【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
4-2 ★ アルフレッド殿下
――まさか山賊?
村の水飲み場で「この辺りには最近、山賊が出る」と聞いた。
後ろから迫り来る集団の姿が明瞭になる。馬は六頭、年齢や体格の様々な郎党が跨がっていた。
「おじいさん、逃げて! 山賊です!」
俺は先を走る老夫の馬車へ叫んだ。だが老夫は耳が遠いのか聞こえていない。さらに声を張り上げる。この山道は狭く、前方の馬車が速度を上げないことには、後方にいる俺たちも山賊をまくことができないからだ。
「ど、どんどん近付いていますよ」
麻袋の中に隠れていた王女様も顔を出し、心配そうに後方をうかがった。
――このままじゃ追いつかれてしまう!
俺は速度を上げようとしたが、なんと前方の馬車が急に止まった。
――ぶつかる!
俺も馬車を急停止させた。なんとか前の馬車との衝突は免れたが、蹄の音が後方から近付く。ガラの悪い山賊六名に、前後左右を囲まれた。
「おうおう、鬼ごっこは終わりかぁ?」
「案外あっけなかったなぁ」
「おまえらがリンドバーグ夫婦だな」
――俺たちが誰か分かって狙ったのか?
前の馬車に乗っていた老夫が、よろよろとした足取りで外に出る。老夫は、馬に跨がった山賊たちの中で、地位の高そうな男のそばへ近付いた。他の郎党に比べれば綺麗な衣服を纏っており、金銀の指輪や耳飾りなどの宝飾品をつけている。山賊の頭だろうか。
「言われた通りにいたしやした、お頭」
老夫の口元には、なんと笑みが浮かんでいた。
――この老夫は山賊の仲間! くそっ、はめられた!
「言われた通りだと? このくそジジィが!」
山賊の頭は馬を下りると、老夫を思いきり蹴飛ばした。泥水に仰向けに転がった老夫を、賊の頭はさらに蹴り上げる。
「おまえのせいで手間取ったじゃねえか! 俺は馬車で道を塞げと言ったぞ。なにを呑気に馬車を走らせてやがる!」
「しゃ、車輪を、道の陥没にはめたんですが、思ったよりも早く抜けて……」
俺が馬車を押し出してやったからな。
親切を仇で返されたとはこのことだ。
「で、でも……お頭たちが追いつけるように、ちゃんと遅く走りましたよ? この狭い道じゃ追い抜けねぇですし」
「止まっているものと動いているものを捕まえるのじゃぁ、手間が違ぇんだよ!」
頭に怒鳴られ、老夫は「ひぃっ」と身を小さく丸めた。
「ジジィが自分の手柄のように言いくさって。この道に誘導した、俺のおかげだよ、バーカ」
ケタケタと笑う賊の一人に見覚えがあった。
「おまえ……さっき水飲み場で俺に道を教えた……」
落石事故で道がふさがっているが「迂回路がある」と話した商人の男だ。
「ヴェルノーンはどうだか知らないが、こっちの国じゃぁ親切は疑ってかかるもんだぜ。なぁ、お頭?」
「仕方がないだろう。司祭様は人を信じて愛を説く、良いご身分の御方なんだから」
――腹の立つ皮肉だ、本当に。
「はじめから俺たちを狙って、このようなことを?」
「そうさ。あっちの国道は幅が広くて逃げられちまうから、落石を起こしたんだよ。司祭様のとこのお馬さんは随分と足が速いそうじゃねーか」
頭は品定めするような視線をオスカルにくべた。オスカルは不機嫌そうに鼻息を荒くする。馬の中の馬なので、この男が悪人だと分かっているようだ。
「他の道を選ばれても困るんでね。あえて悪道を紹介させたってわけさ」
「何が目的だ? 俺たちの情報をどこから聞いた!」
「とあるツテさ。リンドバーグ夫婦がチーズマン領を発った、とね」
――とあるツテだと?
「お会いできて光栄だよ、王の婚外子、アルフレッド殿下?」
賊の頭は泥まみれの靴で馬車へ上がると、俺たちの顔をじろじろと見つめた。
「殿下はよせ。俺は王族としては認められていない」
「けれどもヴェルノーンの国王は、婚外子のあんたを大層気に入っているらしいな? あんたを王に望む声は日に日に増している、と」
「物珍しいだけだ。俺は王には選ばれない」
「果たしてそうかな。あんたと大事な奥さんは人質として大きな価値がある。それにそこの女」
頭はミミの背後に隠れる少女を見つめた。
「面白い話を聞いてな。リンドバーグ夫婦がチーズマン領で〝ビアンカ・シュタイン〟という手配犯を保護したって」
医者の口から口を伝って山賊の耳にまで情報が届いている? こんなに早く? 今朝起こったばかりのことなのに。
「逃げられちまったそうだが、夫婦がこっそり逃がしたんじゃないかって」
――誰かが山賊に情報を流したんじゃ……。
「お名前を教えてもらいましょうか、お嬢さん?」
山賊の頭は王女様を見据えると、厭らしい笑みを浮かべながら彼女へ手を伸ばした。
【つづく】
村の水飲み場で「この辺りには最近、山賊が出る」と聞いた。
後ろから迫り来る集団の姿が明瞭になる。馬は六頭、年齢や体格の様々な郎党が跨がっていた。
「おじいさん、逃げて! 山賊です!」
俺は先を走る老夫の馬車へ叫んだ。だが老夫は耳が遠いのか聞こえていない。さらに声を張り上げる。この山道は狭く、前方の馬車が速度を上げないことには、後方にいる俺たちも山賊をまくことができないからだ。
「ど、どんどん近付いていますよ」
麻袋の中に隠れていた王女様も顔を出し、心配そうに後方をうかがった。
――このままじゃ追いつかれてしまう!
俺は速度を上げようとしたが、なんと前方の馬車が急に止まった。
――ぶつかる!
俺も馬車を急停止させた。なんとか前の馬車との衝突は免れたが、蹄の音が後方から近付く。ガラの悪い山賊六名に、前後左右を囲まれた。
「おうおう、鬼ごっこは終わりかぁ?」
「案外あっけなかったなぁ」
「おまえらがリンドバーグ夫婦だな」
――俺たちが誰か分かって狙ったのか?
前の馬車に乗っていた老夫が、よろよろとした足取りで外に出る。老夫は、馬に跨がった山賊たちの中で、地位の高そうな男のそばへ近付いた。他の郎党に比べれば綺麗な衣服を纏っており、金銀の指輪や耳飾りなどの宝飾品をつけている。山賊の頭だろうか。
「言われた通りにいたしやした、お頭」
老夫の口元には、なんと笑みが浮かんでいた。
――この老夫は山賊の仲間! くそっ、はめられた!
「言われた通りだと? このくそジジィが!」
山賊の頭は馬を下りると、老夫を思いきり蹴飛ばした。泥水に仰向けに転がった老夫を、賊の頭はさらに蹴り上げる。
「おまえのせいで手間取ったじゃねえか! 俺は馬車で道を塞げと言ったぞ。なにを呑気に馬車を走らせてやがる!」
「しゃ、車輪を、道の陥没にはめたんですが、思ったよりも早く抜けて……」
俺が馬車を押し出してやったからな。
親切を仇で返されたとはこのことだ。
「で、でも……お頭たちが追いつけるように、ちゃんと遅く走りましたよ? この狭い道じゃ追い抜けねぇですし」
「止まっているものと動いているものを捕まえるのじゃぁ、手間が違ぇんだよ!」
頭に怒鳴られ、老夫は「ひぃっ」と身を小さく丸めた。
「ジジィが自分の手柄のように言いくさって。この道に誘導した、俺のおかげだよ、バーカ」
ケタケタと笑う賊の一人に見覚えがあった。
「おまえ……さっき水飲み場で俺に道を教えた……」
落石事故で道がふさがっているが「迂回路がある」と話した商人の男だ。
「ヴェルノーンはどうだか知らないが、こっちの国じゃぁ親切は疑ってかかるもんだぜ。なぁ、お頭?」
「仕方がないだろう。司祭様は人を信じて愛を説く、良いご身分の御方なんだから」
――腹の立つ皮肉だ、本当に。
「はじめから俺たちを狙って、このようなことを?」
「そうさ。あっちの国道は幅が広くて逃げられちまうから、落石を起こしたんだよ。司祭様のとこのお馬さんは随分と足が速いそうじゃねーか」
頭は品定めするような視線をオスカルにくべた。オスカルは不機嫌そうに鼻息を荒くする。馬の中の馬なので、この男が悪人だと分かっているようだ。
「他の道を選ばれても困るんでね。あえて悪道を紹介させたってわけさ」
「何が目的だ? 俺たちの情報をどこから聞いた!」
「とあるツテさ。リンドバーグ夫婦がチーズマン領を発った、とね」
――とあるツテだと?
「お会いできて光栄だよ、王の婚外子、アルフレッド殿下?」
賊の頭は泥まみれの靴で馬車へ上がると、俺たちの顔をじろじろと見つめた。
「殿下はよせ。俺は王族としては認められていない」
「けれどもヴェルノーンの国王は、婚外子のあんたを大層気に入っているらしいな? あんたを王に望む声は日に日に増している、と」
「物珍しいだけだ。俺は王には選ばれない」
「果たしてそうかな。あんたと大事な奥さんは人質として大きな価値がある。それにそこの女」
頭はミミの背後に隠れる少女を見つめた。
「面白い話を聞いてな。リンドバーグ夫婦がチーズマン領で〝ビアンカ・シュタイン〟という手配犯を保護したって」
医者の口から口を伝って山賊の耳にまで情報が届いている? こんなに早く? 今朝起こったばかりのことなのに。
「逃げられちまったそうだが、夫婦がこっそり逃がしたんじゃないかって」
――誰かが山賊に情報を流したんじゃ……。
「お名前を教えてもらいましょうか、お嬢さん?」
山賊の頭は王女様を見据えると、厭らしい笑みを浮かべながら彼女へ手を伸ばした。
【つづく】
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