【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

3-6 ★ 夫の大嘘

 王女様を連れ、急ぎ教皇区きょうこうくへ向かう為、すぐに私たちは出発の準備を始めた。
 旅行鞄りょこうかばんを馬車に積み終えたあと、宿の裏口から王女様を外へ出す。
 王女様には町を出るまで麻袋あさぶくろの中に隠れてもらうことにした。

「道中の無事を祈っています。王女様を救えるのはお二人しかいないです。頑張って」
「ありがとうございます、女将おかみさん」
「本当にお世話になりました」

 いざ出発という時だった。
 馬車の繋ぎ場に一人の男が入ってきたのである。

「リンドバーグさん、今から出発ですか」

 ――げげっ。さっきの警察官! カナン・スミスとかいう巡査じゅんさだわ!

「先程は事情をお聞かせくださり、ありがとうございます。とはいえお二人には不快な思いをさせてしまいましたね」
「とんでもございません。お仕事だと理解しております」

 アルフレッドは大人ね。今朝「おかげで公共の安全がおびやかされた」とか「旅は気楽で良い」とか八つ当たりされたことを私はちゃーんと覚えているわよ。一度でもこういう態度を取った人を信用なんてできない。

「出発前にもう一度、お訊ねしたいことがあるのですが」

 ――何を訊かれても答えることなんてないわ。なかなかしつこいわね。

「署長が〝女性同士ならば気の打ち解けた会話をしたのではないか〟と仰ったのが引っかかって。是非とも、奥様に、二、三訊ねたいことが……」

「いえ、ご遠慮いただきたい」

 アルはきっぱり言い返すと、

「妻の体調がかんばしくないのです」

 私の肩をそっと抱き寄せた。

「まさかあの犯罪者に風邪などうつされたのですか? 見たところ元気そうですが」

 スミス巡査が疑わしげな眼差しを向けてきた。今更、咳き込むふりをしたところで、わざとらしいか。さて、どうしたら良いのかしら。

「実を言うと……妻は身重みおもなんです」

 思わず吹き出しそうになったのを寸前でこらえる。
 スミス巡査もぽかんとした表情だ。

「お、奥様、身重だったのかい?」

 女将さんまで勘違いしてしまった。

「そうだと分かっていたら、もっと滋養のつくお食事を考えたのにねぇ」
「いえ、その、お気遣いなく」
「ダメだよ、油断しちゃ。流産は初期が多いんだから。精神的なモノが一番障るからねぇ」

 女将さんはスミス巡査をじろりと見た。

「旅行の直前に新しい命を授かったことが分かりましてね。旅行初日から妻の体調が優れなかったのですが、今朝の心労も祟ったようです。人助けをしたのに、朝から長丁場の事情聴取で……胎教に影響したのはいなめません」

 淡々と語るアルの口調には「貴方あなたのせいで身重の妻が体調を崩した」というスミス巡査への皮肉が染みこんでいた。

「流産は妊娠初期が多いと聞きます。初めての子どもですし、教皇区へ向かう前に、ザルフォークの首都に立ち寄って、医師の診察を仰ぐつもりです。そうそう、帰国したら旅行での出来事を新聞に投書しようと考えているんですよ」

 アルの一言で、スミス巡査は青ざめた。以前、私の遺書が新聞を騒がせたことを知った上で、この旅行が原因で、リンドバーグ夫妻の初めての子どもが流れたとあっては、警察官である彼の責任が追及され世間から叩かれると恐れたようだ。

「い、一体、な、なんと書かれるおつもり……で、でで、ですか?」
「道中で考えます」
「さ、左様ですか。奥様がそうとは知らずに、心身に多大な負荷をかけてしまい……誠に申し訳ございませんでした」

 スミス巡査は長々と謝罪を口にした。自分たちの対応を記事にされては困る、という下心がみえみえだ。

「お子様の健やかなご誕生を心よりお祈り申し上げます。そ、それでは本官は職務に戻りますので」

 彼は逃げるようにその場を去った。私たちは女将さんに再度別れの挨拶と感謝を述べて出発する。走り出して数分もすれば、鬱蒼うっそうとした山道へ入った。

「王女様。もう顔を出して良いですよ」

 アルが呼びかけると、マーガレット王女様が麻袋からうさぎのようにひょこっと顔を出した。

「やっと息が出来ます。ああ、ほろの屋根はとても気持ちが良いのですね。それはそうと、先程さきほどお二人と警察官の会話が聞こえてきたのですが」

 王女様は私たちへ深々と頭を下げた。

「ご懐妊、誠におめでとうございます」

 私とアルは無言で目配せした。

「あのしつこい巡査を追い払う為とはいえ、一番驚いたのは私よ! まったくアルったら! 私の身体はいつ二人分になったのよ」

 大嘘を吐いた夫アルフレッドは、涼しい顔をしていた。

「あれは俺の希望です。未来のことは言葉にすればかなうんだよ。だからうそを本当にしたいな~って」

「なっ、バカッ! や、やめてよ、王女様の前で恥ずかしいじゃない!」

「いえいえ私のことはお気になさらず、つづけてつづけて」

「王女様! は、鼻血が出てるわよ!」

「あ、これは失敬」

 王女様はハンカチで鼻血を拭った。

「とても驚きましたけど、良い嘘でございますわ、司祭様。自分のことのように嬉しくなりましたもの。でも……お二人が遠い人になってしまって、ちょっとだけ寂しいような気も致しました」

「遠くないわ。貴女の目の前にいるじゃない」

 けれど王女様は、寂しそうに視線を馬車の外へ向けた。

「憧れの人が幸せになるほどに、自分がそれと正反対の位置にいることを再確認するのです。でも下を向いてはいられません。ビアンカにまつわる陰謀を解かなくては」

 マーガレット王女様は目元に力をこめ、胸の前で「負けるものですか」と両手を握った。

【4章へつづく】

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