【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
3-1 ★ 同姓同名ではありませんか?
【第3章】は、ミミが語り手です。
新婚旅行の最中に、家出王女のマーガレットと遭遇した私とアルフレッド。王女様はビアンカ・シュタインという偽名で旅券を作り、故郷を出奔したと語った。
私たちは、王女様を一晩、自分たちの部屋に泊めた。
そして今朝方、事件が起こった。
昨夜、彼女を診た医者は、とんでもない報せを私たち夫婦の元へ持ってきたのだ。
「お二人が助けたあの少女は、お尋ね者の賞金首ですよ」
なんと【ビアンカ・シュタイン】は「強盗殺人犯」として指名手配が出されていたのだ。
けれども【ビアンカ・シュタイン】は偽名だと王女様は語った。
――どちらが嘘でどちらが本当なの?
新聞に掲載された【ビアンカ・シュタイン】の人相書きを見る。子供が描いたような絵だ。同じ髪形と年齢で該当する人物なら数え切れないほどいるだろう。名前と一緒に掲載されているから誤解を招いているだけではないかしら。
「今すぐに警察を呼びましょう。犯人に逃げられないうちに」
「警察? 一体何の話をしているんだい」
女将さんが階段から駆けてきた。
「女将さん、大変だ! リンドバーグ夫妻が助けたあの少女は指名手配犯なんですよ」
「な、なな、なんだって!」
医者は新聞を見せ、女将さんにも同じことを話した。
「確かに似顔絵と似ているが、私にはそんなに悪い子には見えなかったけどねぇ。他人のそら似で間違ったら、あの子が可哀想だよ」
宿の女将さんが言うことに医者は眉を顰める。
「でも、リンドバーグご夫妻の話だと、あの少女は夜に町中で行き倒れていたそうではないですか。あんな時間にたった一人で倒れているのは不自然だ。おまけに似顔絵とそっくり!」
「こんな下手くそな似顔絵にあてはまる女なんざ、いくらでもいるよ」
女将さんは呆れたような溜め息を吐いた。
「顔はともかく名前は? 私はあの少女の旅券を見ましたよ。ビアンカ・シュタインと確かに名前が書いてあった!」
あの旅券は秘書に偽造させたと王女様は話していた。
――まさか、ジェンキンスとかいう秘書にはめられた? 分からないことだらけだけど……。
「同姓同名ではないかしら? ビアンカという名前も、シュタインという姓もありふれていますわ。それに自分が指名手配されていると知りながら、本名の旅券を持ち歩く犯人がどこにいるでしょうか。私なら名前を隠しますわ」
医者の目を見てそう言うと、彼は眉間に縦皺を寄せた。
「自分が指名手配されていると、本人が知らないのだとしたら?」
「知らないとしても、逮捕されることを恐れて素性を隠す行動を普段からすることでしょう」
「そ、そ、それは……そうでしょうが。でもあの大金は? 財布には札束が入っていました」
「彼女が旅人ならば、路銀にはあれくらい必要でしょう。少ないくらいですわ」
「リンドバーグさん、貴女も分からない人だ。念のため、一度警察を呼びましょう」
医者は私へ詰め寄った。
「先生、落ち着いて。あんた、ちょっと疲れているんだよ。あの子は病み上がりなんだ、そっとしておあげ」
女将さんがなだめたが、
「元気になってからじゃ遅い。逃げられてしまう。それにこの報奨金を見てくださいよ! 発見者、通報者に別々に出ると書いてある。人違いだったとしても、届け出る価値はある」
医者の目的はやはりお金のようだ。
「お医者様にしては不道徳なことを仰る」
アルは嫌悪感を露わに、医者の前に進み出た。
「病み上がりの少女に〝貴女は指名手配犯ですか〟と訊ね、警察へ突き出して金銭を得るなど、私には到底できません。神の道に反します」
「貴方は司祭様ですし、お優しいですから、あの少女を気遣われるのは尤もですが……」
「先生。昨夜のことには重ねて感謝申し上げますが、今日のところはどうぞお引き取りを」
「危険人物だったらどうするのです?」
「その時は、その時です。私は神の御心に従い、まずはあの子の回復を祈り、傍らで支えます」
「て、手遅れになっても知りませんからね」
医者はしぶしぶ宿屋を出た。
「やれやれ、今朝は寝坊の客が多くて助かったよ。あの医者、やたらと声が大きいんだ」
女将さんは溜め息を落とすと、一階をぐるりと見回した。幸いなことに、医者と私たちの会話を聞いたものはいなかった。
「名前や髪形、年頃が同じだけの他人のそら似だろう? 宿屋をやっていると、一年で何十回も、同姓同名や、容姿のそっくりなお客さんに会う。あの子は見た感じ、良いとこのお嬢さん、ワケありの家出娘って感じだけどね」
「どうして家出だと分かるのですか?」
私は思わず聞き返していた。
「うちの宿には、たま~に訳ありの客が来るから、勘が身についているのさ。宿の備品を盗みに来たヤツと、人殺しはすぐに分かる。犯罪者は目が違うんだよ。あの子は絶対にそうじゃないって、ひと目で分かったさ」
毎日のように人を見ている女将さんだからこそ分かる、独特の感覚というわけね。
「部屋で首をくくりそうな客と、家出らしき子には美味しい飲み物や料理を出すんだ。あの子が夜中に倒れていたってのは、家出の途中で病気にかかったんだろう? 体力も精神も切り詰めてさ。よくある話さ」
「貴女の鋭いご推察には脱帽です。顔負けだ」
「恐れ多いよ、リンドバーグ司祭様」
女将さんは恭しく頭を垂れた。
「力を貸して下さい。指名手配犯ではないのですが、俺たちも手に負えない家出なのです」
「分かった。とりあえず部屋へ行こうか」
私とアル、女将さんはマーガレット王女様の待つ部屋へと移動した。
【つづく】
新婚旅行の最中に、家出王女のマーガレットと遭遇した私とアルフレッド。王女様はビアンカ・シュタインという偽名で旅券を作り、故郷を出奔したと語った。
私たちは、王女様を一晩、自分たちの部屋に泊めた。
そして今朝方、事件が起こった。
昨夜、彼女を診た医者は、とんでもない報せを私たち夫婦の元へ持ってきたのだ。
「お二人が助けたあの少女は、お尋ね者の賞金首ですよ」
なんと【ビアンカ・シュタイン】は「強盗殺人犯」として指名手配が出されていたのだ。
けれども【ビアンカ・シュタイン】は偽名だと王女様は語った。
――どちらが嘘でどちらが本当なの?
新聞に掲載された【ビアンカ・シュタイン】の人相書きを見る。子供が描いたような絵だ。同じ髪形と年齢で該当する人物なら数え切れないほどいるだろう。名前と一緒に掲載されているから誤解を招いているだけではないかしら。
「今すぐに警察を呼びましょう。犯人に逃げられないうちに」
「警察? 一体何の話をしているんだい」
女将さんが階段から駆けてきた。
「女将さん、大変だ! リンドバーグ夫妻が助けたあの少女は指名手配犯なんですよ」
「な、なな、なんだって!」
医者は新聞を見せ、女将さんにも同じことを話した。
「確かに似顔絵と似ているが、私にはそんなに悪い子には見えなかったけどねぇ。他人のそら似で間違ったら、あの子が可哀想だよ」
宿の女将さんが言うことに医者は眉を顰める。
「でも、リンドバーグご夫妻の話だと、あの少女は夜に町中で行き倒れていたそうではないですか。あんな時間にたった一人で倒れているのは不自然だ。おまけに似顔絵とそっくり!」
「こんな下手くそな似顔絵にあてはまる女なんざ、いくらでもいるよ」
女将さんは呆れたような溜め息を吐いた。
「顔はともかく名前は? 私はあの少女の旅券を見ましたよ。ビアンカ・シュタインと確かに名前が書いてあった!」
あの旅券は秘書に偽造させたと王女様は話していた。
――まさか、ジェンキンスとかいう秘書にはめられた? 分からないことだらけだけど……。
「同姓同名ではないかしら? ビアンカという名前も、シュタインという姓もありふれていますわ。それに自分が指名手配されていると知りながら、本名の旅券を持ち歩く犯人がどこにいるでしょうか。私なら名前を隠しますわ」
医者の目を見てそう言うと、彼は眉間に縦皺を寄せた。
「自分が指名手配されていると、本人が知らないのだとしたら?」
「知らないとしても、逮捕されることを恐れて素性を隠す行動を普段からすることでしょう」
「そ、そ、それは……そうでしょうが。でもあの大金は? 財布には札束が入っていました」
「彼女が旅人ならば、路銀にはあれくらい必要でしょう。少ないくらいですわ」
「リンドバーグさん、貴女も分からない人だ。念のため、一度警察を呼びましょう」
医者は私へ詰め寄った。
「先生、落ち着いて。あんた、ちょっと疲れているんだよ。あの子は病み上がりなんだ、そっとしておあげ」
女将さんがなだめたが、
「元気になってからじゃ遅い。逃げられてしまう。それにこの報奨金を見てくださいよ! 発見者、通報者に別々に出ると書いてある。人違いだったとしても、届け出る価値はある」
医者の目的はやはりお金のようだ。
「お医者様にしては不道徳なことを仰る」
アルは嫌悪感を露わに、医者の前に進み出た。
「病み上がりの少女に〝貴女は指名手配犯ですか〟と訊ね、警察へ突き出して金銭を得るなど、私には到底できません。神の道に反します」
「貴方は司祭様ですし、お優しいですから、あの少女を気遣われるのは尤もですが……」
「先生。昨夜のことには重ねて感謝申し上げますが、今日のところはどうぞお引き取りを」
「危険人物だったらどうするのです?」
「その時は、その時です。私は神の御心に従い、まずはあの子の回復を祈り、傍らで支えます」
「て、手遅れになっても知りませんからね」
医者はしぶしぶ宿屋を出た。
「やれやれ、今朝は寝坊の客が多くて助かったよ。あの医者、やたらと声が大きいんだ」
女将さんは溜め息を落とすと、一階をぐるりと見回した。幸いなことに、医者と私たちの会話を聞いたものはいなかった。
「名前や髪形、年頃が同じだけの他人のそら似だろう? 宿屋をやっていると、一年で何十回も、同姓同名や、容姿のそっくりなお客さんに会う。あの子は見た感じ、良いとこのお嬢さん、ワケありの家出娘って感じだけどね」
「どうして家出だと分かるのですか?」
私は思わず聞き返していた。
「うちの宿には、たま~に訳ありの客が来るから、勘が身についているのさ。宿の備品を盗みに来たヤツと、人殺しはすぐに分かる。犯罪者は目が違うんだよ。あの子は絶対にそうじゃないって、ひと目で分かったさ」
毎日のように人を見ている女将さんだからこそ分かる、独特の感覚というわけね。
「部屋で首をくくりそうな客と、家出らしき子には美味しい飲み物や料理を出すんだ。あの子が夜中に倒れていたってのは、家出の途中で病気にかかったんだろう? 体力も精神も切り詰めてさ。よくある話さ」
「貴女の鋭いご推察には脱帽です。顔負けだ」
「恐れ多いよ、リンドバーグ司祭様」
女将さんは恭しく頭を垂れた。
「力を貸して下さい。指名手配犯ではないのですが、俺たちも手に負えない家出なのです」
「分かった。とりあえず部屋へ行こうか」
私とアル、女将さんはマーガレット王女様の待つ部屋へと移動した。
【つづく】
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