【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
1-4 ★ 今世は長く咲いて咲いて
「リンドバーグ……というと、お二方が、隣国で噂の? 新聞で見ました! ご予約のお葉書をいただいた時は驚きましたよ。同姓同名じゃないかって。やっぱり本物だったんですか?」
私とアルは同時に肯いた。
「おったまげたなぁ。う、うちは見ての通り、しがない貸別荘屋でして。お二人がおくつろぎしやすいように心を尽くしますが、不便がありましたら申し訳無い」
「とんでもない。お気遣いは無用です。身辺があまり騒がしかったので、妻と心穏やかに過ごせる静かな場所を探していましたから」
「左様でしたか。お二人の宿泊棟へご案内します。どうぞ」
受付を出た私たちは、小道を右へ進んだ。宿泊棟同士の距離は広くとられており、高さや広さも様々だ。大家族が泊まっているのだろう、子どもの笑い声が聞こえてくるところもあれば、平屋の小さな建物のそばでは老夫婦が午後の紅茶を楽しんでいる。私たちの泊まる建物は湖に面した平屋の木組みの家だった。
「さあ、中へどうぞ」
管理人は鈍色の鍵を取り出すと、玄関の鍵を開けた。
「鍵はご主人がお持ちになりますか」
「はい、自分が」
アルが鍵を受け取る。管理人が扉を開け、私たちを中へ招き入れた。建物へ一歩入った瞬間、清涼感ある木の香りに包まれる。居間には二人がけの長椅子と、広い食卓、小さな台所が備えられていた。居間の洒落た柱時計が二回鐘を鳴らす。午後二時だ。
「宿泊に必要なものは室内に揃えております」
管理人が台所の棚を開ける。布巾やカップなどがあった。
「お食事は午後六時にお部屋へお届け致します。何かあれば、受付にお越し下さい。それでは」
管理人は一礼して宿泊棟を出た。
――今日は本当に二人きりなのね。嬉しい、凄く嬉しい。
仕事のついでではなく、新婚旅行なのだもの。
「夕食まで、四時間もあるのね」
「宿の近くに、大きな湖があるそうだよ。小舟に乗れると聞いたんだ。行こうよ」
「行きたいわ」
宿を出て、アルと湖畔へ散歩に出た。
小舟を貸りて二人で乗る。
アルの櫂さばきは見事で、水面にできた轍の流線が美しい。
「私にもさせて」
「いいよ」
見よう見まねで櫂を動かしてみたけど、前にも後ろにも進まない。
「案外難しいのね。コツがあるの?」
「身体で覚えるしかないよ。後ろに座っていい?」
「後ろ? どうぞ」
アルは私の真後ろに腰掛けた。櫂を持つ私を抱きかかえるような姿勢で、動かし方を教えてくれる。ぴったり密着した体勢が恥ずかしくて、今の私にはミミに念仏。右から左に抜けた。
「ミミ。桜が咲いているよ」
「えっ。本当だわ」
湖の畔で、秋の山を背景に、桜の大樹が満開だ。桜の花弁と、紅葉が私たちの小舟へ舞い込む。不時の庭の光景が蘇り、驚くほど一瞬で涙が零れた。アルは櫂から手を放すと、私をそっとのぞき込んだ。
「涙の理由を聞かせて、ミミ」
「嬉しくて、懐かしくて」
「同じだよ。憶えているから」
櫂の止まった小舟がゆっくりと流されていく。
「秋に狂い咲く桜を怖いと、貴方は思う?」
「怖いのは、散り際を死に喩えて偲ぶからさ」
「自ら散った花を……愚かだと思う?」
「今世は長く咲いて咲いてと願うばかり」
後ろからそっと抱きしめられた。
「司祭様の祈りで私は生かされているのだわ」
「番の為なら、どの世界でも幸いを祈るよ」
「ありがとう、アル。このままずっと……貴方と同じ舟に乗っていたい」
「俺も」
秋鳥が夕時を告げるまで、小舟に揺られながら番と他愛の無い会話に興じる。日暮れが近付き、舟を下りた私たちは、今晩二人きりで過ごす木組みの家へ向かった。
【つづく】
私とアルは同時に肯いた。
「おったまげたなぁ。う、うちは見ての通り、しがない貸別荘屋でして。お二人がおくつろぎしやすいように心を尽くしますが、不便がありましたら申し訳無い」
「とんでもない。お気遣いは無用です。身辺があまり騒がしかったので、妻と心穏やかに過ごせる静かな場所を探していましたから」
「左様でしたか。お二人の宿泊棟へご案内します。どうぞ」
受付を出た私たちは、小道を右へ進んだ。宿泊棟同士の距離は広くとられており、高さや広さも様々だ。大家族が泊まっているのだろう、子どもの笑い声が聞こえてくるところもあれば、平屋の小さな建物のそばでは老夫婦が午後の紅茶を楽しんでいる。私たちの泊まる建物は湖に面した平屋の木組みの家だった。
「さあ、中へどうぞ」
管理人は鈍色の鍵を取り出すと、玄関の鍵を開けた。
「鍵はご主人がお持ちになりますか」
「はい、自分が」
アルが鍵を受け取る。管理人が扉を開け、私たちを中へ招き入れた。建物へ一歩入った瞬間、清涼感ある木の香りに包まれる。居間には二人がけの長椅子と、広い食卓、小さな台所が備えられていた。居間の洒落た柱時計が二回鐘を鳴らす。午後二時だ。
「宿泊に必要なものは室内に揃えております」
管理人が台所の棚を開ける。布巾やカップなどがあった。
「お食事は午後六時にお部屋へお届け致します。何かあれば、受付にお越し下さい。それでは」
管理人は一礼して宿泊棟を出た。
――今日は本当に二人きりなのね。嬉しい、凄く嬉しい。
仕事のついでではなく、新婚旅行なのだもの。
「夕食まで、四時間もあるのね」
「宿の近くに、大きな湖があるそうだよ。小舟に乗れると聞いたんだ。行こうよ」
「行きたいわ」
宿を出て、アルと湖畔へ散歩に出た。
小舟を貸りて二人で乗る。
アルの櫂さばきは見事で、水面にできた轍の流線が美しい。
「私にもさせて」
「いいよ」
見よう見まねで櫂を動かしてみたけど、前にも後ろにも進まない。
「案外難しいのね。コツがあるの?」
「身体で覚えるしかないよ。後ろに座っていい?」
「後ろ? どうぞ」
アルは私の真後ろに腰掛けた。櫂を持つ私を抱きかかえるような姿勢で、動かし方を教えてくれる。ぴったり密着した体勢が恥ずかしくて、今の私にはミミに念仏。右から左に抜けた。
「ミミ。桜が咲いているよ」
「えっ。本当だわ」
湖の畔で、秋の山を背景に、桜の大樹が満開だ。桜の花弁と、紅葉が私たちの小舟へ舞い込む。不時の庭の光景が蘇り、驚くほど一瞬で涙が零れた。アルは櫂から手を放すと、私をそっとのぞき込んだ。
「涙の理由を聞かせて、ミミ」
「嬉しくて、懐かしくて」
「同じだよ。憶えているから」
櫂の止まった小舟がゆっくりと流されていく。
「秋に狂い咲く桜を怖いと、貴方は思う?」
「怖いのは、散り際を死に喩えて偲ぶからさ」
「自ら散った花を……愚かだと思う?」
「今世は長く咲いて咲いてと願うばかり」
後ろからそっと抱きしめられた。
「司祭様の祈りで私は生かされているのだわ」
「番の為なら、どの世界でも幸いを祈るよ」
「ありがとう、アル。このままずっと……貴方と同じ舟に乗っていたい」
「俺も」
秋鳥が夕時を告げるまで、小舟に揺られながら番と他愛の無い会話に興じる。日暮れが近付き、舟を下りた私たちは、今晩二人きりで過ごす木組みの家へ向かった。
【つづく】
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