【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

5-5 ★ メラニー・チーズマンの歓迎

 僕は秘書のジーニーと護衛八名を連れて、夜明けにザルフォークへと旅立った。陛下は護衛の数を増やしたいようだったが、ザルフォーク側には捜査要請そうさようせい早馬はやうまを走らせたので、腕の立つ精鋭せいえいを八名選べば十分という判断に至ったのだ。

 ――今日中に、ザルフォークの首都警察に向かわなければ。

 捜査要請そうさようせいは首都警察本部に向けて出した。おそらくすぐに捜査本部を立ててくれたことだろう。山賊達のアジトがどこかや、身の代金の正確な額など、現段階では不明な点が多い。まずは情報を共有しなくてはならない。

 日暮れが近付く頃、兄上とミミも立ち寄ったチーズマン旧領へと辿たどいた。町の広場へ差し掛かった時、馬車が急に停まった。外から話し声が聞こえる。馬車の扉が開き、近衛隊長が石畳いしだたみにサッとひざをついた。

「チャールズ殿下。チーズマン警察署けいさつしょものがみえております」

「何用だ?」

「チャールズ殿下のご来訪らいほう早馬はやうまでうかがったそうでございます。じきに日暮れで、雷雨らいう気配けはいも近付いているため、これからとうげえるのは危険きけんだ、と。今夜は当地におとどまりいただき、明朝みょうちょう出発するのが最善さいぜんではないかとのご相談です」

 気持ちがいて事故などしては大変だ。遠くの空に黒雲が立ちこめている。

「彼の助言の通りに。僕、ジーニー、君たち護衛を含めて、十名の余裕がある宿を訊ねて欲しい。宿のしつは問わない。寝床ねどこさえあれば良いんだ」

「それが……旧領主チーズマン家が、殿下を屋敷にご招待したいと申しているそうです」

「チーズマン家が?」

 以前この土地を訪れた時にも、チーズマン家から歓待かんたいを受けた。自慢話じまんばなしが少々多い一家ではあるが、悪人ではない……と思う。

「直接話したい。警察官をここへ」
「ハッ」

 馬車の前に、若い男性警官がひざまずいた。

「チーズマン家が我々を出迎えると申しているそうですね?」

「はい、メラニー・チーズマン様が〝是非ぜひに〟と仰せでございます」

「メラニーじょうが?」

 メラニーじょうと会ったのは数年前。チーズマン家が旧城を美術館に改装かいそうしたと聞いたので、他国の視察の道中で拝観はいかんした。快活な女性で芸術に関しては非常に博識だ。

「彼女は、私の来訪らいほうをどうしてご存じなのですか?」

「自分がメラニー様に話したのでございます」

「兄上とミミが山賊に襲われた件は極秘事項としてあつかうよう通達つうたつを出したはずですよ」

「も、申し訳ございません! それが……その……メラニー様はリンドバーグご夫妻と接触せっしょくのあった御方おかたでございますし、別件でも我々と情報共有をしておりまして」

「別件とは一体なんだ?」

「こちらで申し上げるにはお時間をいただくことになります。日暮れも迫っているので、詳細はチーズマン家にて説明しても構わないでしょうか。警察署長も後ほどチーズマン家に向かうと仰っています」

 どんな複雑な事情だと言うのだろう。

「分かった。チーズマン家へ向かおう」

 僕たちはチーズマンの屋敷へと向かった。ザルフォークが王政を廃した後、美術館となった旧城近くに一家は別荘を建てて居住している。

 庭と屋敷は広々と作られていた。美術館に改装された城は迷路のように入り組んでおり、窮屈な空間だったので、こちらの方が居心地は良いのだろう。

 門をくぐり、紅葉のまぶしい庭を抜けて、白く輝く屋敷の前で馬車が停まった。玄関先には使用人数名と、ドレスを身にまとったメラニーじょうたたずんでいる。僕が馬車を出ると、一同は頭を垂れて挨拶した。

「チャールズ殿下。ご無沙汰しております」

 メラニーじょうはドレスをつまんでお辞儀じぎした。

「突然の訪問となり恐縮きょうしゅくです。息災そくさいでしたか」

「はい、おかげさまで。長旅でお疲れでしょう。どうぞおくつろぎくださいませ」

 メラニーじょうの案内で応接間へ向かう。温かい紅茶と高級菓子を振る舞われた。

 ――それにしても、相変わらず派手な屋敷だ。

 たみからの反感を恐れて、つつましさを演出して、資産を隠す貴族は多い。けれどチーズマン家のように王政解体後の元貴族といえど「お金持ちを隠す気が一切ない」のは、いっそ清々すがすがしいとさえ思う。

「メラニーさん。ご両親は不在ですか」

「もうすぐ帰宅致します。我が家に殿下をお招きすることは了承を得ておりますわ」

「左様でしたか」

「チャールズ殿下におかれては、アルフレッド殿下とミミ様が災難にわれ、さぞご心配でしょう。一刻も早い救命を祈るばかりですわ」

「ご心配ありがとうございます、メラニーさん。先程さきほどあちらにいる警察官から、少々事情をうかがったのですが」

 部屋の隅に、うちの護衛と並んで正立している警察官を示す。

「メラニーさんは、警察と情報を共有しているそうですね。何やら込み入った事情だ、と」

「そうなのです。私、本当に恐ろしい目にいましたのよ」

 メラニーじょうは目をうるませ、猫なで声で語り出した。
 誰かの姿と重なり、背筋がぞぞっと震えた。

【つづく】

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