【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

3-4 ★ チャールズのおかげ?

「今、ご主人と話していたところでございます。いや驚きましたよ。ぜひ奥様からも詳しい事情をうかがいたいのです。ビアンカ・シュタインの件で」

 マクファーレン署長の突き刺すような視線に射竦いすくめられた。

 ――アルの帰りが遅くなったのは、ビアンカ・シュタインのことで事情聴取を受けていた為のようね。とすると王女様の件は相手にされなかったのかしら?

「何度も申しましたが、私たちが保護した少女は手配犯ではありません」

「ご主人もそのように申しております。それどころかご主人は、その少女は手配犯ではなく、行方不明のマーガレット王女殿下によく似ている、などとおっしゃるのです」

 アルの発言を卑下し嘲笑うかのような署長の言葉に、苛立ちを覚えた。

「同じ黒髪ですし、背丈も同じくらいですわ。王女様の写真とよく似ておいででした」

 ――ここに連れてきて、彼女の姿を見せれば、一目で納得するのではないかしら。

 けれどアルは「王女様が自ら名乗り出ることもわなのうちでは?」とあらゆる危険をかえりみて、一計を案じた。王女様の偽名に着せられた出鱈目でたらめ冤罪えんざいと、報奨金ほうしょうきんがきな臭いと。とりあえずここは相手の出方を見る必要がある。

「確かに年は近いでしょうが、別人です。王女様は王女様、手配犯は手配犯です。そもそも王女様が手配犯にされるなどあり得ません。聞けばその少女は、ビアンカ・シュタインと名の書かれた旅券を持っていたそうではないですか」

 署長の言うことに、有効的な反論が浮かばない。

 ――ああもう。あの医者が洗いざらい喋ったおかげで、こんなことに!

「エデン警察によれば、王女様はエデン国内のどこかにおられるはず、とのことでした。王女様は国境を越える術をお持ちではありませんからね。国境の警備は非常に厳しく、王女様がご自身の旅券を使用されたという報告は勿論もちろん上がっておりません」

 署長は淡々と事務的に語った。彼がうそいているようには見えない。

 ――変だわ。警察は把握していないのね、王女様が偽の旅券を手に入れたことを。

 とすれば「ビアンカ・シュタイン」という別人で王女様を社会的にほふろうとする輩がいる、という線が濃厚になる。

「そもそも王女様に関しては、偽の届け出が大量に出ていて、私たち警察どもも対処できずに困っているのです」
「偽の届け出ですって?」

 署長は一枚の紙切れを私の前に差し出した。王女様とよく似た容姿の少女の白黒写真が綺麗に整列している。

「全て偽物ですよ。他人のそら似と見間違えた者、記憶喪失を装って王女に変装した詐欺師もいました」

 ――こういうときに詐欺師が仕事をするのね。はた迷惑だわ。

 アルとチャールズが兄弟だと知られたあとにも、偽の兄弟姉妹を名乗る者が、我が家の玄関を叩いた。

「エデン王室によれば、王女様の小指には王家の入れ墨がされているとか。どこで情報を仕入れたか、入れ墨すらも偽る巧妙な詐欺師がいたそうです。恐れ多くも王家の紋を偽るとは。大罪ですよ」

 ――先に詐欺師が余計な真似をしたせいで、まったく。王女様の小指の入れ墨を見せても、容易には信じてもらえないということね。

「そもそもあんな派手な告発をばらまいて家出をされた御方おかたですよ? わたくしこそが王女、われこそが本物、と自ら名乗り出てくることがおかしいと思います」

 スミス巡査がそう語ると、マクファーレン署長は大きくうなずいた。

「スミス巡査、おまえの言う通りだよ、まったく」

 署長に褒められて、隣に座るスミス巡査は少し誇らしげな表情になった。

「再三申し上げますが、エデン警察も、我々ザルフォーク警察も〝マーガレット王女殿下はエデン国内にいて、国境を越えていない〟という見解で一致しています。お二人が昨夜保護されたのは、手配犯ビアンカです!」

 ――ダメだ、この署長といくら話しても通じない。

「宿を出たビアンカは、どこへ行くと言ったのです? ご主人に再三さいさんたずねましたが、分からないの一点張りなのです。奥様は女性同士で気になる会話をされませんでしたか」

 スミス巡査が手帳を出し、私の目をじっと見た。ここで目を逸らしたら、宿に彼女が隠れていることを勘付かれてしまう。

「いいえ。看病に専念していましたから」

 根掘り葉掘り聞かれたけれど、私とアルは「分からない」「知らない」で通した。ようやく事情聴取から解放された時には、午前十時。早朝から現在まで、ひとときも気の休まる間もなかった。

「はぁ……どうしてこんなことに。いろいろと予定が狂ってしまったわ」
「そうだね。朝に出発して、午後には教皇区きょうこうくに着くはずだったのになぁ……」

 アルが急にはっとした表情で顔を上げ、パチンッと指を鳴らした。

「そう、それだ! チャールズのおかげでひらめいた!」
「へ? チャールズのおかげ?」
「旅程を考えてくれた弟に感謝。ミミ、急いで宿に戻ろう」
「えっ、ええ? ちょっとアル!」

 私たちは急ぎ宿へと駆け戻った。
 宿に着くと、女将さんに御礼を言い、王女様の待つ屋根裏へ駆け上がった。

【つづく】

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