私を殺めに来たかもしれませんでしょう」
誇大妄想、いや被害妄想が加速しているように感じるのは僕だけだろうか。実際に何度も殺されかけた僕からすれば、メラニー嬢から「生命が脅かされる危機」を全く感じない。すべて妄想の上で、膨張し続ける不安に脚色を添えているようにしか見えない。なんともいえない微妙な空気感が流れる中、
「あの、チャールズ殿下」
僕をここへ連れてきた、地元の警察官がおそるおそる声をかけた。
「実は殿下だけにお伝えしたい内密の情報があるのですが、少しだけお時間をいただけますか」
警察官はメラニー嬢をちらりと見た。
「内密の件とあらば、私は席を外しましょう。なんだか喉が渇きましたので。このお部屋は好きにお使いくださいませ。客間の準備が整いましたら、殿下と皆様をご案内致しますわ」
メラニー嬢は席を立ち、応接間を退室する。
「それで、内密の情報というのは?」
「あの……極秘の情報ですので……殿下だけにお伝えしなければならないことなのです」
警察官は僕の護衛の者たちをうかがう。
「ジーニー以外は退室してくれ」
秘書のジーニーを残し、護衛たちは応接間の外へと出た。
「お手間をとらせてしまい、誠に申し訳ございません、殿下」
「構いません。どうぞ、そちらにかけて」
警察官は、先程までメラニー嬢がいた席に恐る恐る腰掛けた。
「実は、リンドバーグ夫人のことなのです」
「ミミのこと?」
「ご家族のチャールズ殿下には真っ先にお伝えした方がよいのでは、と」
――真っ先に伝えたいこと? 一体なんだろう。
「ミミ様は、ご懐妊だそうで」
カチコチカチコチと柱時計の振り子が静寂に鳴り響く。
――な、なな、ななななんだって!
彼の言葉を理解するまでにしばし時間を要した。
【つづく】
メラニー嬢は目を潤ませ、猫なで声で語り出した。
誰かの姿と重なり、背筋がぞぞっと震えた。
「凶悪な指名手配犯が、私の懐に忍び込んでいたのです」
「指名手配犯?」
「ご存じありませんか? ビアンカ・シュタインという殺人鬼です」
「さ、ささ、殺人鬼?」
「その殺人鬼は私の誕生日会に使用人として忍び込んでいたのです。リンドバーグご夫妻も〝女中姿の彼女を見た〟とお医者様に話したそうですの」
「医者? あなたのかかりつけですか?」
「いいえ、町医者でございます。リンドバーグご夫妻はこの地にご滞在の折、行き倒れた少女を発見されたそうです。その少女が指名手配犯と知らずに介抱なさったとかで」
聞けば聞くほど俄には信じがたい。
「その後、リンドバーグご夫妻はこの地を発たれ、道中で山賊に……。偶然とは思えませんわ。私、あの犯罪者のビアンカ・シュタインが一枚噛んでいるとしか思えませんの。よもや恩を仇で返したのではないか、と」
「それで警察と情報の共有を?」
「はい。元はといえば私が、ビアンカ・シュタインの正体を知らずに、日雇いとして召し上げたのが発端ですもの。誕生日会を催すのに人手が足りず、臨時で働けるものを求めたのでございます。その中にビアンカが……名簿がこちらに。ほら、ここ」
給仕の中に【ビアンカ・シュタイン】と名前が記されていた。
――指名手配犯が本名で応募するだろうか?
「同姓同名だったのではないですか。本名で求人に応募をしたのも不可解ですよ。逃亡中なら足跡を残してしまうことになると思うのですが」
しばし間があった。僕はおかしなことを訊ねただろうか。素朴な疑問をぶつけただけだ。
「犯罪者の思考は常人には理解し難いものですわ!」
――やっぱり同姓同名で、偶然にも容姿が似通った人なのでは?
シュタインの姓も、ビアンカという名前の女性も、世界中にありふれている。兄上とミミが一切警戒せず、その少女を看病したという事実から鑑みるに、人違いでメラニー嬢やこの土地の警察が騒いでいるという気がしてならない。
「ひょっとすると、私の命を狙ってきたのやもしれませんわ」
――いや、待て待て。どうしてそういう方向に思考が走る? 脈略が無い。
「ビアンカ・シュタインに恨まれるようなことが?」
「チーズマン家を快く思わない人は多くいますもの。ザルフォークの王政貴族制は廃止されたとはいえ、資産や旧来の土地をめぐって問題も多いのです。あの手配犯は、誰かに雇われて跡取りの私を殺めに来たかもしれませんでしょう」
誇大妄想、いや被害妄想が加速しているように感じるのは僕だけだろうか。実際に何度も殺されかけた僕からすれば、メラニー嬢から「生命が脅かされる危機」を全く感じない。すべて妄想の上で、膨張し続ける不安に脚色を添えているようにしか見えない。なんともいえない微妙な空気感が流れる中、
「あの、チャールズ殿下」
僕をここへ連れてきた、地元の警察官がおそるおそる声をかけた。
「実は殿下だけにお伝えしたい内密の情報があるのですが、少しだけお時間をいただけますか」
警察官はメラニー嬢をちらりと見た。
「内密の件とあらば、私は席を外しましょう。なんだか喉が渇きましたので。このお部屋は好きにお使いくださいませ。客間の準備が整いましたら、殿下と皆様をご案内致しますわ」
メラニー嬢は席を立ち、応接間を退室する。
「それで、内密の情報というのは?」
「あの……極秘の情報ですので……殿下だけにお伝えしなければならないことなのです」
警察官は僕の護衛の者たちをうかがう。
「ジーニー以外は退室してくれ」
秘書のジーニーを残し、護衛たちは応接間の外へと出た。
「お手間をとらせてしまい、誠に申し訳ございません、殿下」
「構いません。どうぞ、そちらにかけて」
警察官は、先程までメラニー嬢がいた席に恐る恐る腰掛けた。
「実は、リンドバーグ夫人のことなのです」
「ミミのこと?」
「ご家族のチャールズ殿下には真っ先にお伝えした方がよいのでは、と」
――真っ先に伝えたいこと? 一体なんだろう。
「ミミ様は、ご懐妊だそうで」
カチコチカチコチと柱時計の振り子が静寂に鳴り響く。
――な、なな、ななななんだって!
彼の言葉を理解するまでにしばし時間を要した。
【つづく】
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