【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
1-5 ★ 湯上がり月夜の散歩
夕食は午後六時に、食膳係が私たちの宿泊棟に運んでくれた。
旬の魚と茸を蒸し焼きにしたもの、湯通しされた肉にたれをつけて食べるもの、秋野菜を煮込んだとろみのある汁物、今まで食べたことのない美味しい料理に舌鼓を打つ。
満腹になり、少し休憩してから、浴場のある建物へ向かった。
「アル、私……ゆっくり入ってきてもいい? たぶんアルより遅くなると思う」
「いいよ。ミミが出てくるまで待ってる。暗くなってきたし、一緒に戻ろう」
「ありがとう。それじゃあ、またあとでね」
脱衣所は空いており、私と同じくらいの女性も、年配の方も、親子連れもいた。
――生まれ変わる前の日本の温泉と変わらないかも。異世界とは言っても、案外同じところが多いわ。
男女に分かれて脱衣所と大浴場があるところなんて、そのままだ。違うところも多々あるけれど。脱衣所の空いた棚に、夜用の着替えと拭きものを置き、お風呂道具一式を抱えて浴場に入った。
なめらかな湿気をまとう夜風が頬を撫で、紅葉がひらりと頭上から羽のように舞った。岩でつくられた大きな露天風呂の上、木々は見事に秋の衣を纏っており、夜空には丸い月が浮かんでいた。
「綺麗。まるで夢を見ているみたい」
――異世界に生まれ変わったはずなのに、日本へ里帰りしたような不思議な心地だわ。
間仕切りのされた洗い場で一日の垢を洗い落とし、水気を拭き取った髪を紐で束ね、露天風呂に浸かる。
「気持ちいい~、あったまる~」
湯加減はちょうどよく、景色も最高だ。他のお客さんは先に上がってしまい、なんと私一人貸し切りの状態になった。
――アル、お風呂に入ったかしら?
壁越しに隣の男風呂の音が聞こえないかと耳を澄ます。チャポンと水の音は聞こえるけれど、他には何も……。
「ハッ、私ったら、つい」
女風呂に耳を澄ますならともかく、男風呂に聞き耳を立てるなんて、これじゃどちらが変態か分からない。ああもう考えたらキリがないけれど、そわそわしてしまう。
――アルに綺麗だと思われたい。
なんだか急にのぼせてしまった私は、早めにお風呂を上がることにした。夜用の軽いワンピースに着替え、長い髪を櫛でときながら丁寧にかわかしていく。花の香りのする髪油をまとわせた。
――これでよし。右から見ても左から見ても、完璧。
手鏡で自分の姿を念入りに確認し、脱衣所を出る。紅葉と銀杏の木の下、長椅子にランタンを置き、読書に勤しむ彼の姿が目に留まった。
「アル、待たせてごめんなさい」
「いや、俺も今出たとこだよ。――行こうか」
アルは本を肩掛け鞄にしまうと、ランタンで森の小道を照らしながら歩き出した。あちらこちらに宿泊棟があり、人の声が聞こえるので、真っ暗な森ではないけれど、やはり足元に明かりがあると安心する。
「前にもこうして、アルと夜道を歩いたことがあったわね」
「ミミが森で迷子になった日だね。君を見つけた時には、思わず泣いたよ」
「な、泣くほど?」
「心配したんだよ。それはそうとミミ、なんだか良い香りがするね」
――気付いてくれた。嬉しい。
熱を帯びた頬を悟られたくなくて、顔を逸らす。
「月が綺麗ね、アル」
「愛している、ってこと?」
「ええ、心から」
彼が右手で私の左手を握ってくれた。
ランタンに照らされたアルの頬が赤みを帯びている。
――こんな時間が続けばいいのに。
宿泊棟までの道は長いようであっという間だった。中に入ると、私は濡れたお風呂道具を片付けた。拭きものなどは洗濯籠に入れておけば、明日回収してくれるという。
「ミミ。何か飲む? 温かいものと冷たいもの、どっちがいい?」
「温かいものかなぁ。私が淹れるわ」
「ミミは座っていて」
私はやわらかい長椅子に膝を揃えて腰掛けた。
――心臓が踊っているみたい。いや踊りよりも激しい?
鼓動が未知の領域に達していた。アルは平気な顔をしているけど。私は変な汗が出てきてしまった。せっかくの香りが台無しになってしまう。こんな動揺しまくりの自分をアルには知られたくない。
――けれどアルは人の心を見抜くのが得意だから、私の気持ちなんて手に取るように分かっているのかも。
そぉっと台所のアルをうかがう。
私の視線に気付いたアルは持っていた何かを背中に回した。
「アル。今……何か隠さなかった?」
「な、何も」
「嘘」
――怪しい。
私は椅子を立つと台所へ向かう。
アルは何かを背中に隠し持ったまま、壁にぴったりとくっついた。
【つづく】
旬の魚と茸を蒸し焼きにしたもの、湯通しされた肉にたれをつけて食べるもの、秋野菜を煮込んだとろみのある汁物、今まで食べたことのない美味しい料理に舌鼓を打つ。
満腹になり、少し休憩してから、浴場のある建物へ向かった。
「アル、私……ゆっくり入ってきてもいい? たぶんアルより遅くなると思う」
「いいよ。ミミが出てくるまで待ってる。暗くなってきたし、一緒に戻ろう」
「ありがとう。それじゃあ、またあとでね」
脱衣所は空いており、私と同じくらいの女性も、年配の方も、親子連れもいた。
――生まれ変わる前の日本の温泉と変わらないかも。異世界とは言っても、案外同じところが多いわ。
男女に分かれて脱衣所と大浴場があるところなんて、そのままだ。違うところも多々あるけれど。脱衣所の空いた棚に、夜用の着替えと拭きものを置き、お風呂道具一式を抱えて浴場に入った。
なめらかな湿気をまとう夜風が頬を撫で、紅葉がひらりと頭上から羽のように舞った。岩でつくられた大きな露天風呂の上、木々は見事に秋の衣を纏っており、夜空には丸い月が浮かんでいた。
「綺麗。まるで夢を見ているみたい」
――異世界に生まれ変わったはずなのに、日本へ里帰りしたような不思議な心地だわ。
間仕切りのされた洗い場で一日の垢を洗い落とし、水気を拭き取った髪を紐で束ね、露天風呂に浸かる。
「気持ちいい~、あったまる~」
湯加減はちょうどよく、景色も最高だ。他のお客さんは先に上がってしまい、なんと私一人貸し切りの状態になった。
――アル、お風呂に入ったかしら?
壁越しに隣の男風呂の音が聞こえないかと耳を澄ます。チャポンと水の音は聞こえるけれど、他には何も……。
「ハッ、私ったら、つい」
女風呂に耳を澄ますならともかく、男風呂に聞き耳を立てるなんて、これじゃどちらが変態か分からない。ああもう考えたらキリがないけれど、そわそわしてしまう。
――アルに綺麗だと思われたい。
なんだか急にのぼせてしまった私は、早めにお風呂を上がることにした。夜用の軽いワンピースに着替え、長い髪を櫛でときながら丁寧にかわかしていく。花の香りのする髪油をまとわせた。
――これでよし。右から見ても左から見ても、完璧。
手鏡で自分の姿を念入りに確認し、脱衣所を出る。紅葉と銀杏の木の下、長椅子にランタンを置き、読書に勤しむ彼の姿が目に留まった。
「アル、待たせてごめんなさい」
「いや、俺も今出たとこだよ。――行こうか」
アルは本を肩掛け鞄にしまうと、ランタンで森の小道を照らしながら歩き出した。あちらこちらに宿泊棟があり、人の声が聞こえるので、真っ暗な森ではないけれど、やはり足元に明かりがあると安心する。
「前にもこうして、アルと夜道を歩いたことがあったわね」
「ミミが森で迷子になった日だね。君を見つけた時には、思わず泣いたよ」
「な、泣くほど?」
「心配したんだよ。それはそうとミミ、なんだか良い香りがするね」
――気付いてくれた。嬉しい。
熱を帯びた頬を悟られたくなくて、顔を逸らす。
「月が綺麗ね、アル」
「愛している、ってこと?」
「ええ、心から」
彼が右手で私の左手を握ってくれた。
ランタンに照らされたアルの頬が赤みを帯びている。
――こんな時間が続けばいいのに。
宿泊棟までの道は長いようであっという間だった。中に入ると、私は濡れたお風呂道具を片付けた。拭きものなどは洗濯籠に入れておけば、明日回収してくれるという。
「ミミ。何か飲む? 温かいものと冷たいもの、どっちがいい?」
「温かいものかなぁ。私が淹れるわ」
「ミミは座っていて」
私はやわらかい長椅子に膝を揃えて腰掛けた。
――心臓が踊っているみたい。いや踊りよりも激しい?
鼓動が未知の領域に達していた。アルは平気な顔をしているけど。私は変な汗が出てきてしまった。せっかくの香りが台無しになってしまう。こんな動揺しまくりの自分をアルには知られたくない。
――けれどアルは人の心を見抜くのが得意だから、私の気持ちなんて手に取るように分かっているのかも。
そぉっと台所のアルをうかがう。
私の視線に気付いたアルは持っていた何かを背中に回した。
「アル。今……何か隠さなかった?」
「な、何も」
「嘘」
――怪しい。
私は椅子を立つと台所へ向かう。
アルは何かを背中に隠し持ったまま、壁にぴったりとくっついた。
【つづく】
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