【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
4-8 ★ ドカンと撃っちゃうのよ
俺の人生では、予想外のことばかり立て続けに起こる。
忘れもしない因縁の悪党と、ここで再会するなんて。
「シモンとおっしゃいました? 新聞に載っていた大悪党シモン・コスネキン? なぜここに?」
隣国のマーガレット王女様の耳にまで入っているとはな。
「そうです、私は有名な大悪党ですよ。陛下の密命を戴いて、社会奉仕の最中でございます」
「ヴェルノーン国王陛下は……お、お心の広い御方でございますね」
マーガレット王女様は目を白黒させた。
「リンドバーグ司祭様。こちらのお嬢様方はどなたですか?」
シモンはマーガレット王女様とギメラをしげしげと見比べた。
「こちらは、アンダンテにいた信徒のお一人で、ギメラさん」
「ちょ、ちょっと司祭様。私は、パメ……」
「それでこちらが……ああもう言っちゃうか。マーガレット王女様だ」
「は? え? は? 王女様? ご、ご冗談を……」
大悪党が心底驚いた顔ってのも悪くないな。
「本物だよ。いろいろ事情があってね。この御方は正真正銘、マーガレット王女殿下だ」
「えええっ、嘘でしょ! なぜこんなところに!」
下着泥棒ギメラも驚いている。そういえばギメラには話してなかったな。
「メラニー・チーズマンの誕生会の後、お二人を尾行していましたよね?」
王女様が「はい……」と恥ずかしそうに俯いた。
「王女様が俺たちを尾行するのも、見ていたのか、シモン?」
「はい。王女様の真後ろにいましたから」
あの夜道で感じた二人分の視線の正体が分かった。
「おまえは、いつから俺たちを見ていたんだ?」
「リンデマン領に着いた時からですよ。旅行の経過を見守るようにと陛下からお達しがありまして……」
「朝、リンデマン領でも感じた視線は、おまえか!」
「司祭様は人の気配に敏感なので、隠れるのも大変でした。おまけに、手配犯だ人違いだと警察ともめていたので焦りましたよ。お二人が馬車にこっそり同乗させていたのが、まさか噂の王女様とは……。訳アリだろうとは思いましたけどね」
シモンは肩をすくめた。
「自分は別の道で、司祭様たちが休憩に立ち寄るであろう、次の経由地に先回りしていたのですが……」
――シモンが通った道を行けば、こんなことにならなかったのにな。
「老夫が〝リンドバーグ夫妻が山賊に捕まった〟と警察に報告する現場に遭遇しましてね」
――その老夫も山賊のグルだったんだよなぁ。ああ、腹立つ。
「これは一刻も早く救出せねば……僕の首が飛ぶと思って」
ギョーム陛下のことだから、本気でやりかねない。現にシモンの青ざめた顔といったら、かつて自信満々で俺たち夫婦を地獄に落とした男とは思えないな。
――首根っこをつかまれた猫……いや首輪か。大悪党が、陛下の犬と化している。
実父を怒らせると怖いことは誰よりも知っている。
「皆さんを助け出すべく、急遽この要塞に潜入したのですよ。地下牢まで行ったのにもぬけの殻。脱獄されたようですが、何をうろちょろされているのですか?」
「ちょっと火薬を探していてな」
「小火騒ぎを起こして、要塞を出るというのなら名案ですが、火薬が必要な事情とは? 爆破したいものでもあるのですか」
「うちのオスカルを助けたい。注意を引きつける為にも派手にやる必要がある。簡単に鎮火されては困るしな」
「司祭様にしては悪知恵が働きますね。それで火薬は見つかりました?」
「ああ。それらしき場所を見つけたが……」
俺は倒れている見張りの男に屈んだ。
――死んでしまったのか? 悪党とはいえ、胸が痛い。
弔いの祈りを捧げようと思ったが、なんと彼は「グーガー」と鼾を掻いている。
「寝ている? シモン、この男に何を打った?」
「即効性抜群の睡眠剤ですよ。リンドバーグご夫妻の身に危険が及んだ時にはと、教会の化学部からもらったんです。化学を極める者の情けで命まではとらないそうですよ」
――媚薬だけじゃなく、睡眠剤まで。恐ろしい集団だ。
「あの、シモン様。先ほどは危ないところを助けてくださり、ありがとうございます」
ギメラがもじもじしながら御礼を言ったが、
「成り行きですよ」
シモンはそれだけ返すと、俺へ向き直った。
「それで司祭様、火薬はどこに?」
「ちょっと待て、おそらくこれが火薬庫の鍵だ」
眠っている見張りから鍵の束を奪う。誰かがこの通路にやってきて、倒れている彼の姿を見ては困るので、近くの物置に押し込んだ。
「こっちだ」
俺たちはシモンを連れて、砲台へ戻る。火薬庫ではないかと思われる鉄扉を開けた。洞穴のような暗い空間に、火薬と砲弾の詰まった箱がところ狭しと置かれている。
「火薬の箱だ。お、重い」
袋か何かにすくって持ち運ぶのがよさそうだ。
「ねぇ、アル。ここにある砲弾を撃った方が、手っ取り早いんじゃない?」
ミミの過激な一言で、その場がシーンと静まった。ミミがのぞいている箱の中には、黒くて丸い鉄の塊が入っていた。
「この大砲は移動型で、撃つ角度も自由に調整できるみたいだし」
ミミは外に出ると、大砲の足元を指差した。固定されておらず動かすことができる。
「塀の裏口に近いこの砲台から、塀の正面に向かってドカンと撃っちゃうのよ。敵襲だと吃驚するんじゃないかしら。敵が正面に集まったうちに、私たちは裏口からオスカルの馬車で逃げるってわけ。どう?」
「素晴らしい考えだけど……俺は大砲の撃ち方を知らないんだ」
「アルも知らないか~。実は私も。だから訊いてみたのよ」
「私は分かりますよ」
衝撃の一言を放ったのはなんと、マーガレット王女様だった。
「軍の視察で大砲について教わりました。建国行事や記念日の祝砲を撃つ任に就いたこともあります。砲台の中は……綺麗に掃除されていますね。山賊の割には、ちゃんとお手入れしているじゃないですか」
王女様は大砲を撃つのに必要なものを一通り確認したあと。
「さてと。景気よく、ぶっ放しますか」
――こういう竹を割ったような性格、ミミと本当によく似ているよ。
俺たちは火薬庫の中身を大砲のそばへ運び、砲弾を放った後の段取りを打ち合わせをする。
「塀の正面に大砲を放って、敵襲だと混乱している最中に、裏口の馬車を奪取。名案だ」
シモンは作戦に乗り気だ。彼は俺たちを助けてくれたし、現状を打破できるなら、かつての悪党とも手を結ぼう。
【5章:チャールズ編につづく】
忘れもしない因縁の悪党と、ここで再会するなんて。
「シモンとおっしゃいました? 新聞に載っていた大悪党シモン・コスネキン? なぜここに?」
隣国のマーガレット王女様の耳にまで入っているとはな。
「そうです、私は有名な大悪党ですよ。陛下の密命を戴いて、社会奉仕の最中でございます」
「ヴェルノーン国王陛下は……お、お心の広い御方でございますね」
マーガレット王女様は目を白黒させた。
「リンドバーグ司祭様。こちらのお嬢様方はどなたですか?」
シモンはマーガレット王女様とギメラをしげしげと見比べた。
「こちらは、アンダンテにいた信徒のお一人で、ギメラさん」
「ちょ、ちょっと司祭様。私は、パメ……」
「それでこちらが……ああもう言っちゃうか。マーガレット王女様だ」
「は? え? は? 王女様? ご、ご冗談を……」
大悪党が心底驚いた顔ってのも悪くないな。
「本物だよ。いろいろ事情があってね。この御方は正真正銘、マーガレット王女殿下だ」
「えええっ、嘘でしょ! なぜこんなところに!」
下着泥棒ギメラも驚いている。そういえばギメラには話してなかったな。
「メラニー・チーズマンの誕生会の後、お二人を尾行していましたよね?」
王女様が「はい……」と恥ずかしそうに俯いた。
「王女様が俺たちを尾行するのも、見ていたのか、シモン?」
「はい。王女様の真後ろにいましたから」
あの夜道で感じた二人分の視線の正体が分かった。
「おまえは、いつから俺たちを見ていたんだ?」
「リンデマン領に着いた時からですよ。旅行の経過を見守るようにと陛下からお達しがありまして……」
「朝、リンデマン領でも感じた視線は、おまえか!」
「司祭様は人の気配に敏感なので、隠れるのも大変でした。おまけに、手配犯だ人違いだと警察ともめていたので焦りましたよ。お二人が馬車にこっそり同乗させていたのが、まさか噂の王女様とは……。訳アリだろうとは思いましたけどね」
シモンは肩をすくめた。
「自分は別の道で、司祭様たちが休憩に立ち寄るであろう、次の経由地に先回りしていたのですが……」
――シモンが通った道を行けば、こんなことにならなかったのにな。
「老夫が〝リンドバーグ夫妻が山賊に捕まった〟と警察に報告する現場に遭遇しましてね」
――その老夫も山賊のグルだったんだよなぁ。ああ、腹立つ。
「これは一刻も早く救出せねば……僕の首が飛ぶと思って」
ギョーム陛下のことだから、本気でやりかねない。現にシモンの青ざめた顔といったら、かつて自信満々で俺たち夫婦を地獄に落とした男とは思えないな。
――首根っこをつかまれた猫……いや首輪か。大悪党が、陛下の犬と化している。
実父を怒らせると怖いことは誰よりも知っている。
「皆さんを助け出すべく、急遽この要塞に潜入したのですよ。地下牢まで行ったのにもぬけの殻。脱獄されたようですが、何をうろちょろされているのですか?」
「ちょっと火薬を探していてな」
「小火騒ぎを起こして、要塞を出るというのなら名案ですが、火薬が必要な事情とは? 爆破したいものでもあるのですか」
「うちのオスカルを助けたい。注意を引きつける為にも派手にやる必要がある。簡単に鎮火されては困るしな」
「司祭様にしては悪知恵が働きますね。それで火薬は見つかりました?」
「ああ。それらしき場所を見つけたが……」
俺は倒れている見張りの男に屈んだ。
――死んでしまったのか? 悪党とはいえ、胸が痛い。
弔いの祈りを捧げようと思ったが、なんと彼は「グーガー」と鼾を掻いている。
「寝ている? シモン、この男に何を打った?」
「即効性抜群の睡眠剤ですよ。リンドバーグご夫妻の身に危険が及んだ時にはと、教会の化学部からもらったんです。化学を極める者の情けで命まではとらないそうですよ」
――媚薬だけじゃなく、睡眠剤まで。恐ろしい集団だ。
「あの、シモン様。先ほどは危ないところを助けてくださり、ありがとうございます」
ギメラがもじもじしながら御礼を言ったが、
「成り行きですよ」
シモンはそれだけ返すと、俺へ向き直った。
「それで司祭様、火薬はどこに?」
「ちょっと待て、おそらくこれが火薬庫の鍵だ」
眠っている見張りから鍵の束を奪う。誰かがこの通路にやってきて、倒れている彼の姿を見ては困るので、近くの物置に押し込んだ。
「こっちだ」
俺たちはシモンを連れて、砲台へ戻る。火薬庫ではないかと思われる鉄扉を開けた。洞穴のような暗い空間に、火薬と砲弾の詰まった箱がところ狭しと置かれている。
「火薬の箱だ。お、重い」
袋か何かにすくって持ち運ぶのがよさそうだ。
「ねぇ、アル。ここにある砲弾を撃った方が、手っ取り早いんじゃない?」
ミミの過激な一言で、その場がシーンと静まった。ミミがのぞいている箱の中には、黒くて丸い鉄の塊が入っていた。
「この大砲は移動型で、撃つ角度も自由に調整できるみたいだし」
ミミは外に出ると、大砲の足元を指差した。固定されておらず動かすことができる。
「塀の裏口に近いこの砲台から、塀の正面に向かってドカンと撃っちゃうのよ。敵襲だと吃驚するんじゃないかしら。敵が正面に集まったうちに、私たちは裏口からオスカルの馬車で逃げるってわけ。どう?」
「素晴らしい考えだけど……俺は大砲の撃ち方を知らないんだ」
「アルも知らないか~。実は私も。だから訊いてみたのよ」
「私は分かりますよ」
衝撃の一言を放ったのはなんと、マーガレット王女様だった。
「軍の視察で大砲について教わりました。建国行事や記念日の祝砲を撃つ任に就いたこともあります。砲台の中は……綺麗に掃除されていますね。山賊の割には、ちゃんとお手入れしているじゃないですか」
王女様は大砲を撃つのに必要なものを一通り確認したあと。
「さてと。景気よく、ぶっ放しますか」
――こういう竹を割ったような性格、ミミと本当によく似ているよ。
俺たちは火薬庫の中身を大砲のそばへ運び、砲弾を放った後の段取りを打ち合わせをする。
「塀の正面に大砲を放って、敵襲だと混乱している最中に、裏口の馬車を奪取。名案だ」
シモンは作戦に乗り気だ。彼は俺たちを助けてくれたし、現状を打破できるなら、かつての悪党とも手を結ぼう。
【5章:チャールズ編につづく】
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