【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

2-4 ★ そこにいるのは、おじいさま?

 俺とミミは、高熱にうなされる少女を抱えて急ぎ宿へ戻った。女将さんに頼んで、医者を呼んでもらう。すぐに診療が始まった。

「リンドバーグさんは、この子と面識めんしきが?」
「いいえ、一度も。宿へ帰る途中に遭遇そうぐうしたのです。あまりに体調が悪そうでしたから、放っておけなくて」

 俺たちは少女と出会った経緯について話した。けれど尾行されていたことは医者に告げないことにした。医者に話したところで謎が解けるわけでもない。それに彼女がつぶやいたことが気になる。

 ――美名みなねえさん……か。

 眠る寸前、少女はミミを見てそう言った。

 ――まさかこの子も前世の記憶を? ミミによれば「美名みなに妹はいない」そうだけど。

 高熱にうなされたことで、前世の記憶の欠片に触れたということも考えられる。

「この子の身元が分かるものは何かありませんか。名前や住所、勤め先など……」

 医者が訊ねた。
 前世の記憶はともかく、大事なのは現世だ。

外套がいとうの中を確かめましたら、これが入っていました」

 寝台脇の机に置いた、彼女の財布と旅券を指差す。医者は旅券を手に取り、開いた。

「ビアンカ・シュタイン。旅券を持ち歩いていたということは、旅人でしょうか?」

「それが……この子はチーズマン家の女中のようなのです。私も妻も、今夜の誕生会に呼ばれた折、給仕をする彼女の姿を見ています」

 医者は首を傾げた。

「町に下宿して働く女中はいても、旅券を持ち歩いて奉公をする者など聞いたことがありません。実に奇妙だ。財布の中は確かめました?」

「いいえ。中を見るのが躊躇ためらわれたので」

「ちょっと失礼。なかなか重いですね」

 医者は財布を開けた。診療中なのに金銭に触れて良いのだろうか。

大金たいきんが入っていますよ」

 医者は眉目を寄せた。確かに女中の一人が持つには余分な札束が入っている。

「見間違いではないのですか? 女中とは思えませんよ。旅行者に違いありません」

「なるほど……ところでこの子は何か重い病気なのですか、先生」

 医者に訊ねると「いや」と否定された。

「おそらく風邪かぜですね。薬を飲ませて休養を十分にとれば大丈夫でしょう。この子のことで何かございましたら、いつでもお呼びください」
「ありがとうございます」

 医者を見送り、女将にも御礼を告げる。
 俺とミミは交替で少女の看病をすることにした。

「ミミ、交替。もう寝て」
「いいえ、もう少し」
「ダメ、寝なさい」

 ベッド脇の椅子から動こうとしないミミへ近付くと、後ろから抱きしめ、頬と耳にキスをした。ミミは背中をとられるのが苦手と知って、わざとそうしたのだ。

「く、くすぐったい! 病人の前でやめて」
「ミミが寝ると言ったら、やめます」
「もうっ。分かった、分かりました。寝ます。後はよろしく……きゃああ!」

 寝ている少女を見て、ミミが悲鳴を上げる。

「鼻血! この子、鼻血流してる! 何か拭くもの!」

 少女の鼻血が、枕に大きな染みを広げていたのだ。俺は洗顔用の布巾をわしづかみ、少女の鼻血を拭った。

とうとい……ですわ」

 少女は悟りを開いたような半眼で俺たちを見ていた。薄く開いた口元には微かに笑みが浮かんでいる。

「お二人のあつたわむれを……目にできるなんて。一片いっぺんい無し……」

 聞き間違えか? 高熱にうなされるこの少女から「あついおたわむれ」と恥ずかしい単語が飛び出した気がする。彼女の鼻からブワッと赤い血が飛び出した。

「だ、大丈夫? しっかりしてちょうだい!」
わたくしは……まともです」

 寝ていた彼女が急に上半身を跳び起こす。けれども鼻血が止まらないせいか、白目をいて横向きにぱたりと倒れた。

「なんだか視界が……そこにいるのは、おじいさま? 天国からむかえに来てくださったのね」

 ――この年で「おじいさま」に間違えられるとはな。

 地味に傷付くよ。まだ禿げてもいないのに。

【つづく】

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