【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
2-2 ★ アルが隣にいたから
「皆様、本日はお集まりいただき、重ねて感謝申し上げます。皆様にご紹介致します。本日、私の誕生会に遠路はるばるお越しいただいた、リンドバーグ夫妻でございます」
――誕生会に、遠路はるばる?
旅行中に招待されただけなのに、メラニーの言い方ではまるで「私の為に、わざわざ来た」と誤解されそうだ。
「リンドバーグ夫妻といえば、夫のアルフレッド様は国王の隠し子だったという?」
「奥方のミミ様は、王子を相手に裁判で勝訴したと聞きましたわ」
「メラニー様は、リンドバーグ夫妻とお知り合いだったのか」
「聡明なメラニー様ですもの。リンドバーグ夫妻とご友人というのも納得ですわ」
ミミをうかがうと、彼女は笑顔を浮かべたままだった。侯爵令嬢であったミミは、このような社交上のやりとりや、忖度に慣れているのだろう。
その時、ガシャーンと右側から大きな物音がした。黒髪を二つに束ねた若い女中がお酒の注がれた硝子の器を落としてしまったようだ。女中は平謝りしながら、他の給仕と片付けを始めた。
「まったく騒々しい」
メラニーはフンと鼻を鳴らす。
「失礼しました、リンドバーグさん。お二人から、お言葉を賜れますか」
――親友や恩人には、感謝の言葉が溢れ出るけど……。
「お初にお目にかかります。アルフレッド・リンドバーグです。本日このような祝宴にお招きいただき、ありがとうございます。皆様とご縁がありましたことを嬉しく思います」
「ミミ・リンドバーグでございます。メラニー・チーズマン様に誕生日のお慶びを謹んで申し上げます」
ミミも他人行儀に祝辞を述べた。当たり障りが無いように、礼儀正しく上品に、余計なことを言わない。メラニーはもう少し話して欲しいようだが、挨拶以上の祝辞は無いとみると、
「嬉しいお言葉を賜り光栄至極に存じます。本日は心ゆくまでお楽しみくださいませ」
俺たちは広間の中央からすみの方へ移動した。しばらくは周囲の招待客からの挨拶に応えていたが、
「アル。私、外の空気を吸いたいの」
「分かった」
まだ声をかけたそうな他の招待客がいたが、広間を出る。
「リンドバーグさん、どうされました?」
メラニーがすかさず駆け寄ってきた。
「妻の具合が優れないようなので。風に当たることのできる場所はありますか」
「ああ、それでしたら。外の廊下を真っ直ぐ行った先に、椅子のある縁側があります。私がご案内致しましょう」
「いえいえ。主役を不在にさせるわけには参りませんわ」
ミミが丁重にお断りを入れた。
「メラニー様、贈り物が届いております。配達員がメラニー様の署名を求めているのですが」
給仕がメラニーに声をかけた。
「あとにして。ご夫妻を案内してからよ」
「ハン様からの贈り物だそうですが」
「ハンですって!」
メラニーは喜色満面で子どものように弾けた。
「お手紙の通り、私の誕生日を憶えてくださっていたんだわ。ご案内がまだですが、私、失礼致します」
「親しい方から贈り物が届いたようですね」
俺が言うと、メラニーは「そうなんです!」と目をキラキラ輝かせた。
「とても貴いご身分の方なのです。とある晩餐会に招待された折、私のことをひと目見て、大層気に入られたそうなの」
――また自慢話か……やれやれ。
「荷物はどこ? すぐ行くわ」
メラニーは俺たちへくるりと踵を返し、給仕と足早に広間を後にした。
――あぁ、ようやく静かになった。
俺とミミは広間を出て、月明かりの降り注ぐ廊下を並んで歩く。突き当たりの縁側に出ると、秋の風がふわりとミミのドレスを舞い上げた。俺たちは長椅子に並んで腰掛けた。お互い何を言うことなく、秋の夜の静けさに身を委ねる。
「こういう華やかな場は久しぶりだったわ」
「懐かしい? それとも疲れた?」
「どちらとも言えないわ。社交は疲れるけど、舞踏会の音楽を聴くのは大好きなの。アルが隣にいたから今夜は楽しかったわ」
「俺も。君がいなかったら息苦しいだけだ」
俺とミミはお互いの手の温もりを感じながら月を眺める。
「そろそろ帰りましょうか」
「そうだね。ちょっと疲れたよ」
「私も」
俺たちは宴を後にすることにした。メラニーに会うと引き留められそうだったので、給仕の一人に言伝を残して退室する。宿は美術館のすぐ近くなので徒歩で向かった。
【つづく】
――誕生会に、遠路はるばる?
旅行中に招待されただけなのに、メラニーの言い方ではまるで「私の為に、わざわざ来た」と誤解されそうだ。
「リンドバーグ夫妻といえば、夫のアルフレッド様は国王の隠し子だったという?」
「奥方のミミ様は、王子を相手に裁判で勝訴したと聞きましたわ」
「メラニー様は、リンドバーグ夫妻とお知り合いだったのか」
「聡明なメラニー様ですもの。リンドバーグ夫妻とご友人というのも納得ですわ」
ミミをうかがうと、彼女は笑顔を浮かべたままだった。侯爵令嬢であったミミは、このような社交上のやりとりや、忖度に慣れているのだろう。
その時、ガシャーンと右側から大きな物音がした。黒髪を二つに束ねた若い女中がお酒の注がれた硝子の器を落としてしまったようだ。女中は平謝りしながら、他の給仕と片付けを始めた。
「まったく騒々しい」
メラニーはフンと鼻を鳴らす。
「失礼しました、リンドバーグさん。お二人から、お言葉を賜れますか」
――親友や恩人には、感謝の言葉が溢れ出るけど……。
「お初にお目にかかります。アルフレッド・リンドバーグです。本日このような祝宴にお招きいただき、ありがとうございます。皆様とご縁がありましたことを嬉しく思います」
「ミミ・リンドバーグでございます。メラニー・チーズマン様に誕生日のお慶びを謹んで申し上げます」
ミミも他人行儀に祝辞を述べた。当たり障りが無いように、礼儀正しく上品に、余計なことを言わない。メラニーはもう少し話して欲しいようだが、挨拶以上の祝辞は無いとみると、
「嬉しいお言葉を賜り光栄至極に存じます。本日は心ゆくまでお楽しみくださいませ」
俺たちは広間の中央からすみの方へ移動した。しばらくは周囲の招待客からの挨拶に応えていたが、
「アル。私、外の空気を吸いたいの」
「分かった」
まだ声をかけたそうな他の招待客がいたが、広間を出る。
「リンドバーグさん、どうされました?」
メラニーがすかさず駆け寄ってきた。
「妻の具合が優れないようなので。風に当たることのできる場所はありますか」
「ああ、それでしたら。外の廊下を真っ直ぐ行った先に、椅子のある縁側があります。私がご案内致しましょう」
「いえいえ。主役を不在にさせるわけには参りませんわ」
ミミが丁重にお断りを入れた。
「メラニー様、贈り物が届いております。配達員がメラニー様の署名を求めているのですが」
給仕がメラニーに声をかけた。
「あとにして。ご夫妻を案内してからよ」
「ハン様からの贈り物だそうですが」
「ハンですって!」
メラニーは喜色満面で子どものように弾けた。
「お手紙の通り、私の誕生日を憶えてくださっていたんだわ。ご案内がまだですが、私、失礼致します」
「親しい方から贈り物が届いたようですね」
俺が言うと、メラニーは「そうなんです!」と目をキラキラ輝かせた。
「とても貴いご身分の方なのです。とある晩餐会に招待された折、私のことをひと目見て、大層気に入られたそうなの」
――また自慢話か……やれやれ。
「荷物はどこ? すぐ行くわ」
メラニーは俺たちへくるりと踵を返し、給仕と足早に広間を後にした。
――あぁ、ようやく静かになった。
俺とミミは広間を出て、月明かりの降り注ぐ廊下を並んで歩く。突き当たりの縁側に出ると、秋の風がふわりとミミのドレスを舞い上げた。俺たちは長椅子に並んで腰掛けた。お互い何を言うことなく、秋の夜の静けさに身を委ねる。
「こういう華やかな場は久しぶりだったわ」
「懐かしい? それとも疲れた?」
「どちらとも言えないわ。社交は疲れるけど、舞踏会の音楽を聴くのは大好きなの。アルが隣にいたから今夜は楽しかったわ」
「俺も。君がいなかったら息苦しいだけだ」
俺とミミはお互いの手の温もりを感じながら月を眺める。
「そろそろ帰りましょうか」
「そうだね。ちょっと疲れたよ」
「私も」
俺たちは宴を後にすることにした。メラニーに会うと引き留められそうだったので、給仕の一人に言伝を残して退室する。宿は美術館のすぐ近くなので徒歩で向かった。
【つづく】
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