【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

1-3 ★ 元教え子と新婚旅行

 馬車に揺られること五時間、私たちは国境の検問所に着いた。検問所を超えたら、その先は西のザルフォーク連合国だ。

「旅券の確認を行います。ご提示を」

 私とアルはそれぞれ旅券の小冊子を係員に渡す。国外旅行の際に提示が求められるもので、ヴェルノーン王国が発行する身分証明書だ。

「アルフレッド・リンドバーグ様、ミミ・リンドバーグ様……」

 私たちの名前を読み上げて、係員は少しだけ眉を寄せた。

「ほ、ほ、本物でございますよね?」

 お化けを見るような顔とはこのこと。私たちは本物であることを告げた。

「ご旅行でございますか?」
「はい。妻と新婚旅行へ」
「左様でございますか。良いご旅行を」

 検問官はすぐに通してくれた。国境沿いには鉄製の柵や木製の仕切りがされている。人工物よりも、国境に大きな役目を果たしているのは、けわしい山々と、深い谷底だ。ここに道をつくり、橋をけるのも相当大変だったろう。馬車がすれ違っても余裕があるくらいの道幅だが、至る所に小石や砂利が散らばっており、道ばたには雑草が繁茂はんもしている。

「ザルフォーク連合国の道は悪いな」

 アルフレッドが苦い顔で呟いた。

「国境を越えたら、雰囲気が変わったわね。この辺りは森が深いからかしら?」

「いや、違う。国が道路の整備や舗装ほそうにお金をかけていないんだよ」

「国境沿いなのに? 要所を繋ぐ道でしょう」

「国の玄関口は綺麗にするものだけど。施政者しせいしゃの質は道路に出る」

「なるほどね。アルから学ぶことばかり。今も昔も、貴方あなたは私の一番の先生だわ」

 恥ずかしそうに笑むアルの横顔に見蕩れた。

良樹よしき先生」

「はい。なんですか?」

「前世の教え子と新婚旅行に出ることになるって、想像していた?」

「いいや。でも運命には逆らえないよ。俺はまた君にかれたのだから」

「惹かれたのは私も同じよ。何度生まれ変わっても貴方あなたが最良の伴侶なのだと思うわ」

 ガタゴトと馬車の揺れだけが続く。いくら待っても反応がないので、彼の面持ちを伺うと真っ赤だった。私が想像するよりも彼は純粋な人なのね。

「浮気を告発されたハンター殿下みたいに、貴方あなたが恋多き人でなくて良かった」

「俺が浮気をすると思っているの?」

貴方あなたは優しいから、立っているだけで女の子がやってくるのだもの」

「俺はミミの止まり木になればそれで良いよ。君は例えるなら鳥。真っ白な鳩のようだ。自由を求めて青空に羽ばたいていく感じ。俺はそれを一人乗りの飛行機で追うようだな、って」

「この世界にはまだ、飛行機は無いわ」

「うん。人がまだ空を飛べない世界も良いね」

 秋のにしきに彩られた森から、夕暮れ空をあおぐ。あまりに風が心地よくて、うとうとしてきた。「もうすぐ着くよ」とアルの声が聞こえた気がする。微睡まどろみに揺蕩たゆたっていると、馬車がゆるやかに停車した。

「到着したよ、ミミ。ここが、リンデマンだ」

 ――リンデマン。最初の目的地ね。

 日の光に手をかざしながら、荷台によりかかっていた身体を起こす。黄と赤が鮮やかな森には、木組みの家が点在していた。

 どれも一戸いっこ貸し切り型の宿泊施設だ。燃えるような紅葉の大樹の下に受付らしき平屋の建物があった。建物のそばにはうまやがあり、馬のいななきが聞こえる。うまやと隣接する東屋あずまやには馬車の荷台が集められており、盗難防止用の鎖がかけられていた。うまやから従業員らしき男が出てきたので、アルが声をかける。

「ご宿泊の方ですかい? 馬車は私がお預かりしやしょう。受付を先にどうぞ。お荷物は? 下ろすのを手伝います」

「大丈夫ですよ、軽いものなので」

 アルは旅行鞄を両手にたずさえると荷台を下りた。

「馬車をお願いします。オスカル、良い子にしているんだぞ」
「ヒヒン!」

 オスカルと分かれ、私たちは受付へ向かう。

「アル。自分の荷物は持つわ」
「軽いよ。だからこのまま」
「あっ、待って。扉を開けるわ」
「ありがとう、ミミ」

 アルを先に通して、受付の扉を閉める。机に頬杖ほおづえをつき、舟をこいでいた男が物音に吃驚びっくりして飛び起きた。

「あ、ふわぁ、こりゃすみません。つい、うっかり寝てしまって。ようこそ」

「予約していたリンドバーグですが」

「リンドバーグ……というと、お二方が、隣国りんごくうわさの? 新聞で見ました! ご予約のお葉書をいただいた時は驚きましたよ。同姓同名じゃないかって。やっぱり本物だったんですか?」

 私とアルは同時にうなずいた。

【つづく】

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