【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
3-3 ★ 事情聴取
他の宿泊客が朝餉を終えた後、私、アル、女将さん、王女様は屋根裏で遅めの食事をとることにした。
「女将様、ミミ様、司祭様。私のせいでご迷惑をおかけして本当にすみません」
マーガレット王女様は震えながら謝る。
「しかし妙な話だねぇ。どうして王女様が手配犯に? やはり王女様の旅券を偽造したという秘書と、身支度を調えた侍女が、よからぬ企てを……でも、一体何の為に?」
女将さんは腕組みし、首を右へ左へひねった。
「王室内部に容疑者がいると仮定して。他にも腑に落ちない点があるんですよ」
「腑に落ちない点って?」
私が聞き返すと、アルは新聞を指差した。
「王女様の捜索にエデン王家は一銭たりとも報奨金を出していない。ずっと不思議だったんだ」
「うちの王家は貧乏で守銭奴ですからね。私の告発文で家族は相当怒っていることでしょうし。こんな放蕩娘に報奨金をかけないことは分かっていました」
マーガレット王女は苦笑を浮かべた。
「それなのにビアンカ・シュタインに報奨金が出されたのはなぜだろう? 強盗殺人犯なら大陸中にありふれているのに、報奨金の額が異常だ。公的機関も、王家だってここまで出しませんよ」
アルは報奨金の書かれた箇所を指し示した。
「アルの言う通り、確かに変だわ。王女様が偽名で出奔したと分かった王室が、手配書に報奨金をかけて探した方が効率が良いと考えた……とか? うーん、なんかもやもやするわ」
「俺もミミと同じことを考えたよ。〝マーガレット王女は、ビアンカ・シュタインの名で家出をした〟と情報を伝達すれば良いだけなのに、なぜこんなにひどい罪状を付加したんだろう?」
強盗殺人、恐喝、万引き。罪状にまとまりが無いのが引っかかる。でも捕まったら即縛り首に処されてしまうわ。
「きな臭いな。報奨金の出資者が怪しい。王家でないとしたら、ここまでして王女様を大罪人に仕立て上げたいのは誰だ?」
「ビアンカという別人で王女様が出奔したのを良いことに、まるで……」
王女様の前で口にするのが憚られたので言葉を呑む。
――王女様を大罪人に仕立て上げ、彼女を抹消しようと誰かが画策している? アルはそう考えているんだわ。
「王女様を目の敵にする人間が……いたんじゃないかしら?」
「敵など多すぎて、分かりませんわ」
マーガレット王女様は眉を顰めた。
「王女様。貴女が手配犯ではなく、王女様だと証明できれば、誤解も解けるよ」
女将さんが王女様を励ました。
「アルフレッド司祭様は、王様の息子なんだろう? 新聞で読んだよ」
「はい。俺は婚外子ではありますがね」
「婚外子だろうとなんだろうと、同じ王族なら助けてやりなよ。貴方がマーガレット王女様の身元を保証すれば、大きな後ろ盾になるんじゃないかい?」
アルフレッドはしばらく沈黙し、唸った。
「何か嫌な予感がする。王女様が自ら名乗り出ることも罠のような気もして……俺の杞憂なら良いけど」
王女様は「罠?」と肩をブルブル震わせた。
「とりあえず俺が今から警察署に行って〝王女様らしき人物を発見した〟と届け出をしてみます。その間、女将さんとミミは、王女様のそばにいて欲しいんだ」
「分かったわ。アル、気をつけて」
「うん、行ってきます」
私たちは宿の屋根裏で、アルの帰りを待った。心配した女将さんが私たちへ温かいお茶とお菓子を出してくれた。しっとりと静かなお茶会が始まり、瞬く間にチクタクと時が過ぎていく。今日はいつもより時間の流れが早く感じる。
「司祭様の帰り、遅いですわね……」
「本当に。なんだか……心配になってきたわ」
私は屋根裏を出ると、一階にいた女将さんに「ちょっと出てきてもいいかしら?」と囁いた。
「司祭様の帰りが遅いんで心配なんだろう? あの子のことは私に任せて。警察署の行き方は分かるかい?」
女将さんは地図を出し、私に道順を教えてくれた。
「ご親切にどうもありがとうございます。行ってきます」
私は宿を飛び出すと、教えられた道順に従って警察署へ向かった。石造りの建物は、アンダンテの礼拝堂よりも一回り大きい。私は警察署の玄関をくぐり、アルの姿を探した。待合室にはいないので、受付へ向かう。
「すみません、こちらに来た夫を探しているのですが。アルフレッド・リンドバーグという……」
「ああ、リンドバーグ司祭様でございますね。とすると、貴女は噂のミミ様?」
「はい。妻の、ミミ・リンドバーグです」
「ご主人でしたら、二階の応接室ですよ。ご案内致しましょう」
受付の人は机を出ると、私を二階へ促した。
「こちらでございます」
受付の人がコンコンッと扉を鳴らす。
「ミミ・リンドバーグ様がおみえでございます。ご主人とお会いしたいと」
「通してください」
部屋に入ると、鈍色の机を前に、難しい顔で座る夫アルフレッドがいた。
「アルフレッド!」
「ミミ! どうしてここに……」
「心配で来たの。これは一体どういうこと?」
アルの向かいに座る警察官二名を見据えた。
白髪の男性と、薄い茶髪の青年だ。この青年は今朝、宿にやってきて、私たちへ皮肉を吐いた者だ。
「奥様、今朝は災難でございましたね。私は署長のマクファーレンでございます」
白髪の男性警官は席を立ち挨拶すると、隣の青年警官へ視線をくべた。
「こちらにいるスミス巡査より、今朝の事情はうかがっております」
「カナン・スミスでございます。今朝はご迷惑をおかけ致しました」
スミス巡査は一礼した。
「奥様、ご主人の隣に、どうぞおかけください」
マクファーレン署長に促され、私はアルフレッドの隣の空席に「失礼します」と腰掛けた。
「今、ご主人と話していたところでございます。いや驚きましたよ。ぜひ奥様からも詳しい事情をうかがいたいのです。ビアンカ・シュタインの件で」
マクファーレン署長の突き刺すような視線に射竦められた。
【つづく】
「女将様、ミミ様、司祭様。私のせいでご迷惑をおかけして本当にすみません」
マーガレット王女様は震えながら謝る。
「しかし妙な話だねぇ。どうして王女様が手配犯に? やはり王女様の旅券を偽造したという秘書と、身支度を調えた侍女が、よからぬ企てを……でも、一体何の為に?」
女将さんは腕組みし、首を右へ左へひねった。
「王室内部に容疑者がいると仮定して。他にも腑に落ちない点があるんですよ」
「腑に落ちない点って?」
私が聞き返すと、アルは新聞を指差した。
「王女様の捜索にエデン王家は一銭たりとも報奨金を出していない。ずっと不思議だったんだ」
「うちの王家は貧乏で守銭奴ですからね。私の告発文で家族は相当怒っていることでしょうし。こんな放蕩娘に報奨金をかけないことは分かっていました」
マーガレット王女は苦笑を浮かべた。
「それなのにビアンカ・シュタインに報奨金が出されたのはなぜだろう? 強盗殺人犯なら大陸中にありふれているのに、報奨金の額が異常だ。公的機関も、王家だってここまで出しませんよ」
アルは報奨金の書かれた箇所を指し示した。
「アルの言う通り、確かに変だわ。王女様が偽名で出奔したと分かった王室が、手配書に報奨金をかけて探した方が効率が良いと考えた……とか? うーん、なんかもやもやするわ」
「俺もミミと同じことを考えたよ。〝マーガレット王女は、ビアンカ・シュタインの名で家出をした〟と情報を伝達すれば良いだけなのに、なぜこんなにひどい罪状を付加したんだろう?」
強盗殺人、恐喝、万引き。罪状にまとまりが無いのが引っかかる。でも捕まったら即縛り首に処されてしまうわ。
「きな臭いな。報奨金の出資者が怪しい。王家でないとしたら、ここまでして王女様を大罪人に仕立て上げたいのは誰だ?」
「ビアンカという別人で王女様が出奔したのを良いことに、まるで……」
王女様の前で口にするのが憚られたので言葉を呑む。
――王女様を大罪人に仕立て上げ、彼女を抹消しようと誰かが画策している? アルはそう考えているんだわ。
「王女様を目の敵にする人間が……いたんじゃないかしら?」
「敵など多すぎて、分かりませんわ」
マーガレット王女様は眉を顰めた。
「王女様。貴女が手配犯ではなく、王女様だと証明できれば、誤解も解けるよ」
女将さんが王女様を励ました。
「アルフレッド司祭様は、王様の息子なんだろう? 新聞で読んだよ」
「はい。俺は婚外子ではありますがね」
「婚外子だろうとなんだろうと、同じ王族なら助けてやりなよ。貴方がマーガレット王女様の身元を保証すれば、大きな後ろ盾になるんじゃないかい?」
アルフレッドはしばらく沈黙し、唸った。
「何か嫌な予感がする。王女様が自ら名乗り出ることも罠のような気もして……俺の杞憂なら良いけど」
王女様は「罠?」と肩をブルブル震わせた。
「とりあえず俺が今から警察署に行って〝王女様らしき人物を発見した〟と届け出をしてみます。その間、女将さんとミミは、王女様のそばにいて欲しいんだ」
「分かったわ。アル、気をつけて」
「うん、行ってきます」
私たちは宿の屋根裏で、アルの帰りを待った。心配した女将さんが私たちへ温かいお茶とお菓子を出してくれた。しっとりと静かなお茶会が始まり、瞬く間にチクタクと時が過ぎていく。今日はいつもより時間の流れが早く感じる。
「司祭様の帰り、遅いですわね……」
「本当に。なんだか……心配になってきたわ」
私は屋根裏を出ると、一階にいた女将さんに「ちょっと出てきてもいいかしら?」と囁いた。
「司祭様の帰りが遅いんで心配なんだろう? あの子のことは私に任せて。警察署の行き方は分かるかい?」
女将さんは地図を出し、私に道順を教えてくれた。
「ご親切にどうもありがとうございます。行ってきます」
私は宿を飛び出すと、教えられた道順に従って警察署へ向かった。石造りの建物は、アンダンテの礼拝堂よりも一回り大きい。私は警察署の玄関をくぐり、アルの姿を探した。待合室にはいないので、受付へ向かう。
「すみません、こちらに来た夫を探しているのですが。アルフレッド・リンドバーグという……」
「ああ、リンドバーグ司祭様でございますね。とすると、貴女は噂のミミ様?」
「はい。妻の、ミミ・リンドバーグです」
「ご主人でしたら、二階の応接室ですよ。ご案内致しましょう」
受付の人は机を出ると、私を二階へ促した。
「こちらでございます」
受付の人がコンコンッと扉を鳴らす。
「ミミ・リンドバーグ様がおみえでございます。ご主人とお会いしたいと」
「通してください」
部屋に入ると、鈍色の机を前に、難しい顔で座る夫アルフレッドがいた。
「アルフレッド!」
「ミミ! どうしてここに……」
「心配で来たの。これは一体どういうこと?」
アルの向かいに座る警察官二名を見据えた。
白髪の男性と、薄い茶髪の青年だ。この青年は今朝、宿にやってきて、私たちへ皮肉を吐いた者だ。
「奥様、今朝は災難でございましたね。私は署長のマクファーレンでございます」
白髪の男性警官は席を立ち挨拶すると、隣の青年警官へ視線をくべた。
「こちらにいるスミス巡査より、今朝の事情はうかがっております」
「カナン・スミスでございます。今朝はご迷惑をおかけ致しました」
スミス巡査は一礼した。
「奥様、ご主人の隣に、どうぞおかけください」
マクファーレン署長に促され、私はアルフレッドの隣の空席に「失礼します」と腰掛けた。
「今、ご主人と話していたところでございます。いや驚きましたよ。ぜひ奥様からも詳しい事情をうかがいたいのです。ビアンカ・シュタインの件で」
マクファーレン署長の突き刺すような視線に射竦められた。
【つづく】
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