【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
5-3 ★ 一大事で、最悪で、緊急?
兄上が陛下の落胤だと世間に知られてから、僕の周囲は大きく一変した。
一つは僕への批判が激減したことだ。兄上と僕が夏の間どのように過ごしたか【マイケル・ツルリンの夏休み】とこれまた分かりやすい見出しで新聞に記事が掲載された。命を狙われた王子様を題材にした冒険小説が多く出版されたのも偶然ではないだろう。
二つ目は僕の命を狙っていたトーマ叔父とイメルダ夫人が投獄されたことだ。大逆罪が科されたので、処刑は確実となる。しかしながらイメルダ夫人の親族から助命嘆願があり、夫婦の今後次第では終身刑となるかもしれない。
従兄弟のヒースはというと、然るべき機関にて精神鑑定を終えた後、陛下が信頼を置く引退主教の保護観察下に置かれた。ヒースは「親の仇を取ること」を画策するかもしれない。まずはあの歪んだ精神を正さねばならない。僕でさえ心を入れ替えることができたのだ。ミミと兄上のおかげで。二人に迎え入れられたからこそ、今の僕がある。感謝の念が募るばかりだ。
三つ目は兄上を次の王に望む声が激増したということだ。それならば「チャールズを王位継承から外せ」という声が高まりそうなものだが、暗殺予告の件がそれらを抑制しているようだ。
――僕への評価は一つも変わらない。おそらく一生このままだ。
名君の素質がある兄上を讃えることこそが、足りない弟の僕への痛烈な批判でもある。
――僕は精一杯努めたけれど、これが現実だ。
世間の声を真摯に受け止めている。最初の頃は「不当な評価だ」と憤っていたが、遺書事件と暗殺予告の件を通して、僕の視野は広がった。確かに僕は王の器ではない。だがトーマ親子のように、他者の死を心から祈る人間ではない。
〝他者を傷つけたことを忘れてのうのうと生きる人間は多いですが、私は自身の罪を忘れない加害者で良かったと、考えていたところです〟
アラベラさんの言葉は胸にささった。どんなに善行を積んでも免罪されることはない。それでも良いんだ。僕は僕のできることをしたい。
――報告を待っているんだけど……まだかな。
調査に時間を要しているようだ。
アンダンテから王城へ戻った僕は、雑念をはらうように、溜まっていた書類の整理に勤しむ。しばらくすると部屋の扉が慌ただしく鳴った。「どうぞ」と入室を促す。
「殿下! チャールズ殿下」
入ってきたのは新しい秘書のジーニー・ブロンテだ。ザックの従兄弟で、顔立ちも若干似ている。ザックと違うのは口数が多いこと、表情がころころと多彩に変化すること、そして……。
「一大事でございます! 最悪でございます! 緊急事態です!」
――いちいち発言が大げさであること、か。
「何が一大事で最悪で緊急なんだ?」
おそらく大したことではないだろう。書類が一つ紛失しただけでも彼は気が動転してしまう。冷静なザックが懐かしい。本当にザックの血縁なのだろうか。彼に似て賢く、仕事の出来る男ではあるのだが。
「ど、ど、どうか心を落ち着けてください……チャ、チャチャチャ、チャールズ殿下」
「ジーニーこそ落ち着いてくれ。一体何があったんだ?」
「チャールズ殿下、事は重大なのです。自分は心臓がもうひっくり返りそうです!」
「分かった、分かったから。何があったんだ」
「ああ、神様! どうしてこんなことになってしまったんでしょう。悪魔が動いているとしか思えません。こんなことがあっては……」
「だから! 何があったんだ!」
本題をいい加減話して欲しい。
「アルフレッド殿下とミミ様が山賊に捕まり、人質にされたと、早馬で情報が入りまして」
自分の耳を疑った。
――人質? 兄上とミミが?
「一体どこで?」
「西国ザルフォークの山中です。教皇区へ続く国道が落石事故で通行止めとなり、迂回路で襲撃にあったようです。報告をした老夫によれば、山賊たちはアルフレッド殿下とミミ様が噂のリンドバーグ夫婦だと気づいて、人質に取ることを思いついたようだ、と」
「報告者の老夫は何者だ?」
「同じ山道を走っていた地元民でございます。車輪が窪みにはまり動けないところを、アルフレッド殿下が助けてくれたとか。その後、山賊たちが背後から襲いかかったそうです。老夫は伝言役として山賊たちから解放されたとのことでした」
「それで山賊の伝言とは?」
「身代金を要求するつもりのようです!」
本当に、一大事で最悪で緊急だった。
【つづく】
一つは僕への批判が激減したことだ。兄上と僕が夏の間どのように過ごしたか【マイケル・ツルリンの夏休み】とこれまた分かりやすい見出しで新聞に記事が掲載された。命を狙われた王子様を題材にした冒険小説が多く出版されたのも偶然ではないだろう。
二つ目は僕の命を狙っていたトーマ叔父とイメルダ夫人が投獄されたことだ。大逆罪が科されたので、処刑は確実となる。しかしながらイメルダ夫人の親族から助命嘆願があり、夫婦の今後次第では終身刑となるかもしれない。
従兄弟のヒースはというと、然るべき機関にて精神鑑定を終えた後、陛下が信頼を置く引退主教の保護観察下に置かれた。ヒースは「親の仇を取ること」を画策するかもしれない。まずはあの歪んだ精神を正さねばならない。僕でさえ心を入れ替えることができたのだ。ミミと兄上のおかげで。二人に迎え入れられたからこそ、今の僕がある。感謝の念が募るばかりだ。
三つ目は兄上を次の王に望む声が激増したということだ。それならば「チャールズを王位継承から外せ」という声が高まりそうなものだが、暗殺予告の件がそれらを抑制しているようだ。
――僕への評価は一つも変わらない。おそらく一生このままだ。
名君の素質がある兄上を讃えることこそが、足りない弟の僕への痛烈な批判でもある。
――僕は精一杯努めたけれど、これが現実だ。
世間の声を真摯に受け止めている。最初の頃は「不当な評価だ」と憤っていたが、遺書事件と暗殺予告の件を通して、僕の視野は広がった。確かに僕は王の器ではない。だがトーマ親子のように、他者の死を心から祈る人間ではない。
〝他者を傷つけたことを忘れてのうのうと生きる人間は多いですが、私は自身の罪を忘れない加害者で良かったと、考えていたところです〟
アラベラさんの言葉は胸にささった。どんなに善行を積んでも免罪されることはない。それでも良いんだ。僕は僕のできることをしたい。
――報告を待っているんだけど……まだかな。
調査に時間を要しているようだ。
アンダンテから王城へ戻った僕は、雑念をはらうように、溜まっていた書類の整理に勤しむ。しばらくすると部屋の扉が慌ただしく鳴った。「どうぞ」と入室を促す。
「殿下! チャールズ殿下」
入ってきたのは新しい秘書のジーニー・ブロンテだ。ザックの従兄弟で、顔立ちも若干似ている。ザックと違うのは口数が多いこと、表情がころころと多彩に変化すること、そして……。
「一大事でございます! 最悪でございます! 緊急事態です!」
――いちいち発言が大げさであること、か。
「何が一大事で最悪で緊急なんだ?」
おそらく大したことではないだろう。書類が一つ紛失しただけでも彼は気が動転してしまう。冷静なザックが懐かしい。本当にザックの血縁なのだろうか。彼に似て賢く、仕事の出来る男ではあるのだが。
「ど、ど、どうか心を落ち着けてください……チャ、チャチャチャ、チャールズ殿下」
「ジーニーこそ落ち着いてくれ。一体何があったんだ?」
「チャールズ殿下、事は重大なのです。自分は心臓がもうひっくり返りそうです!」
「分かった、分かったから。何があったんだ」
「ああ、神様! どうしてこんなことになってしまったんでしょう。悪魔が動いているとしか思えません。こんなことがあっては……」
「だから! 何があったんだ!」
本題をいい加減話して欲しい。
「アルフレッド殿下とミミ様が山賊に捕まり、人質にされたと、早馬で情報が入りまして」
自分の耳を疑った。
――人質? 兄上とミミが?
「一体どこで?」
「西国ザルフォークの山中です。教皇区へ続く国道が落石事故で通行止めとなり、迂回路で襲撃にあったようです。報告をした老夫によれば、山賊たちはアルフレッド殿下とミミ様が噂のリンドバーグ夫婦だと気づいて、人質に取ることを思いついたようだ、と」
「報告者の老夫は何者だ?」
「同じ山道を走っていた地元民でございます。車輪が窪みにはまり動けないところを、アルフレッド殿下が助けてくれたとか。その後、山賊たちが背後から襲いかかったそうです。老夫は伝言役として山賊たちから解放されたとのことでした」
「それで山賊の伝言とは?」
「身代金を要求するつもりのようです!」
本当に、一大事で最悪で緊急だった。
【つづく】
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