【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

3-2 ★ 気楽で良いですな!

 私とアル、女将おかみさんはマーガレット王女様の待つ部屋へと移動した。

「おかえりなさい」

 王女様が寝台を立つ。私たちの面持ちを見て、何かあったと悟った彼女は、

「皆さん、どうかされたのですか」

 不安そうに表情をゆがませた。

女将おかみさん。こちらの御嬢様、どこかで見覚えはございませんか?」

 首を左右にひねる女将さんに、アルは新聞を差し出した。

「王女様が家出した記事だね。東の国の……」

 女将おかみさんは「似てる」と呟くと、口を半開きで王女様を凝視した。

「ど、ど、どうして女将様おかみさまに、私の素性すじょうをばらすのです? ミミ様とアルフレッド司祭様なら秘密にしてくださると……」

「秘密にしている場合じゃなくなったからです。とにかく、こちらをご覧ください」

 アルは医者の持ってきた新聞を渡した。

「ビアンカ・シュタイン。強盗殺人犯ごうとうさつじはん?」

 マーガレット王女様はまじまじと記事に見入る。

「な、なぜ、私が指名手配の極悪人に? そんな馬鹿な! 私の旅券は……」

 王女様は旅券をつかみとる。
 旅券には【ビアンカ・シュタイン】と確かに名前が記されていた。

「この旅券は、ジェンキンスという秘書に作らせたそうですね?」

 アルが訊ねると、王女は真っ青な顔でうなずいた。

貴女あなたの髪や容姿を整えたのは?」
「侍女のメーガンです」
「ジェンキンスとメーガン以外に、貴女あなたの新しい名前と姿を知る者は?」
「二人だけです。そのはず……でした」

 マーガレット王女様は吐き気をもよおす。私は洗顔用のおけを渡し、嘔吐おうとする彼女の背中をさすった。

「家出の為に偽の旅券を作ったのに、偽名の方で指名手配が出されたということかい?」

 女将おかみさんは王女様と同じ目線に屈んで訊ねた。

「その秘書と侍女、怪しいよ。何かとんでもない策略にはめられたんじゃないかい?」
「私が……はめられた?」

 マーガレット王女が目をいたその時、一階から誰かの大声が聞こえてきた。

「騒がしいね。大事な話の最中に!」

 女将さんが部屋の扉を開けると、

「誰か! 宿の責任者はいないか! 警察だ」

 一階から怒鳴り声が響き渡る。
 女将さんはパタンッと部屋の扉を閉じた。

「あの医者が警察に行ったんだ」
「け、警察ですって!」

 マーガレット王女様は顔面蒼白だ。

「こ、ここ、こうなったらもうやむを得ません。誤解を解かなくては。私は王女で、手違いで指名手配になっていると言うしか」

「ちょっと待って。もしも貴女あなたの側近が、王女様をはめる為にしたことだとしたら? とても嫌な予感がする」

 アルの言葉で、場が急に静まった。

「とにかく王女様は一旦身を隠した方がいい。女将さん。この宿にどこか隠れる場所はありませんか?」

 アルは口早に女将さんへたずねた。

「屋根裏はどうだろう? 廊下を出て右、突き当たりの扉だ」
「突き当たりの扉……ですわね。一人で行けます。あ、足が」

 王女様はひざが震えて立ち上がれないようだ。するとアルが彼女を両腕で抱えた。

「ミミ、王女様の財布と旅券をこちらに」
「はい」

 私は偽の旅券と財布をアルに渡した。

「俺が屋根裏に彼女を連れて行く。女将さんとミミでなんとか誤魔化してほしい」
「分かったわ」

 私と女将さんは一階へ下りる。若い男性警察官が受付の前にいた。

「リンドバーグ夫人でございますね? 新聞で拝見いたしました」
「はい、私がミミ・リンドバーグですわ」
「市民から通報を受けたのです。ビアンカ・シュタインという手配犯がいると」
「手配犯? 何かの勘違いだろう。その子ならさっき、宿を出て行ったよ」

 女将さんが機転きてんかせてそう言った。

「どちらへ行くと言っていました?」
「知らないね。リンドバーグ夫妻にとても感謝していたよ。医者は手配犯だと騒いだけど、私にはそうは見えなかったねぇ。とても行儀の良い子だったさ」
「そのようにあなどっては危険だ。女将さんも、リンドバーグご夫妻も、どうして逃がしてしまったんですか!」
「どうしてって言われてもねぇ。本人が出ていちまったもんは……」

 女将さんは困り顔で肩をすくめた。なかなかの演技派だわ。

「一体何事ですか?」

 アルフレッドが階段から下りてきた。

「司祭様と奥様は昨夜から、ビアンカ・シュタインという名の少女を泊めていたでしょう? 事情は、お医者様から聞きました。――本当に出ていったのですか? 宿の中を調べさせてもらいますよ!」

「えっ、ちょっと待っておくれよ!」

 女将さんが止めるのも聞かず、警察官は階段を駆け上がった。私とアルの部屋をすみずみまで確かめたが何も見つからず、がっくりとした様子で廊下へ出る。

「この扉はなんですか?」

 警察官は、屋根裏に続く扉を指差した。女将さんが答えるのも聞かずに扉を開け、階段を上がる。

 ――どうしよう! 王女様が見つかっちゃう!

 私たちも警察官の後から屋根裏にのぼった。警察官は古びた衣装棚の中を開け、埃をかぶった布を払い、人が隠れていそうな場所を探した。

 ――もしかしてあそこ? 鏡の裏側?

 乱雑に荷物の積まれた屋根裏の隅っこ、姿見の裏側で何かがぴくりと動いた。小柄な王女様だからあそこに身を隠すことができたようね。

「どこにもいない……本当に出ていったようですね」

 警察官は、きっとアルをにらみつけた。

「少女が手配犯ではないかとお医者様は言ったのに、司祭様は通報を躊躇ためらわれたとか?」
「はい。他人のそら似だろうと。それにあの子は、ひどく衰弱すいじゃくしていましたから……」
「司祭様のお優しさがあだとなりましたな。貴方あなたのせいで公共の安全が脅かされた。ご旅行中だそうですね。気楽で良いですな!」

 警察官は皮肉を吐いて宿を飛び出した。警察官が去った後、入れ替わりに宿へ入る者がいた。警察を呼んだ医者だ。

「私が忠告しましたのに。お耳に入れないからこうなるのですよ」

 医者はわざと大きな溜め息を吐いた。わざとらしい。どうせ報奨金のことしか頭にないくせに。こういう医者が本当に人の命を救えるのかしらね。

【つづく】

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