【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
5-2 ★ よりによって、あの人しかいないなんて
「実は心に固めていることがありまして。それを舞踏会で発表しようと考えていたんです。兄上とミミ、そして心許せる貴女にもぜひ、それを見届けて欲しい」
「一体何を発表されるおつもりで?」
「それは貴女にも申し上げることはできません」
けれど、いずれ必ず伝えるつもりだ。兄上の秘密が世間に広まって以降、ずっと思い悩んでいることがある。一応、舞踏会が開かれる前に、陛下と兄上、ミミにも僕の考えを進言して了解を得るつもりだ。
「あの、ちなみにおたずねしたいのですが」
「なんでしょうか?」
「この招待状はタダなのですか。社交界のしきたりには疎くて。袖の下が必要ですか」
――袖の下というのは、前世の日本で、使われていた言葉のはず。
時代劇など、賄賂を渡す場面で聞いたことがある。
この世界にも「ドレスの袖の下」という慣用句があっただろうか。
「何も不要ですよ、アラベラさん。あっ、招待するかわりと言ってはなんなのですが」
「現金ではない袖の下が必要なのですか?」
「賄賂は御免です。一つだけ僕の頼みを聞いて欲しいことがあります。これから付き合って欲しい場所があるんです。聡明な貴女の意見を聞きたくて」
「お力になれることでしたら喜んで」
「ありがとう。ここから馬車で移動して、そう遠くない場所です」
僕とアラベラさんは馬車でアンダンテを発った。
正午に就いたのは川岸の近くに設けられた別荘地だ。この周辺は僕の私有地で、近くには賓客をもてなすための別荘もある。春は野花が満開に、秋は紅葉が見事な場所だが、最近めっきり人の訪れが減ってしまった。暗殺予告が出る前は気晴らしに乗馬で訪れることが度々あったが。
「以前、この私有地には僕の名の書かれた呪いの御札が、大量に貼られていましてね」
「ああ。例の彼が悪戯でばらまいたという……」
「彼は本気だったようです。末恐ろしい……呪いは本物だったんです。あれ以来〝お化けが出る〟と噂が立つようになりまして。別荘を管理していた者も次々に辞めてしまったんです」
「まだ呪いの御札がどこかに残っているのではないですか?」
「そう思っています。今度、兄上が信頼を置いているアレックス主教を呼んでみようかと。なんでも視える人だそうなので、怪現象の手がかりが得られるかと」
「そ、そうでございますか。事態が改善に向かうことを祈ります。それはそうと秋の錦が見事でございますね。まるで絹の織物みたい」
アラベラさんの言葉は美しい。ミミに少し似ている。おそらく僕の何倍も書物に親しんだのだろう。本を読む人は語彙力が豊富だ。
「僕の別荘地のままであるのは惜しいでしょう。有効的な活用を思いついたのです」
僕はアラベラさんに、産声を上げたばかりの計画を話す。僕の言葉は緊張して拙かったが、彼女は真剣に耳を傾けてくれた。
「殿下、それは素晴らしいですわ。もしかすると、カリンさんのことがきっかけでこの計画を?」
「そう、そうなんです。まだ僕の頭の中にしかない計画なので、白紙の上に落とさなくては」
「殿下の力になります。私も人の為になることがしたいのです」
「ありがとう。貴女のお力添えがあれば、心強いです」
僕も彼女を見倣わなければ。
「そうだ、聡明な貴女に訊ねたいことが」
僕は鞄から小箱を取り出すと、そこに収められたものをアラベラさんに見せた。深い青緑色の小さな鉱石だ。
「この鉱石をどう思われますか?」
「綺麗だと思います。すみません、このような高価な品には疎いもので……」
「僕も分からないのです。エーデルシュタイン鉱山の翡翠石、といわれていますが」
「エーデルシュタインというと、北のモンスーン王国の貴族でございますか」
「そうです。その一族が保有する鉱山から採掘され加工された品だそうですが、真偽の程は定かではございません」
「偽物なのですか? こんなに美しいのに」
「ある鑑定士はただの石ころだと嗤い、別の者は城が建つ程の値打ちがあると言いました」
真の鑑定眼を持つ者が存在するかどうかさえ疑わしいくらいに意見が分かれたのだ。
――たった一人の鑑定士を除いて。よりによって、あの人しかいないなんて。
「エーデルシュタインは最近、鉱山の質が落ちたと言われています。採掘量が減っているのは事実ですが、質については素人では判断できない。相場は従来の価格で取引されています。まがい物も多く出回っているので、偽者が本物の価値を落としたとも噂されているんです」
「噂の真相を調べておいでで? なぜです?」
「エーデルシュタイン家の弱点を得る為です」
「弱点を?」
「極秘事項でお願いします。貴女は遵守してくださると分かって話しています」
「勿論です。決して口外致しません」
「ありがとう。エーデルシュタイン家が価値の低い鉱石を売買していた証拠をつかめば、兄上ひいてはナンシーさんの為になるかもしれないのです。今、現地で動いている者がいます。その報告を待ち次第、僕も陛下も動きます」
望んだ吉報が届けば良いのだが。
【つづく】
「一体何を発表されるおつもりで?」
「それは貴女にも申し上げることはできません」
けれど、いずれ必ず伝えるつもりだ。兄上の秘密が世間に広まって以降、ずっと思い悩んでいることがある。一応、舞踏会が開かれる前に、陛下と兄上、ミミにも僕の考えを進言して了解を得るつもりだ。
「あの、ちなみにおたずねしたいのですが」
「なんでしょうか?」
「この招待状はタダなのですか。社交界のしきたりには疎くて。袖の下が必要ですか」
――袖の下というのは、前世の日本で、使われていた言葉のはず。
時代劇など、賄賂を渡す場面で聞いたことがある。
この世界にも「ドレスの袖の下」という慣用句があっただろうか。
「何も不要ですよ、アラベラさん。あっ、招待するかわりと言ってはなんなのですが」
「現金ではない袖の下が必要なのですか?」
「賄賂は御免です。一つだけ僕の頼みを聞いて欲しいことがあります。これから付き合って欲しい場所があるんです。聡明な貴女の意見を聞きたくて」
「お力になれることでしたら喜んで」
「ありがとう。ここから馬車で移動して、そう遠くない場所です」
僕とアラベラさんは馬車でアンダンテを発った。
正午に就いたのは川岸の近くに設けられた別荘地だ。この周辺は僕の私有地で、近くには賓客をもてなすための別荘もある。春は野花が満開に、秋は紅葉が見事な場所だが、最近めっきり人の訪れが減ってしまった。暗殺予告が出る前は気晴らしに乗馬で訪れることが度々あったが。
「以前、この私有地には僕の名の書かれた呪いの御札が、大量に貼られていましてね」
「ああ。例の彼が悪戯でばらまいたという……」
「彼は本気だったようです。末恐ろしい……呪いは本物だったんです。あれ以来〝お化けが出る〟と噂が立つようになりまして。別荘を管理していた者も次々に辞めてしまったんです」
「まだ呪いの御札がどこかに残っているのではないですか?」
「そう思っています。今度、兄上が信頼を置いているアレックス主教を呼んでみようかと。なんでも視える人だそうなので、怪現象の手がかりが得られるかと」
「そ、そうでございますか。事態が改善に向かうことを祈ります。それはそうと秋の錦が見事でございますね。まるで絹の織物みたい」
アラベラさんの言葉は美しい。ミミに少し似ている。おそらく僕の何倍も書物に親しんだのだろう。本を読む人は語彙力が豊富だ。
「僕の別荘地のままであるのは惜しいでしょう。有効的な活用を思いついたのです」
僕はアラベラさんに、産声を上げたばかりの計画を話す。僕の言葉は緊張して拙かったが、彼女は真剣に耳を傾けてくれた。
「殿下、それは素晴らしいですわ。もしかすると、カリンさんのことがきっかけでこの計画を?」
「そう、そうなんです。まだ僕の頭の中にしかない計画なので、白紙の上に落とさなくては」
「殿下の力になります。私も人の為になることがしたいのです」
「ありがとう。貴女のお力添えがあれば、心強いです」
僕も彼女を見倣わなければ。
「そうだ、聡明な貴女に訊ねたいことが」
僕は鞄から小箱を取り出すと、そこに収められたものをアラベラさんに見せた。深い青緑色の小さな鉱石だ。
「この鉱石をどう思われますか?」
「綺麗だと思います。すみません、このような高価な品には疎いもので……」
「僕も分からないのです。エーデルシュタイン鉱山の翡翠石、といわれていますが」
「エーデルシュタインというと、北のモンスーン王国の貴族でございますか」
「そうです。その一族が保有する鉱山から採掘され加工された品だそうですが、真偽の程は定かではございません」
「偽物なのですか? こんなに美しいのに」
「ある鑑定士はただの石ころだと嗤い、別の者は城が建つ程の値打ちがあると言いました」
真の鑑定眼を持つ者が存在するかどうかさえ疑わしいくらいに意見が分かれたのだ。
――たった一人の鑑定士を除いて。よりによって、あの人しかいないなんて。
「エーデルシュタインは最近、鉱山の質が落ちたと言われています。採掘量が減っているのは事実ですが、質については素人では判断できない。相場は従来の価格で取引されています。まがい物も多く出回っているので、偽者が本物の価値を落としたとも噂されているんです」
「噂の真相を調べておいでで? なぜです?」
「エーデルシュタイン家の弱点を得る為です」
「弱点を?」
「極秘事項でお願いします。貴女は遵守してくださると分かって話しています」
「勿論です。決して口外致しません」
「ありがとう。エーデルシュタイン家が価値の低い鉱石を売買していた証拠をつかめば、兄上ひいてはナンシーさんの為になるかもしれないのです。今、現地で動いている者がいます。その報告を待ち次第、僕も陛下も動きます」
望んだ吉報が届けば良いのだが。
【つづく】
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