【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
4-4 ★ さあ、脱獄脱獄
山賊たちに馬車を奪われ、連れ去られること小一時間。
馬車が停まり、ギィィと蝶番の軋む耳障りな音が聞こえた。
――扉だ。それも大きな。目隠しをされていても分かる。
ガコンと扉の閉まる音がした。
おそらく塀で囲まれた建物なのだろう。
「お帰りなさい、お頭!」
――見張りかな。
ガシャガシャと金具の音がする。鎧よりも軽い防具で武装しているようだ。
「ややっ、お客人が三人も! 誰ですかい」
「なんと、リンドバーグ夫妻とその親戚さ」
「リンドバーグ夫妻だって! 本物ですか?」
「本物。旅行中のところを偶然ひっつかまえたのさ。身代金をたんまりいただけるぞ。特等室にご案内してやれ」
――特等室か。嫌な予感がする。
予感は当たった。目隠しをされたまま、足元がつるつると滑る階段を下りていく。
――寒い! かび臭い! 地下だろう。
俺たちは地下牢へ放り込まれた。牢の中で目隠しを解かれたが、身体は縄で縛られたままだ。
「ここが特等室? 豚箱だろう」
不満をぼやくと賊は嘲笑を浮かべた。寝台が一つ、椅子が一つしかない、湿っぽい部屋だ。天井の高いところに通気と採光を兼ねた小さな窓があるが、全体的に薄暗い。
「ここが一番良い部屋さ。あっちの部屋には鼠が出るしな。住人に聞いてみな」
賊たちは、通路を挟んだ向かい合わせの牢を指差す。暗がりでよく見えないが、誰かが寝台に大の字で転がっており、耳障りな鼾と歯ぎしりを立てていた。
「それじゃあ、そこで三人、大人しくしてろよ」
牢に錠をかけて、賊たちは地下を去った。
「ごめん、ミミ、王女様。俺が不甲斐ないばかりに、こんなことになって」
「司祭様が謝ることは何もありませんわ」
「そうよ、アル。ああいう人たちは単細胞で頭が軽いんだから。馬鹿を刺激すると命がいくつあっても足りないわ」
ミミのこういうところが俺は大好きだよ。
「さあ、脱獄脱獄。このままおとなしく捕まったままで、たまるもんですか」
ミミの背中から、ゴキゴキポキポキと枝の折れるような小気味の良い音がした。シュルリと彼女を縛る縄がほどける。
「縛り方が甘くて助かったわ」
「ミミ。どこで、そんな技を身につけたの?」
「小さい時に、護身術として習ったの。爵位ある家の子女は狙われやすいとかで。私はチャールズの婚約者だったし、お妃教育も幅広くてね。縄を解くくらいなら、私以外の令嬢でも朝飯前だと思うわよ?」
「いいえ、ミミ様。少なくとも私は、朝飯にありつけないどころか、日が暮れても無理かと」
「王女様、縄をときますわ。ああ、手首が真っ赤だわ。痣にならないかしら」
「ありがとうございます、ミミ様。このくらいへっちゃらです」
王女様は自由になった両手を閉じたり開いたりした。
「そういえば王女様の偽の旅券はどこにあるの? 鞄にはしまっていなかったみたいだけど。服の中?」
「ええ。私の操が、山賊に犯されない限り安全な場所ですわ」
俺とミミは同時に吹き出した。要するに下着の中ということか!
「大事なものは大事なところに隠しました」
ひとまず一番の貴重品が王女様のそばにあるというのは安心だ。
「アルも後ろを向いて。縄を解くから」
ミミは俺の縄をゆっくり解いていく。
「やっぱりアルのはうんと固く縛っているわね。――はい、できた」
「ありがとう、ミミ」
縄が解け、手首に血が通う。ビリビリと指先がしびれた。
「次は扉の錠ね」
ミミは柵の間から手を出し、錠穴に触れた。
「細い棒きれがあれば壊せそうなんだけど」
「細い棒きれ?」
俺と王女様、ミミの三人は床をくまなく探したが、枝一本落ちていなかった。
「私物は全部奪われちゃったし、どうすればいいかしら。ご飯が来たら、匙の柄でガチャガチャやろうかしら」
「匙一本で牢屋の錠を壊せるのかい、ミミ?」
「ええ。そういう教育を受けたからね」
お妃教育に「縄抜け・錠壊し」が含まれているとは驚きだ。キャベンディッシュ夫妻の英才教育には恐れ入る。ミミが他に何を習ったのか、ちょっと気になる。
「錠は壊せそうだけど、牢を出たところで、脱出路が分からないのが問題ね」
「ところで、ここは何の建物の地下なのでしょう? 目隠しをされていたせいで分かりませんわ」
王女様が肩を落としたその時。
「古い要塞よ」
向かいの牢屋から、眠そうな女性の声が聞こえた。その人は大あくびをしながら、寝台に腰掛けたまま背伸びをする。あちらの牢はひときわ暗く、顔はよく見えないが、長い髪の女性だということだけは分かった。
「よく寝たぁ。新入りさんですか?」
――ん? どこかで聞き覚えのある声だ。
【つづく】
馬車が停まり、ギィィと蝶番の軋む耳障りな音が聞こえた。
――扉だ。それも大きな。目隠しをされていても分かる。
ガコンと扉の閉まる音がした。
おそらく塀で囲まれた建物なのだろう。
「お帰りなさい、お頭!」
――見張りかな。
ガシャガシャと金具の音がする。鎧よりも軽い防具で武装しているようだ。
「ややっ、お客人が三人も! 誰ですかい」
「なんと、リンドバーグ夫妻とその親戚さ」
「リンドバーグ夫妻だって! 本物ですか?」
「本物。旅行中のところを偶然ひっつかまえたのさ。身代金をたんまりいただけるぞ。特等室にご案内してやれ」
――特等室か。嫌な予感がする。
予感は当たった。目隠しをされたまま、足元がつるつると滑る階段を下りていく。
――寒い! かび臭い! 地下だろう。
俺たちは地下牢へ放り込まれた。牢の中で目隠しを解かれたが、身体は縄で縛られたままだ。
「ここが特等室? 豚箱だろう」
不満をぼやくと賊は嘲笑を浮かべた。寝台が一つ、椅子が一つしかない、湿っぽい部屋だ。天井の高いところに通気と採光を兼ねた小さな窓があるが、全体的に薄暗い。
「ここが一番良い部屋さ。あっちの部屋には鼠が出るしな。住人に聞いてみな」
賊たちは、通路を挟んだ向かい合わせの牢を指差す。暗がりでよく見えないが、誰かが寝台に大の字で転がっており、耳障りな鼾と歯ぎしりを立てていた。
「それじゃあ、そこで三人、大人しくしてろよ」
牢に錠をかけて、賊たちは地下を去った。
「ごめん、ミミ、王女様。俺が不甲斐ないばかりに、こんなことになって」
「司祭様が謝ることは何もありませんわ」
「そうよ、アル。ああいう人たちは単細胞で頭が軽いんだから。馬鹿を刺激すると命がいくつあっても足りないわ」
ミミのこういうところが俺は大好きだよ。
「さあ、脱獄脱獄。このままおとなしく捕まったままで、たまるもんですか」
ミミの背中から、ゴキゴキポキポキと枝の折れるような小気味の良い音がした。シュルリと彼女を縛る縄がほどける。
「縛り方が甘くて助かったわ」
「ミミ。どこで、そんな技を身につけたの?」
「小さい時に、護身術として習ったの。爵位ある家の子女は狙われやすいとかで。私はチャールズの婚約者だったし、お妃教育も幅広くてね。縄を解くくらいなら、私以外の令嬢でも朝飯前だと思うわよ?」
「いいえ、ミミ様。少なくとも私は、朝飯にありつけないどころか、日が暮れても無理かと」
「王女様、縄をときますわ。ああ、手首が真っ赤だわ。痣にならないかしら」
「ありがとうございます、ミミ様。このくらいへっちゃらです」
王女様は自由になった両手を閉じたり開いたりした。
「そういえば王女様の偽の旅券はどこにあるの? 鞄にはしまっていなかったみたいだけど。服の中?」
「ええ。私の操が、山賊に犯されない限り安全な場所ですわ」
俺とミミは同時に吹き出した。要するに下着の中ということか!
「大事なものは大事なところに隠しました」
ひとまず一番の貴重品が王女様のそばにあるというのは安心だ。
「アルも後ろを向いて。縄を解くから」
ミミは俺の縄をゆっくり解いていく。
「やっぱりアルのはうんと固く縛っているわね。――はい、できた」
「ありがとう、ミミ」
縄が解け、手首に血が通う。ビリビリと指先がしびれた。
「次は扉の錠ね」
ミミは柵の間から手を出し、錠穴に触れた。
「細い棒きれがあれば壊せそうなんだけど」
「細い棒きれ?」
俺と王女様、ミミの三人は床をくまなく探したが、枝一本落ちていなかった。
「私物は全部奪われちゃったし、どうすればいいかしら。ご飯が来たら、匙の柄でガチャガチャやろうかしら」
「匙一本で牢屋の錠を壊せるのかい、ミミ?」
「ええ。そういう教育を受けたからね」
お妃教育に「縄抜け・錠壊し」が含まれているとは驚きだ。キャベンディッシュ夫妻の英才教育には恐れ入る。ミミが他に何を習ったのか、ちょっと気になる。
「錠は壊せそうだけど、牢を出たところで、脱出路が分からないのが問題ね」
「ところで、ここは何の建物の地下なのでしょう? 目隠しをされていたせいで分かりませんわ」
王女様が肩を落としたその時。
「古い要塞よ」
向かいの牢屋から、眠そうな女性の声が聞こえた。その人は大あくびをしながら、寝台に腰掛けたまま背伸びをする。あちらの牢はひときわ暗く、顔はよく見えないが、長い髪の女性だということだけは分かった。
「よく寝たぁ。新入りさんですか?」
――ん? どこかで聞き覚えのある声だ。
【つづく】
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