【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

4-7 ★ 悪党再び参上!

 日が暮れ、要塞の中から山賊たちの笑い声や陽気な音楽が聞こえ始めた。

 俺たちはギメラの手に入れた鍵で地下牢を脱出、忍び足で作戦を開始した。

 ――城内は案外見張りが少ないな。

 一階に上がってすぐ右に出たところ、要塞の玄関には大柄おおがらの男が二人構えていた。だがそれ以外は手薄てうすだ。この要塞は山賊たちには広すぎるのだろう。

 松明たいまつともってない廊下や階段も多くあったので、暗闇に目が慣れたとはいえ、足元に注意しながら建物内を移動する。地下牢を出てしまえばもうこっちのもの、ギメラが中を自由に回っていたというのも納得だ。

 ギメラの案内で俺たちは二階から外を見渡せる場所へ出た。要塞を囲う高い塀の表口おもてぐち鉄扉てっぴの前には、武装した賊が四人配備されている。

「あっちが正面扉ですが、見ての通頑丈がんじょうなので通過は無理です。裏口の方へ行きましょう。見張りがいるので気をつけて」

 ギメラは裏口をうかがえる場所へ誘導した。裏口にも武装したぞくが二名いる。

「ギメラさん、うまやはどこですか?」
「あそこですわ」

 裏口の近くに設けられた、粗末そまつな平屋だ。うまやの外には馬車が一台停まっており、賊たちが荷台にいろいろな物をせていく。

「絵画に骨董品こっとうひん、高価な品ばかり積まれていきますわ」

 マーガレット王女様が眉を寄せた。

「盗品を質屋しちやに入れるんじゃないかしら」

 ミミの推理が的を射ているだろう。「落とすなよ」「貴重品だ」と賊の声が聞こえる。

「どこの質屋にもつらが割れていると私が忠告したのに。はったりを無視して売り飛ばすとは」

 ギメラは「フンッ」と鼻を鳴らした。

「アル。あの馬、うちのオスカルだわ」
「うちのかわいいオスカルを、盗品運びなんざにこき使われてたまるか!」

 オスカルごと馬車を奪取だっしゅするしかない。
 だがいくつかの問題がある。

「馬車の周りにいるぞくを蹴散らして、裏口の見張りを倒さないとな」

 やはり小火騒ぼやさわぎを起こすのが最善だろう。敵を一カ所に集め、消火にあたらせているうちに、裏口から脱出する。

 ――火がすぐに消えては時間稼ぎにならないな。

 可燃物も必要だ。一番良いのは木材か。塀の一角に伐採されたばかりとみえる材木が積まれている。

「材木置き場を燃やすしかないな。火薬や油があれば尚良いのだけど」
「火薬? 砲台ならありますよ」
「砲台? どこに?」
「こっちです」

 ギメラの案内について俺たちは、塀に囲まれた大きな建物を出た。暗がりや木の幹、草むらを伝って、塀の側へ移動する。石造りの高い塀には、四方に見張り台がある。石塀の内側、一階にあたる足元には、内部に入る出入り口が点在していた。見張りのいない扉から、塀の内部に侵入する。

 ――やっぱり、正面口と裏口をのぞいては、想像していたより見張りが少ない。これは楽に出られるかな。

 階段をのぼり、四つある見張り台の一つに接近できた。要塞の後方、裏口に近い場所だ。大砲が二基設けられたその見張り台には、松明たいまつが設けられており、護衛の男が一人いる。その男は壁に背をもたれ、あくびを掻いて酒瓶を喇叭飲らっぱのみしていた。

 ――おいおい。見張りが酔っ払って……。更に手薄てうすじゃないか。

 だが油断はならない。見張りは酩酊めいていしているが、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうのがっちりとした体格だ。力業ちからわざで立ち向かうのは得策ではない。酔いに任せて容赦ようしゃなく襲いかかってくることも考えられる。

 ――あれが火薬庫かな?

 二基横並んだ大砲の右側に、明らかに頑丈そうな鉄扉がある。見張りの男の腰には鍵が下がっていた。やはりあの男を倒すほかないようだ。

「やっぱり、ガツンとやっちゃうしか」
力業ちからわざはやめましょう、ギメラさん」

 ギメラがムスッと頬を膨らましたその時だった。見張りの男が怪獣のような大欠伸おおあくびをし、頭をぽりぽりとかきむしった。

「酒飲みすぎたかな。しょんべん、行くか」

 彼が急にこちらへ振り返る。慌てて頭を引っ込めたが。

「何か今、そこにいたような……」

 ――まずい。隠れないと!

 俺たちは慌てて階段を駆け下りた。足音に気付いた男が「待て!」と追ってくる。

「キャッ」

 ギメラが通路の真ん中で激しく横転してしまった。

「ギメラさん!」

 あわてて駆け寄るも、見張りの男の方が先にギメラの襟首をわしづかむ。酔った男はまばたきを繰り返しながら、目を凝らした。

「女か? クソッ、暗くてよく見えねぇ」
「さ、酒臭い! いや! さわらないで!」

 ギメラが両手両足を激しく動かす。

「そこにも、誰かいるな?」

 男の目が暗闇に慣れぬうちに、こちらから攻撃を仕掛けなければ。力業ちからわざには頼りたくなかったが、ここはガツンと一発急所を狙うしかないと身構えた時だった。

「うっ」

 見張りの男は急に目を剥き、バターンッとうつ伏せに倒れた。床の埃が、ほうほうと舞い上がる。一瞬のことで何が起こったのかまるで分からなかった。

「なるほど、即効性は抜群だ」

 倒れた見張りの背後に、何者かが立っている。

 ビュウッと夜風が鳴いた。空を覆う黒雲が流され、星明かりがにわかに差し込む。謎の人物は胸元に何かを構えている。細長い先端が鈍い光を放った。

 ――注射器だ! 見張りは何かを打たれて……まさか毒?

「おまえは誰だ!」

 俺が思わず声を荒げると、

「おや、分かりませんか?」

 ――この声、聞き覚えがあるぞ!

 相手は「クスッ」と含み笑うと、肩掛け鞄を開け、使用済みの注射器を小箱にしまった。

「ここまで来たら、変装も無意味ですね」

 ――変装だって?

 不審人物は頭にかぶっていた何かを外した。帽子ではない。相手の面持ちが見えないほど視界は暗いが、おそらくカツラだろう。その人はカツラを鞄に押し込めると、倒れた見張りの男をよけ、窓辺の星明かりが強いところへ歩み出た。相手の顔が、とうとう明らかになる。

 ――嘘だろう? 

 相手の正体が分かり、たちまち悪夢に放り込まれた気がした。

「どうして、おまえがここに……?」

 ――これは夢だ。こいつがここにいるはずがない!

 隣を見遣ると、ミミも目を剥き、唇を震わせていた。

 ――本物なのか?

 人に毒を盛ることにも心が痛まない。
 ミミの両親を酷い目に遭わせた、極めて非情で残忍な男だ。
 ゴクリと唾を飲みこみ、彼を見据える。

「シモン?」

「災難でしたね、司祭様」

 シモン・コスネキンは、薄ら笑いを浮かべた。

【つづく】

コメント

  • 旭山リサ

    ドッキリ、大成功~☆ 清水さん、コメントありがとうございます♡

    1
  • 清水レモン

    ゴクリ 

    1
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