【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

5-1 ★ 招待状

【第5章】は、チャールズが語り手です。



 兄上とミミが新婚旅行に出かけて三日が経過した。二人には心ゆくまで羽をのばしてきて欲しい。きっと今頃は、教皇区を観光しているに違いない。兄上もミミも歴史が好きというので、教皇区の聖職者に「歴史的建造物や美術品について、詳しく解説できる案内人を手配してほしい」と連絡した。

「うちの弟がここをすすめてくれたんです」
「いろいろあったけど、大事な家族ですわ」

 なーんて、僕のことを話してくれていたりして。旅行中、僕のことをちょっとでも二人が思い出してくれたらなぁ。


「チャールズ殿下。浮かない顔をされていますけど、どうしました?」


 向かいに座るアラベラさんが紅茶を飲みながら、心配そうに僕の面持ちをうかがう。ここは僕が夏の間お世話になった、アルフレッド兄上の住まいだ。兄上の留守を任されたザックが、住まいの応接間に僕を通してくれた。連休を利用してアンダンテへ帰省していたアラベラさんも一緒だ。

「兄上とミミは、今どうしているかなーと」
「同じことを三回はつぶやいておりますよ」
さびしくてたまらなくて……」

 隠しようもないので、正直にこの気持ちを全肯定ぜんこうていした。

「今日は、兄上の代理を任せたザック司祭の仕事ぶりを見に来たのですが、やはり兄上がいないと心にぽっかり穴が空いたようで。大なり小なり兄上とミミの小言を食らわないと、頭の中がシャキッとしないんですよ」

「どれだけお二人のことが好きなんですか」

「そう、そうなんです、アラベラさん。兄上とミミが旅に出て、益々ますますその存在の大きさに気付きました。二人がいなくては、僕はこれから先、どう生きていけばいいんでしょうか」

「私にも分かりませんわ。殿下は少々、お二人に依存しすぎです」

 その通りなので、もう何も言えない。アラベラさんは僕の心を見透かしているようだ。

「すみません、失言でしたわ」

「構わないです。そのくらいずけずけと物を言ってくれる御方おかたがいると安心します。貴女あなたがミミと友人というのは納得です。よく似ています」

「父がミミさんの弁護をつとめなければ、今のような間柄あいだがらではなかったでしょう」

「あのおろかな裁判が、ミミと貴女の友情をはぐくんだというのなら、少しだけ救われます」

 僕の心からの言葉だったのだが、アラベラさんは辛そうな面持ちでうつむいたのだった。

「すみません、自虐的じぎゃくてきな事を申して。貴女あなたの気分を害すつもりは無かったんです。僕のおかした過ちについて、かえりみない日は無くて、誰かに話さずにはいられなくなるもので」

「お気持ちは分かります。他者を傷つけたことを忘れてのうのうと生きる人間は多いですが、私は自身の罪を忘れない加害者で良かったと、考えていたところです」

「貴女にも後悔こうかいがあるのですか?」

「ええ。一生どころか死んでも負い目を抱く相手がいます」

 このかしこく真面目な人が傷つけてしまった誰か。僕には想像がつかない。詳細が気になるが、訊ねてはいけないという気がした。

「そうだ、今日はこれを貴女あなたに渡そうと思っていたんです」

 僕は、一枚の招待状をアラベラさんに差し出す。

「これは舞踏会の招待状でございますか?」

「動きやすく、舞踏がしやすい、夜会用のよそおいでいらして欲しい」

「とてもいただけませんわ。私のような田舎娘が社交界になど、恐れ多いです」

「何を申しますか、アラベラさん。貴女ほどの美貌びぼうなら、舞踏会のはなとなりましょう。お父様のロビン氏の名は社交界でも広まっているし、彼はキャベンディッシュ家の新しい顧問弁護士こもんべんごしだ。堂々と参加してください」

「でも私には、このようなはなやかな場は……」

「それでは、僕の友人ということでいらしてくれませんか。できれば僕の心の支えとして」

「殿下の心の支えですか?」

 アラベラさんは、きょとんと目を丸くした。

「実は……心に固めていることがありまして。それを舞踏会で発表しようと考えていたんです。兄上とミミ、そして心許せる貴女あなたにもぜひ、それを見届けて欲しい」

「一体何を発表されるおつもりで?」

「それは貴女にも申し上げることはできません」

 けれど、いずれ必ず伝えるつもりだ。

【つづく】

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