【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
4-5 ★ 金持ち女と結婚した最低の司祭?
「よく寝たぁ。新入りさんですか?」
――ん? どこかで聞き覚えのある声だ。
向かいの牢は更に真っ暗だ。牢屋の柵が邪魔で、相手の姿がよく見えない。分かるのは長い髪の女性ということだけだ。
「俺たちの話をどこまで聞きました?」
俺が訊ねると、女性が急に「えっ」と跳び上がった。
「お、驚いた、男の人もいるんですか。女性の声ばかり聞こえていたから」
「俺と女性二人です」
「あら賑やか。それはそうと貴方……良い声してますねぇ~」
「は?」
「昔、付き合っていた人と声がそっくり」
「は、はぁ、左様で」
――いきなりなんだこの人。
「私は昔、ここから遠~く離れた国の、小さな町の司祭様と付き合っていたのよ」
「へ、へぇ」
――俺も司祭だと言いにくいな。
「本当にお優しい司祭様だったわ。毎晩私の頭を撫でながら、夜が更けるまで耳元で愛を囁いてくださったのよ。町にやってきた金持ち女の上手い口車に騙されて、彼が結婚した時には辛くて、毎晩ひとりで泣いたわ」
「なんてひどい男でしょう! 司祭の風上にもおけませんわ」
王子に浮気をされた王女様は自分のことのように憤った。一体どこの国の誰だろう。司祭が結婚できるのはヴェルノーン王国国教会。俺の知り合いとかだったら嫌だな。
「でも私、もう恨んではいないの。私は彼に不相応だった、はじめから分かっていたわ。時々懐かしくなるけど。貴方の声があんまり似ているんで思い出しちゃったわ。ごめんなさいね」
誰だか知らないが、過去の酷い恋人を俺に重ねて感傷に浸るのはやめてくれ。ものすごく微妙な気分だ。
「お顔も似ているのかしら。声が似ている人は骨格が近いって言うし」
「ど、どうでしょうか」
「ねぇ、もう少し近くでお顔を見せて。こっちは暗くて見えないの」
ギシッと寝台が軋む。向かいの牢の女性は靴を履き、ひたひたと柵の前へ近付いた。明かり窓から零れる光が女性の面持ちにかかる。灰色の長い髪、水色の薄い瞳、こ、こ、この人は!
「ガメラさん!」
いつぞや俺の下着を盗んでいた変態だ!
「し、司祭様?」
ガメラは柵に顔をはめこまんばかりに近付けて、まじまじと俺に見入った。
「司祭様! 司祭様ではありませんか! まぁ、私を憶えておいでで?」
「ええ。こ、こんなところでお会いするとは。き、奇遇ですね、ガメラさん」
「ガメラじゃありません!」
「あ、すみません。ガメラさんじゃなくて、ギメラさんでしたね」
「ひどい! わざと間違えてません? うわああん!」
ギメラは両手で顔を覆って、わんわん泣き始めた。
「つ、つまりなんです? こちらにいらっしゃるギメラさんが昔お付き合いされていた男、金持ち女と結婚した最低の司祭というのは……」
王女様は目を白黒させながら俺を見た。
「俺じゃないです! 俺は全く身に覚えがありません!」
「アル。彼女の言う〝私が愛し合っていた司祭様〟は残念ながら貴方のことよ」
「違う、人違いだよ。ミミまで俺のことを疑うのかい! ひどいよ、あんまりだよ、あり得ないって!」
そういえば、と春の一件を振り返る。ミミを探す為にアラベラの家に行った時だ。アラベラが「ギメラと俺が愛し合っていた」とか、訳の分からないことを口走っていたな。
「あのね、パムには虚言癖があるのよ」
ミミの言葉で、これまでの不可解な謎がいっぺんに解けた。
ただ一つ分からないのは。
――パム? ギメラではないのか?
パムは愛称だろうか。だが俺の下着を盗んでいた泥棒を愛称では呼びたくない。
「大方、司祭を騙して結婚した金持ち女ってのは、私のことでしょ? 相変わらず良い性格しているじゃないの、パム?」
ミミは柵越しに、真正面からギメラを睨んだ。
「お、奥様も、ご一緒でしたか。なぜこんなむさ苦しくてかび臭いところに?」
「複雑な事情でね。それで? 誰と誰が愛し合っていたですって?」
ギメラは牢の壁まで後ずさった。
「ミミ様、この人と何かありましたの?」
「アルフレッドの下着をあるだけ盗んで、万年筆や柱時計の鍵まで懐に隠していた生粋の変態よ。私が町へ来る前、アルと愛し合っていたらしいわ。彼女の頭の中では。つまり妄想よ」
王女様がドン引きしている。俺はもっと引いているよ。そんな哀れみの目を向けないでくれ。
「ご、語弊がありますわ、奥様。私は司祭様の落とし物を拾って保管していただけですわ」
「嘘おっしゃい! 毎度毎度、干した下着が風に飛ばされて、行方が分からなくなるもんですか」
――俺の下着を返してくれ。
「大体、書斎の柱時計の鍵をどこで落とすっていうのよ。貴女が我が家へ不法侵入した姿を、私はちゃーんと目撃しているんですからね。今から警察に突き出してやろうかしら」
「そ、それは無理ですわ、奥様。私も貴女も、檻の中じゃありませんか」
「同類なんて御免よ。大体なんで貴女まで山賊たちに捕まっているのよ」
「話せば長くなりますわ。涙なしには語れませんの。これには山より高く海より深い事情が」
「前振りはいいから、真実だけ語りなさい」
「は、はい」
ギメラはちょこんと牢屋の床に正座した。鉄格子の前で仁王立ちするミミの剣幕に圧され、全身をガタガタ震わせている。
「いつぞやだったか、私の至らない点を、奥様から諭された後、思い立って自分探しの旅に出ましたの」
――自分探し? 下着集めの、世界一周旅行ではないのか。
【つづく】
――ん? どこかで聞き覚えのある声だ。
向かいの牢は更に真っ暗だ。牢屋の柵が邪魔で、相手の姿がよく見えない。分かるのは長い髪の女性ということだけだ。
「俺たちの話をどこまで聞きました?」
俺が訊ねると、女性が急に「えっ」と跳び上がった。
「お、驚いた、男の人もいるんですか。女性の声ばかり聞こえていたから」
「俺と女性二人です」
「あら賑やか。それはそうと貴方……良い声してますねぇ~」
「は?」
「昔、付き合っていた人と声がそっくり」
「は、はぁ、左様で」
――いきなりなんだこの人。
「私は昔、ここから遠~く離れた国の、小さな町の司祭様と付き合っていたのよ」
「へ、へぇ」
――俺も司祭だと言いにくいな。
「本当にお優しい司祭様だったわ。毎晩私の頭を撫でながら、夜が更けるまで耳元で愛を囁いてくださったのよ。町にやってきた金持ち女の上手い口車に騙されて、彼が結婚した時には辛くて、毎晩ひとりで泣いたわ」
「なんてひどい男でしょう! 司祭の風上にもおけませんわ」
王子に浮気をされた王女様は自分のことのように憤った。一体どこの国の誰だろう。司祭が結婚できるのはヴェルノーン王国国教会。俺の知り合いとかだったら嫌だな。
「でも私、もう恨んではいないの。私は彼に不相応だった、はじめから分かっていたわ。時々懐かしくなるけど。貴方の声があんまり似ているんで思い出しちゃったわ。ごめんなさいね」
誰だか知らないが、過去の酷い恋人を俺に重ねて感傷に浸るのはやめてくれ。ものすごく微妙な気分だ。
「お顔も似ているのかしら。声が似ている人は骨格が近いって言うし」
「ど、どうでしょうか」
「ねぇ、もう少し近くでお顔を見せて。こっちは暗くて見えないの」
ギシッと寝台が軋む。向かいの牢の女性は靴を履き、ひたひたと柵の前へ近付いた。明かり窓から零れる光が女性の面持ちにかかる。灰色の長い髪、水色の薄い瞳、こ、こ、この人は!
「ガメラさん!」
いつぞや俺の下着を盗んでいた変態だ!
「し、司祭様?」
ガメラは柵に顔をはめこまんばかりに近付けて、まじまじと俺に見入った。
「司祭様! 司祭様ではありませんか! まぁ、私を憶えておいでで?」
「ええ。こ、こんなところでお会いするとは。き、奇遇ですね、ガメラさん」
「ガメラじゃありません!」
「あ、すみません。ガメラさんじゃなくて、ギメラさんでしたね」
「ひどい! わざと間違えてません? うわああん!」
ギメラは両手で顔を覆って、わんわん泣き始めた。
「つ、つまりなんです? こちらにいらっしゃるギメラさんが昔お付き合いされていた男、金持ち女と結婚した最低の司祭というのは……」
王女様は目を白黒させながら俺を見た。
「俺じゃないです! 俺は全く身に覚えがありません!」
「アル。彼女の言う〝私が愛し合っていた司祭様〟は残念ながら貴方のことよ」
「違う、人違いだよ。ミミまで俺のことを疑うのかい! ひどいよ、あんまりだよ、あり得ないって!」
そういえば、と春の一件を振り返る。ミミを探す為にアラベラの家に行った時だ。アラベラが「ギメラと俺が愛し合っていた」とか、訳の分からないことを口走っていたな。
「あのね、パムには虚言癖があるのよ」
ミミの言葉で、これまでの不可解な謎がいっぺんに解けた。
ただ一つ分からないのは。
――パム? ギメラではないのか?
パムは愛称だろうか。だが俺の下着を盗んでいた泥棒を愛称では呼びたくない。
「大方、司祭を騙して結婚した金持ち女ってのは、私のことでしょ? 相変わらず良い性格しているじゃないの、パム?」
ミミは柵越しに、真正面からギメラを睨んだ。
「お、奥様も、ご一緒でしたか。なぜこんなむさ苦しくてかび臭いところに?」
「複雑な事情でね。それで? 誰と誰が愛し合っていたですって?」
ギメラは牢の壁まで後ずさった。
「ミミ様、この人と何かありましたの?」
「アルフレッドの下着をあるだけ盗んで、万年筆や柱時計の鍵まで懐に隠していた生粋の変態よ。私が町へ来る前、アルと愛し合っていたらしいわ。彼女の頭の中では。つまり妄想よ」
王女様がドン引きしている。俺はもっと引いているよ。そんな哀れみの目を向けないでくれ。
「ご、語弊がありますわ、奥様。私は司祭様の落とし物を拾って保管していただけですわ」
「嘘おっしゃい! 毎度毎度、干した下着が風に飛ばされて、行方が分からなくなるもんですか」
――俺の下着を返してくれ。
「大体、書斎の柱時計の鍵をどこで落とすっていうのよ。貴女が我が家へ不法侵入した姿を、私はちゃーんと目撃しているんですからね。今から警察に突き出してやろうかしら」
「そ、それは無理ですわ、奥様。私も貴女も、檻の中じゃありませんか」
「同類なんて御免よ。大体なんで貴女まで山賊たちに捕まっているのよ」
「話せば長くなりますわ。涙なしには語れませんの。これには山より高く海より深い事情が」
「前振りはいいから、真実だけ語りなさい」
「は、はい」
ギメラはちょこんと牢屋の床に正座した。鉄格子の前で仁王立ちするミミの剣幕に圧され、全身をガタガタ震わせている。
「いつぞやだったか、私の至らない点を、奥様から諭された後、思い立って自分探しの旅に出ましたの」
――自分探し? 下着集めの、世界一周旅行ではないのか。
【つづく】
コメント
旭山リサ
★清水漱平さんへ★ そうなんです、ぬう~っと妖怪のように登場させました! その名も、妖怪人間パム。男性の下着が干されているところに、この妖怪の目撃情報アリです。ご覧の通り、変態街道まっしぐらですから、普通に旅など出来るわけもなく、いろいろ寄り道も多かったわけです。御感想ありがとうございます!
清水レモン
ぬぅーっと登場しましたね!
応酬がクールで素敵です。さとされ自分探しの旅に出た、と語り始める内容が妄想なのか真実なのか気になった直後にラストの一行。容赦ありませぬ、さすがでございますです!