【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

2-8 ★ 王女様か殺人鬼か

 一人用のベッドにミミと横になった時に予感がした。寝相怪獣ねぞうかいじゅうミミから会心かいしん一撃いちげきを食らうのでは、と。二人寝用の寝台ならまだしも、一人寝用には逃げ場が無いからだ。

「アル……ごめんね。おでこ大丈夫?」

 昨夜蹴飛ばされた時に、寝台脇の机で頭を強打。

 ――おでこに第三の目が開眼か?

 あざに触れると鈍痛があった。

「昨日は星が飛んで見えたけど、大丈夫。あざは前髪で隠せばいいだけさ」
「もう一度、消毒しましょう」

 ミミが食堂からもらってきた蒸しタオルで、ひたいあざをなでる。

「し、しみる! 放っておけば治るよ」
「ダメよ。じっとして。元はといえば私が悪いんだから。本当にごめんね」
「気にしないでって言っているのに」

 ミミは優しく丁寧に消毒してくれた。この時間が続いて欲しい。もうずっと消毒していて欲しい。

「おあついですわ」

 隣の寝台で、マーガレット王女様が、とろけるような視線をこちらへ注いでいる。

「その、おあついというのは、ちょっと……」

 ――恥ずかしいのでやめてくれ。

「心からの賞賛です。寒いよりあつい方が良し。風邪に一番効くのは、しの愛ですわ!」

 どうやら風邪は治ったようだな。この王女様の自己治癒力を上げたものはなんだろう。彼女の言う通り「推しの愛」つまり俺たちか、そうなのか。

「おかげさまで、すっかり元気になりました。お二人には感謝してもしきれません。これでようやく旅を続けられます」

「これからどこか行くあてがあるの?」

 ミミが心配そうにたずねた。

「いいえ、ありません。路銀は十分にありますし、気ままに様々なところを旅して、自分に合った土地と仕事を見つけるつもりです」

 ――良い考えだけど、理想で旅は出来ない。

 女性の一人旅ひとりたびには危険もある。彼女はミミに似て、勢いで行動している節があると見た。なんというか放っておけない。ミミも同じ気持ちのようで、王女様を案ずる気持ちが顔に出ていた。

 コンコンッと扉が鳴らされた。
 扉を開けると、宿の女将おかみさんが立っていた。

「リンドバーグさん。昨日のお医者様が一階にみえているよ」
「そうですか。どうぞ部屋へ通してください」

 俺の言葉に「それがねぇ」と女将おかみさんは肩をすくめた。

「お二人に、一階に下りてきて欲しいと言うんだ。なんだか話したいことがあるそうで」
「部屋で話してはダメなのかしら?」
「私も奥様と同じ事を言ったのだけど、なんだかそわそわして、昨日と様子が違うんだ。それはそうとお嬢さんの具合はどうだい? おっ、元気そうじゃないか、治って良かったね」

 寝台に腰掛けていた王女は立ち上がった。

「大変ご迷惑をおかけしました。昨夜ご馳走してくださった飲み物は絶品でした。ありがとうございます」
「へぇ、とても礼儀正しいお嬢さんじゃないかい。あんた、名前は?」
「ビアンカと申します」
「ビアンカさん。病み上がりに無理しちゃダメだよ。それはそうとリンドバーグさん、先生が一階で待ってる」
「分かりました、すぐに向かいます」
「それじゃ、マーガ……いえいえ、ビアンカさん。部屋の留守をお願いね」

 俺とミミは一階へ下りる。昨夜の医者が長椅子に腰掛けており、俺たちを見ると「リンドバーグさん!」と自ら駆け寄ってきた。

「良かった、お二人がご無事で良かった。ところで、あの少女のことでお話が。これをご覧ください!」

 医者は握りしめていた新聞を俺たちに広げ、とある記事を指差した。

「ビアンカ・シュタイン……だって」

 新聞の記事に目を疑った。



 東の国エデンにて宿屋を経営していた老夫婦を強盗殺人。

 指名手配後も、恐喝罪、万引き等、エデン各地にて彼女の被害報告が多数寄せられる。

 今月末には我が西国ザルフォークにて警察職員がビアンカらしき女性の姿を目撃。

 ビアンカ容疑者が国境を越えた可能性もあると見て、周辺の警備体制を更に強化する方針である。



 記事には簡易の人相書きも添えてあり、昨夜見た王女様の姿と似ている。

「指名手配犯です! あの少女は殺人鬼です。捕まえたら多額の報奨金が出ますよ!」

 医者の表情は喜びに満ち溢れていた。

 ――おいおい、ちょっと待て! 一体全体どうなっているんだ?

【3章につづく】



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