【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
2-6 ★ 安らかにさせた方が良い
新婚旅行の最中に、王女様に尾行され、倒れた彼女を宿で介抱することになるとは。俺たち夫婦の周囲では、どうしてこうも複雑怪奇な物事が発生するのだろうか。
鼻血で汚れた服を着替えた王女様は、黒髪を二つに結い、寝台に腰掛けて温かいお茶を美味しそうに飲んでいた。宿の女将さんに「身体が温まって、ぐっすり眠れるものを」とお願いし、作ってもらったものだ。
「お心遣いに感謝致します」
薬も飲んだし、回復の兆しが見えるので一安心だ。もう一眠りすれば身体も本調子に戻るだろう。だが彼女の目はらんらんとしており、眠る気配が無い。そのため俺とミミは、彼女の身の上話に付き合うこととなった。
「私、師匠の遺書を読んで、貴女の勇気ある行動に深い感銘を受けたのでございます」
――ミミが遺書の師匠。世にも奇妙な師弟だ。
「良かったね、ミミ。第二、第三のミミが誕生しているじゃないか」
「喜ぶべきなのかしら」
「あなたは全世界の女性の味方です! 私が貴女の遺書を読んで、どれだけの感動と勇気をいただいたことか。そして司祭様の深い愛に心打たれたのです。お二人のことを書いた雑誌も新聞も全て熟読致しました」
「そ、そう。ありがとう……嬉しいわ」
「私もハンター殿下の浮気には多少なりとも落ち込みました。経緯は新聞に掲載された、私の告発文の通りです。故郷に帰るつもりはございません。でも、第二の人生を始める前に、どうしても確かめたいことがあったんです」
決意に満ちた表情で、王女様は私とアルへ順に視線を合わせた。
「どうかお世辞を抜きで答えてください。――私は美人ですか、それとも、美人ではないけど可愛いと思いますか?」
予想の斜め上を行く直球の問いだ。俺とミミは視線を交差させた。
「美人ですわ」
ミミの言葉に「そう思います」と肯いた。
「本当ですね? 生まれた時から社交辞令と嘘吐きに囲まれていたので、褒め言葉は聞き飽きているのです。だってどんなに不細工なイトコでも美男子だと持ち上げられる世界なんですもの、王宮って。美的感覚が時々鈍ります!」
こういう時、うまい返答が浮かばない。
司祭の俺は、この極めて強烈な毒舌になんと返したらいいんだ。
「自分の一番の理解者は自分です。どうか貴女が美しいと思うものに自信をお持ちください」
「ありがとうございます、リンドバーグ司祭様。婚約者に浮気をされたので、自分に自信が持てなくなっていたのです」
「ハンター殿下は、恋多き御方のようですね」
「それはもう。どうしようもない好色漢です。女性の胸とお尻を枕に寝ているのではというくらい発情期真っ盛りですから。ここらで鎮静剤を打って、世界平和の為に安らかにさせた方が良いと思うの」
――王女様、凄いこと言いなさった。
「後学の為に、浮気男がどんな女に鼻の下をのばしているか知りたくて、チーズマン家に潜入しましたの。メラニー・チーズマンは、ハンター殿下の浮気相手の一人です」
――メラニーが、ハンター殿下の浮気相手。
なるほど、これでようやく合点がいったぞ。
「あの派手な誕生会はなんです? 女優にでもなったつもりかしら」
「確かに派手だったわね。内心引いていたの」
「あ、俺も。派手な女性は苦手だよ」
ミミと俺の本音を前に、マーガレット王女様は激しくまばたきした。
「お二人は、メラニー・チーズマンとお友達ではないのですか?」
「まさか。高慢で自慢話の長い人は苦手よ」
「旅行中に美術館に寄ったら、声をかけられて、誕生会に招待されただけ。まるで旧知の仲のように紹介されて、誤解も良いところだ」
すると王女様は花が咲いたように笑った。
「ああ良かった! 私ったら勘違いをして。本当は落ち込んでいましたの、ようやくお二人に会えたと思ったのにメラニーと友達だと言うし、ハンター殿下から彼女宛に贈り物は届くし」
「贈り物が? いつ?」
「ハンというひねりのない偽名で、化粧箱に入った宝飾品と、薔薇の花束が届いておりました」
そういえば大広間を出る時に、メラニーは「ハンから贈り物が届いた」と子どものようにはしゃいでいたな。
「私が醜聞を広めてもなお、浮気相手に貢ぎ物を欠かさないハンター殿下の愛には心打たれますわ」
心打たれると言いながら、王女様は大きな溜め息を落とした。
「稀代の尻軽殿下と噂が立っても、どこ吹く風で贈り物に舞い上がるメラニーにもですよ。世の中には、男がどんな浮気者でも愛を貫く、頭のネジが抜けた女性がいるのですねぇ」
「その通りよ、本当に!」
マーガレット王女様と意気投合するミミ。
――この二人なんとなく性格が似ているような気がするのは俺だけ? やっぱり前世で何か……。
美名姉さん、と呟いたことについて訊ねたいが、王女様の毒舌は続いていて話題を切り出せない。
「私の方が道徳心を持った人間であると自信がつきましたわ。潜入調査は今日で終わり。このまま心置きなく亡命できます」
「亡命……失礼ですがその、王女様の容姿は国内外に知れ渡っていますし、なかなか難しいと思うのですが」
言うべきか迷ったが、このまま彼女が亡命を続けるのは困難だろう。
「お二人をのぞいては誰も私が王女だと気付きませんでしたよ。それにこの旅券もあります」
ビアンカ・シュタインの旅券を、マーガレット王女様はお守りのように胸へ寄せた。
――その旅券、一体どうやって手に入れたんだ?
【つづく】
鼻血で汚れた服を着替えた王女様は、黒髪を二つに結い、寝台に腰掛けて温かいお茶を美味しそうに飲んでいた。宿の女将さんに「身体が温まって、ぐっすり眠れるものを」とお願いし、作ってもらったものだ。
「お心遣いに感謝致します」
薬も飲んだし、回復の兆しが見えるので一安心だ。もう一眠りすれば身体も本調子に戻るだろう。だが彼女の目はらんらんとしており、眠る気配が無い。そのため俺とミミは、彼女の身の上話に付き合うこととなった。
「私、師匠の遺書を読んで、貴女の勇気ある行動に深い感銘を受けたのでございます」
――ミミが遺書の師匠。世にも奇妙な師弟だ。
「良かったね、ミミ。第二、第三のミミが誕生しているじゃないか」
「喜ぶべきなのかしら」
「あなたは全世界の女性の味方です! 私が貴女の遺書を読んで、どれだけの感動と勇気をいただいたことか。そして司祭様の深い愛に心打たれたのです。お二人のことを書いた雑誌も新聞も全て熟読致しました」
「そ、そう。ありがとう……嬉しいわ」
「私もハンター殿下の浮気には多少なりとも落ち込みました。経緯は新聞に掲載された、私の告発文の通りです。故郷に帰るつもりはございません。でも、第二の人生を始める前に、どうしても確かめたいことがあったんです」
決意に満ちた表情で、王女様は私とアルへ順に視線を合わせた。
「どうかお世辞を抜きで答えてください。――私は美人ですか、それとも、美人ではないけど可愛いと思いますか?」
予想の斜め上を行く直球の問いだ。俺とミミは視線を交差させた。
「美人ですわ」
ミミの言葉に「そう思います」と肯いた。
「本当ですね? 生まれた時から社交辞令と嘘吐きに囲まれていたので、褒め言葉は聞き飽きているのです。だってどんなに不細工なイトコでも美男子だと持ち上げられる世界なんですもの、王宮って。美的感覚が時々鈍ります!」
こういう時、うまい返答が浮かばない。
司祭の俺は、この極めて強烈な毒舌になんと返したらいいんだ。
「自分の一番の理解者は自分です。どうか貴女が美しいと思うものに自信をお持ちください」
「ありがとうございます、リンドバーグ司祭様。婚約者に浮気をされたので、自分に自信が持てなくなっていたのです」
「ハンター殿下は、恋多き御方のようですね」
「それはもう。どうしようもない好色漢です。女性の胸とお尻を枕に寝ているのではというくらい発情期真っ盛りですから。ここらで鎮静剤を打って、世界平和の為に安らかにさせた方が良いと思うの」
――王女様、凄いこと言いなさった。
「後学の為に、浮気男がどんな女に鼻の下をのばしているか知りたくて、チーズマン家に潜入しましたの。メラニー・チーズマンは、ハンター殿下の浮気相手の一人です」
――メラニーが、ハンター殿下の浮気相手。
なるほど、これでようやく合点がいったぞ。
「あの派手な誕生会はなんです? 女優にでもなったつもりかしら」
「確かに派手だったわね。内心引いていたの」
「あ、俺も。派手な女性は苦手だよ」
ミミと俺の本音を前に、マーガレット王女様は激しくまばたきした。
「お二人は、メラニー・チーズマンとお友達ではないのですか?」
「まさか。高慢で自慢話の長い人は苦手よ」
「旅行中に美術館に寄ったら、声をかけられて、誕生会に招待されただけ。まるで旧知の仲のように紹介されて、誤解も良いところだ」
すると王女様は花が咲いたように笑った。
「ああ良かった! 私ったら勘違いをして。本当は落ち込んでいましたの、ようやくお二人に会えたと思ったのにメラニーと友達だと言うし、ハンター殿下から彼女宛に贈り物は届くし」
「贈り物が? いつ?」
「ハンというひねりのない偽名で、化粧箱に入った宝飾品と、薔薇の花束が届いておりました」
そういえば大広間を出る時に、メラニーは「ハンから贈り物が届いた」と子どものようにはしゃいでいたな。
「私が醜聞を広めてもなお、浮気相手に貢ぎ物を欠かさないハンター殿下の愛には心打たれますわ」
心打たれると言いながら、王女様は大きな溜め息を落とした。
「稀代の尻軽殿下と噂が立っても、どこ吹く風で贈り物に舞い上がるメラニーにもですよ。世の中には、男がどんな浮気者でも愛を貫く、頭のネジが抜けた女性がいるのですねぇ」
「その通りよ、本当に!」
マーガレット王女様と意気投合するミミ。
――この二人なんとなく性格が似ているような気がするのは俺だけ? やっぱり前世で何か……。
美名姉さん、と呟いたことについて訊ねたいが、王女様の毒舌は続いていて話題を切り出せない。
「私の方が道徳心を持った人間であると自信がつきましたわ。潜入調査は今日で終わり。このまま心置きなく亡命できます」
「亡命……失礼ですがその、王女様の容姿は国内外に知れ渡っていますし、なかなか難しいと思うのですが」
言うべきか迷ったが、このまま彼女が亡命を続けるのは困難だろう。
「お二人をのぞいては誰も私が王女だと気付きませんでしたよ。それにこの旅券もあります」
ビアンカ・シュタインの旅券を、マーガレット王女様はお守りのように胸へ寄せた。
――その旅券、一体どうやって手に入れたんだ?
【つづく】
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