【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
4-1 ★ 困った時はお互い様
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【第4章】は、アルが語り手です。
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旅に障害はつきものである。
地図に従い、道を間違えることなく進んでいたが。
「通行止め?」
休憩で立ち寄った村の水飲み場に、注意喚起の立て札が設けられていた。落石事故があり、道が完全にふさがれたという。
「迂回路を探さないとな」
「この道がいいよ」
地図を広げていると、商人らしき男が「こっちの道がマシだ」と教えてくれた。
――やれやれ、道があるだけ良かった。
「気をつけて行きなよ。迂回路はどれも安全とは言えないからねぇ」
水飲み場にいた老婦が、連れていた山羊の頭を撫でながら肩を落とした。
「安全ではない、というと?」
春先の嫌な出来事を思い出す。車軸にヒビが入り、足を奪われたことを。
「首都に近いのに、この辺は山ばかりだろう。最近、賊が出るらしいんだ。食料や金目の物を奪っていくそうだよ。西国も住みにくくなったもんだ。南のヴェルノーンと比べてうちは貧しい国だからねぇ。税金もまた増えるそうだよ」
「政治家と軍人の言うことには逆らえないよ。これならまだ王様がいた方がマシだったね」
別の中年男が煙草を吹かしながらぼやく。
「結局は首相が王様みたいなもんじゃないか」
若い男が忌々しそうに吐き捨てた。
「口では良いことばかり言って、あいつら金にしか目がない」
旅人や商人は溜め息ばかりを繰り返す。西国ザルフォークの最後の国王は、戦を泥沼化させ、罪無き大衆の首を撥ねた末に咎を受け、玉座を退いた。
代わりに主権を握ったのは首相率いる与党と軍だ。西国ザルフォークは与党が議席の過半数を占め、野党が十分の一と大変少ない為、表向きは民主国家だが、その実態は独裁政権だと叩かれている。
「物価も上がる一方だし。山賊だの指名手配だのと、治安が悪くなっても仕方がないよ」
「もし移り住むとしたらヴェルノーンかねぇ」
「エデンはどうだい?」
「鉱山では常に人を求めていると聞いたが、命の危険と隣り合わせだ。鉱毒にやられちまう」
「じゃあ、モンスーンは?」
「寒い北国は御免だね」
彼らの会話を聞く限りだと、南のヴェルノーン王国は案外人気があるようだ。農業、漁業、産業、どの職種においても若手の育成を国が援助している為だろう。これは先代国王が職人の育成制度の法を整えたおかげである。
――それでも貧困家庭は多く存在する。
救貧院は建てられる度に定員を超過する。孤児を養育している施設は、資金繰りにいつも悩まされていると聞く。子どもに栄養のある食事を与えるために、国教会の主教たちが生産者や小売業者と掛け合い、食料の提供を求める為に動いている。
――チャールズはやることが山積みだな。
国の貧困や、諸々の問題に直面する度に、腹違いの弟の顔が浮かぶ。
――チャールズに、解決できるのか?
ヴェルノーン国王は制限君主。王の主権を法で制御されているが政への参加を許されている。
――あいつはもっと外の世界を知るべきなんだ。チャールズが今のままでは、俺たちと和解しても何も解決しない。
チャールズを支えて欲しいと陛下に頼まれた時に誓ったのだ。未来の王の力になる、と。
――ここに居合わせたのも運命だ。
別の土地で、祖国に関する印象や評価を聞けるというのはありがたい。神様は俺にわざと聞かせているのかもしれない。国をよりよくするために。兄である俺の口からチャールズに諸国の見聞を語り聞かせなければならないのだろう。
水飲み場を離れ、通行止めとなった道をよけて、迂回路へ。やはりザルフォークの道は舗装が良くない。先程より更に乗り心地が悪くなった。
「あら、雨です」
マーガレット王女様が馬車の外へ手を伸ばす。幌を張っているが窓が無いので、横風が吹くと雨粒が車内を濡らした。
「雨がだいぶ激しくなってきたわね」
ミミが不安そうに呟いた。慎重を期しながら、山道を進むことしばらく。道の先に大きな障害物を発見した。
――幌馬車だ。立ち往生か?
車体が斜めに傾いたままで停まっている。前の車輪が泥に浸かってしまったようだ。老夫が後方から必死に荷台を押し出そうとしている。
「王女様、隠れて」
俺は呼びかけ、彼女が麻袋の中に隠れたのを確認し、馬車を道脇に停めた。
「お困りのようですね」
荷台を押し出そうとする老夫のそばに下りる。
「雨水と泥で埋もれていて、道の陥没に気付かなかったんじゃよ」
「押し出すのを手伝います」
「助かるのぅ」
老夫と俺は力をこめて車体を押した。はまった車輪が地上へ出る。馬だけが先へ進もうとしたので、俺は馬車の前方へ回ると、手綱で引き留めた。
「ありがとう。おかげさまじゃ」
「いえいえ、どういたしまして」
老夫に手綱を手渡す。
「あの、これをどうぞお使いください」
ミミが俺と老夫へ、拭くものを差し出した。
「お風邪を引いたら大変ですわ。そちらは差し上げます」
「お気遣い感謝じゃ。本当に助かりました。なんて御礼をすれば」
「困った時はお互い様ですわ」
「ありがとうございます」
老夫が御者席に戻る。
老夫のあとから俺も馬車を走らせた。もう少し速度を出したいが、路面が濡れている為、ここは慎重に進むのが良いだろう。雨が小降りになり、遠くの空に晴れ間が見える頃。
――ん? 馬の蹄の音が聞こえるぞ。
後方へ振り返る。雨煙の中を、馬に跨がりこちらへ全速力で駆ける集団が見えた。
――まさか山賊?
村の水飲み場で「この辺りには最近、山賊が出る」と聞いたことを思い出した。
【つづく】
【第4章】は、アルが語り手です。
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旅に障害はつきものである。
地図に従い、道を間違えることなく進んでいたが。
「通行止め?」
休憩で立ち寄った村の水飲み場に、注意喚起の立て札が設けられていた。落石事故があり、道が完全にふさがれたという。
「迂回路を探さないとな」
「この道がいいよ」
地図を広げていると、商人らしき男が「こっちの道がマシだ」と教えてくれた。
――やれやれ、道があるだけ良かった。
「気をつけて行きなよ。迂回路はどれも安全とは言えないからねぇ」
水飲み場にいた老婦が、連れていた山羊の頭を撫でながら肩を落とした。
「安全ではない、というと?」
春先の嫌な出来事を思い出す。車軸にヒビが入り、足を奪われたことを。
「首都に近いのに、この辺は山ばかりだろう。最近、賊が出るらしいんだ。食料や金目の物を奪っていくそうだよ。西国も住みにくくなったもんだ。南のヴェルノーンと比べてうちは貧しい国だからねぇ。税金もまた増えるそうだよ」
「政治家と軍人の言うことには逆らえないよ。これならまだ王様がいた方がマシだったね」
別の中年男が煙草を吹かしながらぼやく。
「結局は首相が王様みたいなもんじゃないか」
若い男が忌々しそうに吐き捨てた。
「口では良いことばかり言って、あいつら金にしか目がない」
旅人や商人は溜め息ばかりを繰り返す。西国ザルフォークの最後の国王は、戦を泥沼化させ、罪無き大衆の首を撥ねた末に咎を受け、玉座を退いた。
代わりに主権を握ったのは首相率いる与党と軍だ。西国ザルフォークは与党が議席の過半数を占め、野党が十分の一と大変少ない為、表向きは民主国家だが、その実態は独裁政権だと叩かれている。
「物価も上がる一方だし。山賊だの指名手配だのと、治安が悪くなっても仕方がないよ」
「もし移り住むとしたらヴェルノーンかねぇ」
「エデンはどうだい?」
「鉱山では常に人を求めていると聞いたが、命の危険と隣り合わせだ。鉱毒にやられちまう」
「じゃあ、モンスーンは?」
「寒い北国は御免だね」
彼らの会話を聞く限りだと、南のヴェルノーン王国は案外人気があるようだ。農業、漁業、産業、どの職種においても若手の育成を国が援助している為だろう。これは先代国王が職人の育成制度の法を整えたおかげである。
――それでも貧困家庭は多く存在する。
救貧院は建てられる度に定員を超過する。孤児を養育している施設は、資金繰りにいつも悩まされていると聞く。子どもに栄養のある食事を与えるために、国教会の主教たちが生産者や小売業者と掛け合い、食料の提供を求める為に動いている。
――チャールズはやることが山積みだな。
国の貧困や、諸々の問題に直面する度に、腹違いの弟の顔が浮かぶ。
――チャールズに、解決できるのか?
ヴェルノーン国王は制限君主。王の主権を法で制御されているが政への参加を許されている。
――あいつはもっと外の世界を知るべきなんだ。チャールズが今のままでは、俺たちと和解しても何も解決しない。
チャールズを支えて欲しいと陛下に頼まれた時に誓ったのだ。未来の王の力になる、と。
――ここに居合わせたのも運命だ。
別の土地で、祖国に関する印象や評価を聞けるというのはありがたい。神様は俺にわざと聞かせているのかもしれない。国をよりよくするために。兄である俺の口からチャールズに諸国の見聞を語り聞かせなければならないのだろう。
水飲み場を離れ、通行止めとなった道をよけて、迂回路へ。やはりザルフォークの道は舗装が良くない。先程より更に乗り心地が悪くなった。
「あら、雨です」
マーガレット王女様が馬車の外へ手を伸ばす。幌を張っているが窓が無いので、横風が吹くと雨粒が車内を濡らした。
「雨がだいぶ激しくなってきたわね」
ミミが不安そうに呟いた。慎重を期しながら、山道を進むことしばらく。道の先に大きな障害物を発見した。
――幌馬車だ。立ち往生か?
車体が斜めに傾いたままで停まっている。前の車輪が泥に浸かってしまったようだ。老夫が後方から必死に荷台を押し出そうとしている。
「王女様、隠れて」
俺は呼びかけ、彼女が麻袋の中に隠れたのを確認し、馬車を道脇に停めた。
「お困りのようですね」
荷台を押し出そうとする老夫のそばに下りる。
「雨水と泥で埋もれていて、道の陥没に気付かなかったんじゃよ」
「押し出すのを手伝います」
「助かるのぅ」
老夫と俺は力をこめて車体を押した。はまった車輪が地上へ出る。馬だけが先へ進もうとしたので、俺は馬車の前方へ回ると、手綱で引き留めた。
「ありがとう。おかげさまじゃ」
「いえいえ、どういたしまして」
老夫に手綱を手渡す。
「あの、これをどうぞお使いください」
ミミが俺と老夫へ、拭くものを差し出した。
「お風邪を引いたら大変ですわ。そちらは差し上げます」
「お気遣い感謝じゃ。本当に助かりました。なんて御礼をすれば」
「困った時はお互い様ですわ」
「ありがとうございます」
老夫が御者席に戻る。
老夫のあとから俺も馬車を走らせた。もう少し速度を出したいが、路面が濡れている為、ここは慎重に進むのが良いだろう。雨が小降りになり、遠くの空に晴れ間が見える頃。
――ん? 馬の蹄の音が聞こえるぞ。
後方へ振り返る。雨煙の中を、馬に跨がりこちらへ全速力で駆ける集団が見えた。
――まさか山賊?
村の水飲み場で「この辺りには最近、山賊が出る」と聞いたことを思い出した。
【つづく】
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