【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
2-7 ★ 宝石のように取引されるのは御免
「お二人をのぞいては誰も私が王女だと気付きませんでしたよ。それにこの旅券もあります」
ビアンカ・シュタインの旅券を、マーガレット王女様はお守りのように胸へ寄せた。
「その旅券はどうされたのですか」
「王宮で私が最も信頼を置いていた、ジェンキンスという秘書に頼み、偽造させました」
――今、さらっと偽造って言ったな。
「エデンの姓を捨て、自ら望んで〝石ころ〟になったことに後悔はありませんわ」
マーガレット王女は「あ」と言って、手で口元を隠し、すまなそうに俺を見つめた。
「失言をお許しください。貴方の亡きお母様に失礼でした」
「貴女は俺の母親のことをご存じなのですか?」
「勿論。噂になっている貴方のお母様。キャロル・シュタインの本当の姓は、エーデルシュタインでございましょう?」
「エーデルシュタイン? まさか! 貴女の言うキャロルさんとは別人です」
「いいえ、同一人物です。シュタインは高貴な地位を追われた後の姓ですわ」
――高貴な地位を追われた? ナンシーの身の上話と一致するな。
ナンシーは、姉のキャロル……つまりは亡き俺の母親とともに、実家を追い出されたと話していた。腹違いの姉弟に毒を盛ったと濡れ衣を着せられて。ナンシーは「実家の名」を伏せ、今も決して語ろうとはしない。
「司祭様は、シュタインの意味をご存じ?」
「シュタインは石。シュタインまたはスタイン、石の姓がエデンとエーデルシュタインでありふれているのは、鉱山の従事者が多かったからだと」
「満点の回答ですわ。ヴェルノーン国教会聖職者の教養深さ、流石(さすが)です。エデン宮廷付きの腐れた怪僧とは天と地の差です」
――腐れた怪僧。語彙力が豊富だな。
「石にまつわる姓は我が国ではありふれています。採掘士、鑑定士、石工。多くは職業性ですわ。その中でエーデルを冠した名は、モンスーン王国の辺境にいるあの一族だけですわ」
「エーデルは高貴なものを示す言葉ね。エーデルシュタインは宝石を意味する。エーデルシュタイン一族は、モンスーン王国の辺境伯で、国境沿いの鉱山を管理する領主でしょう?」
ミミが訊ねた。
「その通りです、師匠! キャロル様とナンシー様。あのお二人はエーデルつまりは高貴さを奪われて、石ころ同然で一族を追われた姉妹ですわ」
俄には信じられない。ミミも呆然としていた。
「司祭様もミミ様も、ご存じでは無かったのね」
「はい。母は他界しておりますし、ナンシーも決して身の上を話さないのです」
「因縁の深い一族ですから。鉱山は事故も多い。鉱毒により命を落とした者も数知れず。希少な宝石は人の心を惑わし狂わせますわ」
ナンシーが言っていた「呪われた一族」とはこのことだったのか。
「エーデルシュタイン一族の管理する鉱山はエデンとの国境沿いに位置する為、我が国との間で鉱山物の取引に関する諍いが絶えず、無益な争いで多くの命が奪われました。エデンとエーデルシュタイン。名前が似ていることも火種の一つだったのです」
マーガレット王女は視線を膝へ落とした。
「モンスーンの王族は、以前からエデン王族と親類関係になることを望んでいました。エデン王家の血と名があれば、融通の利く国交が数多とあるのです」
北のモンスーン王国と、東のエデン王国。国境に位置する鉱山の他にも、川や湖の水源と渡航、放牧地の曖昧な境界線で昔から小競り合いが発生し、幾度も領土争いに発展したことは以前から知っていた。
「エーデルシュタインの鉱山の一部をエデンへ渡すかわりに、私がモンスーンへ。平和の橋渡しという名の人質ですわ」
――王女様の告発文にも書いてあったな。国同士の平和、と。
「平和の為に、ハンター殿下の婚約者に選ばれたのは私でしたが、エーデルシュタインの令嬢を王妃に迎える話もあったそうです。そうなっていたら国境で問題が発生したでしょう。エーデルシュタインの令嬢は、実家の領地と鉱山の権利を主張するでしょうから」
「けれどそうはならなかった。貴女(あなた)がモンスーンへ嫁ぐという条件で?」
「その通りですわ」
――マーガレット王女は、両国で常に発生する、諸問題の和平交渉の駒にされるはずだったというわけか。
「もう知ったことではありませんけど。私は私、宝石のように取引されるのは御免です。ビアンカ・シュタインとして新しい人生を歩んでいきますわ。エーデルシュタインの血を引く貴方と会ったのも、何かのご縁でしょう」
――自分に流れる血が怖い、と思ったのは何度目か。
最初は陛下の血、次は母親の血。意外なところから血縁が判明していくのが恐ろしい。
「お二人には本当にお世話になりました。名残惜しいですが、そろそろお暇致します。身辺が落ち着きましたら、お二人の教会へ御礼を送りますわ」
寝台を出ようとする彼女を、俺とミミは同時に止めた。
「今日はここでお休みになって欲しいわ」
「お二人の寝床を奪うわけには参りません」
「幸い、寝台はもう一つありますから。俺とミミがそちらで寝ます」
二人で予約を取っていたのだが、一人用の寝台が二つ用意された部屋だったことが幸いした。部屋を見た時は少しがっかりしたけれどね。
「治りかけが一番身体に応えます。貴女の回復が何よりも優先事項です」
俺が諭すと、マーガレット王女は「はい」と素直に返事をして毛布を肩までかぶった。俺とミミも隣の寝台に横になった。
【つづく】
ビアンカ・シュタインの旅券を、マーガレット王女様はお守りのように胸へ寄せた。
「その旅券はどうされたのですか」
「王宮で私が最も信頼を置いていた、ジェンキンスという秘書に頼み、偽造させました」
――今、さらっと偽造って言ったな。
「エデンの姓を捨て、自ら望んで〝石ころ〟になったことに後悔はありませんわ」
マーガレット王女は「あ」と言って、手で口元を隠し、すまなそうに俺を見つめた。
「失言をお許しください。貴方の亡きお母様に失礼でした」
「貴女は俺の母親のことをご存じなのですか?」
「勿論。噂になっている貴方のお母様。キャロル・シュタインの本当の姓は、エーデルシュタインでございましょう?」
「エーデルシュタイン? まさか! 貴女の言うキャロルさんとは別人です」
「いいえ、同一人物です。シュタインは高貴な地位を追われた後の姓ですわ」
――高貴な地位を追われた? ナンシーの身の上話と一致するな。
ナンシーは、姉のキャロル……つまりは亡き俺の母親とともに、実家を追い出されたと話していた。腹違いの姉弟に毒を盛ったと濡れ衣を着せられて。ナンシーは「実家の名」を伏せ、今も決して語ろうとはしない。
「司祭様は、シュタインの意味をご存じ?」
「シュタインは石。シュタインまたはスタイン、石の姓がエデンとエーデルシュタインでありふれているのは、鉱山の従事者が多かったからだと」
「満点の回答ですわ。ヴェルノーン国教会聖職者の教養深さ、流石(さすが)です。エデン宮廷付きの腐れた怪僧とは天と地の差です」
――腐れた怪僧。語彙力が豊富だな。
「石にまつわる姓は我が国ではありふれています。採掘士、鑑定士、石工。多くは職業性ですわ。その中でエーデルを冠した名は、モンスーン王国の辺境にいるあの一族だけですわ」
「エーデルは高貴なものを示す言葉ね。エーデルシュタインは宝石を意味する。エーデルシュタイン一族は、モンスーン王国の辺境伯で、国境沿いの鉱山を管理する領主でしょう?」
ミミが訊ねた。
「その通りです、師匠! キャロル様とナンシー様。あのお二人はエーデルつまりは高貴さを奪われて、石ころ同然で一族を追われた姉妹ですわ」
俄には信じられない。ミミも呆然としていた。
「司祭様もミミ様も、ご存じでは無かったのね」
「はい。母は他界しておりますし、ナンシーも決して身の上を話さないのです」
「因縁の深い一族ですから。鉱山は事故も多い。鉱毒により命を落とした者も数知れず。希少な宝石は人の心を惑わし狂わせますわ」
ナンシーが言っていた「呪われた一族」とはこのことだったのか。
「エーデルシュタイン一族の管理する鉱山はエデンとの国境沿いに位置する為、我が国との間で鉱山物の取引に関する諍いが絶えず、無益な争いで多くの命が奪われました。エデンとエーデルシュタイン。名前が似ていることも火種の一つだったのです」
マーガレット王女は視線を膝へ落とした。
「モンスーンの王族は、以前からエデン王族と親類関係になることを望んでいました。エデン王家の血と名があれば、融通の利く国交が数多とあるのです」
北のモンスーン王国と、東のエデン王国。国境に位置する鉱山の他にも、川や湖の水源と渡航、放牧地の曖昧な境界線で昔から小競り合いが発生し、幾度も領土争いに発展したことは以前から知っていた。
「エーデルシュタインの鉱山の一部をエデンへ渡すかわりに、私がモンスーンへ。平和の橋渡しという名の人質ですわ」
――王女様の告発文にも書いてあったな。国同士の平和、と。
「平和の為に、ハンター殿下の婚約者に選ばれたのは私でしたが、エーデルシュタインの令嬢を王妃に迎える話もあったそうです。そうなっていたら国境で問題が発生したでしょう。エーデルシュタインの令嬢は、実家の領地と鉱山の権利を主張するでしょうから」
「けれどそうはならなかった。貴女(あなた)がモンスーンへ嫁ぐという条件で?」
「その通りですわ」
――マーガレット王女は、両国で常に発生する、諸問題の和平交渉の駒にされるはずだったというわけか。
「もう知ったことではありませんけど。私は私、宝石のように取引されるのは御免です。ビアンカ・シュタインとして新しい人生を歩んでいきますわ。エーデルシュタインの血を引く貴方と会ったのも、何かのご縁でしょう」
――自分に流れる血が怖い、と思ったのは何度目か。
最初は陛下の血、次は母親の血。意外なところから血縁が判明していくのが恐ろしい。
「お二人には本当にお世話になりました。名残惜しいですが、そろそろお暇致します。身辺が落ち着きましたら、お二人の教会へ御礼を送りますわ」
寝台を出ようとする彼女を、俺とミミは同時に止めた。
「今日はここでお休みになって欲しいわ」
「お二人の寝床を奪うわけには参りません」
「幸い、寝台はもう一つありますから。俺とミミがそちらで寝ます」
二人で予約を取っていたのだが、一人用の寝台が二つ用意された部屋だったことが幸いした。部屋を見た時は少しがっかりしたけれどね。
「治りかけが一番身体に応えます。貴女の回復が何よりも優先事項です」
俺が諭すと、マーガレット王女は「はい」と素直に返事をして毛布を肩までかぶった。俺とミミも隣の寝台に横になった。
【つづく】
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