【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
1-2 ★ アルフレッドの代理司祭
【第1章】は、ミミが語り手です。
王女マーガレットの告発文は、国外問わずあらゆる機関、新聞社に送達された。家出王女の行方はいまだ分からず、憶測が憶測を呼び、大騒動である。
「またまた既視感。なんだか見覚えがあるわ」
「ミミの遺書に内容が似てる」
「私、お尻とは一言も書いてないわよ。でもこの後輩、なかなかだと思うわ」
「後輩って言っちゃうんだ。まぁ、君の遺書を真似たことは間違いないだろうね、ミミ先輩」
アルは新聞を読みながら、くつくつと煮立ったおなべのように笑った。
「そろそろ来る頃かな」
柱時計の鐘が午前六時を知らせた。
「噂をすれば、ほら。いらっしゃったわ」
私たちは窓の外をのぞくと、すぐに玄関へ向かった。呼び鈴が鳴る前に玄関の扉を開ける。来訪者は目を激しく瞬いた。
「おはようございます」
「いらっしゃい、ザック」
「我が家へようこそ」
ザックさんは微笑んで頭を垂れた。彼を応接間へ案内する。台所からナンシーが紅茶とお菓子を運んできてくれた。
「ご丁寧にありがとうございます」
「こちらこそ。お話はうかがっていますよ」
「そうでしたか。短い間ですが、どうぞよろしくお願い致します、ナンシーさん」
ザックさんとナンシーは握手を交わす。
「ザックとナンシーが留守を預かってくれるから安心だよ」
「本当にそうね、アル」
私たちは今日から【新婚旅行】に発つ。
夏の暗殺騒動のお詫びで、チャールズと陛下が旅行に纏わる諸々を工面してくれたのだ。私用で一週間も教会区を空けるわけにはいかないので、代理として選ばれたのがザックさんだ。
「俺とミミが不在の間、分からないことがあればナンシーに聞いて欲しい。司祭の業務をここにまとめておいたよ。あ、そうだ。礼拝の説教は考えてきたか?」
「勿論。出発前に添削を頼めるかい?」
「喜んで」
ザックさんが鞄から説教の下書きを出す。
アルは静かに目を通した。
「流石だよ、ザック」
「ありがとう。アルには敵わないけど、精一杯、君の代理を務めさせてもらうよ」
「代理? おまえはもう立派な司祭だろう?」
「うん、職位上は」
ザックさんがチャールズの秘書の座を下りて早一ヶ月。アルによると国教会の諜報員の任も解かれたそうだ。元々執事の職位であった彼は「チャールズ救済の惜しみない尽力と王家への深い忠誠心」が高く評価され、この度めでたく司祭として按手された。
「差し支えなければ教えてくださる? どうしてチャールズの秘書をお辞めになったの?」
「自分の夢は、司祭になることでした」
ザックさんは私の目を真っ直ぐに見て答えた。
「憧れを捨てきれなくて。アルフレッドの不在を任されたことは願ってもいない幸運でした。チャールズ殿下のことが少々気がかりではありますが、致し方ありません」
ザックさんの表情が少しだけ曇る。
「おまえがいなくなって、チャールズが寂しがっただろう?」
「いや、別にそれほど」
「全くあいつは天邪鬼だな。本当は寂しかったと思うぞ。おまえのことを信頼していたから」
「信頼を寄せてくださっていることには気付いていたよ。でも彼は……」
ザックさんは何か思うところあってか言葉を呑んだ。
「チャールズと何かあったの?」
「いいえ、何も。殿下は、アルと奥様の旅路のご安全を深く祈っていました。夏の一件がきっかけでかなり改心されたようで、毎朝、城の付属礼拝堂で瞑想されていますよ」
毎朝、城内の教会で祈るチャールズの姿を想像してみる。遺書事件の前では考えられないことが起こっていた。
「チャールズには感謝が尽きないよ。旅路にいろいろな助言をくれたし」
具体的な旅程を考えてくれたのは、なんとチャールズだ。以前【国外視察】で訪れて素晴らしかった名所や、治安の善し悪しを私たち夫婦に教えてくれた。食事、旅行、観光名所に関して、チャールズは案外詳しいのよね。
「馬車と御者も手配するのに、ってチャールズ殿下が心配していたよ。長時間、一週間かけて馬車を引くことになるから、アルが疲れるんじゃないか、って」
「自分で引くのが楽しいし、好きなんだよ。うちのかわいいオスカルと、いろいろな場所を旅したいと思っていたんだ」
「だってあの子は、私たちを救ってくれた家族ですもの」
チャールズからは「専用の御者」だけでなく「身辺のお世話・警護班」をつける提案もされたけれど、アルが「二人きりで旅行がしたい」とそれらを遠慮した。私もそれで良かったと思う。心配してくれたチャールズの気持ちは有り難いけれど、きっと気を遣ってしまっただろうから。
「旅先から弟に葉書を出さないとな」
「きっとチャールズ、喜ぶわ」
「それじゃあミミ、行こうか」
「ええ」
私とアルは席を立ち、厩へ向かった。馬車の準備は既に整っている。長旅になるので、今回は荷台に楕円状の幌を張った。
「オスカル、よろしくね」
「おまえの足が頼りだぞ」
「ヒヒン!」
オスカルに水を飲ませ、馬車を敷地の外へ。ザックとナンシーが見送りに出てくれた。
「行ってきます」
「お土産、楽しみにしていてね」
朝日が顔をのぞかせ、アンダンテの町並みを照らす。
お日様の光に見送られながら、私たちは北西へ旅立った。
【つづく】
王女マーガレットの告発文は、国外問わずあらゆる機関、新聞社に送達された。家出王女の行方はいまだ分からず、憶測が憶測を呼び、大騒動である。
「またまた既視感。なんだか見覚えがあるわ」
「ミミの遺書に内容が似てる」
「私、お尻とは一言も書いてないわよ。でもこの後輩、なかなかだと思うわ」
「後輩って言っちゃうんだ。まぁ、君の遺書を真似たことは間違いないだろうね、ミミ先輩」
アルは新聞を読みながら、くつくつと煮立ったおなべのように笑った。
「そろそろ来る頃かな」
柱時計の鐘が午前六時を知らせた。
「噂をすれば、ほら。いらっしゃったわ」
私たちは窓の外をのぞくと、すぐに玄関へ向かった。呼び鈴が鳴る前に玄関の扉を開ける。来訪者は目を激しく瞬いた。
「おはようございます」
「いらっしゃい、ザック」
「我が家へようこそ」
ザックさんは微笑んで頭を垂れた。彼を応接間へ案内する。台所からナンシーが紅茶とお菓子を運んできてくれた。
「ご丁寧にありがとうございます」
「こちらこそ。お話はうかがっていますよ」
「そうでしたか。短い間ですが、どうぞよろしくお願い致します、ナンシーさん」
ザックさんとナンシーは握手を交わす。
「ザックとナンシーが留守を預かってくれるから安心だよ」
「本当にそうね、アル」
私たちは今日から【新婚旅行】に発つ。
夏の暗殺騒動のお詫びで、チャールズと陛下が旅行に纏わる諸々を工面してくれたのだ。私用で一週間も教会区を空けるわけにはいかないので、代理として選ばれたのがザックさんだ。
「俺とミミが不在の間、分からないことがあればナンシーに聞いて欲しい。司祭の業務をここにまとめておいたよ。あ、そうだ。礼拝の説教は考えてきたか?」
「勿論。出発前に添削を頼めるかい?」
「喜んで」
ザックさんが鞄から説教の下書きを出す。
アルは静かに目を通した。
「流石だよ、ザック」
「ありがとう。アルには敵わないけど、精一杯、君の代理を務めさせてもらうよ」
「代理? おまえはもう立派な司祭だろう?」
「うん、職位上は」
ザックさんがチャールズの秘書の座を下りて早一ヶ月。アルによると国教会の諜報員の任も解かれたそうだ。元々執事の職位であった彼は「チャールズ救済の惜しみない尽力と王家への深い忠誠心」が高く評価され、この度めでたく司祭として按手された。
「差し支えなければ教えてくださる? どうしてチャールズの秘書をお辞めになったの?」
「自分の夢は、司祭になることでした」
ザックさんは私の目を真っ直ぐに見て答えた。
「憧れを捨てきれなくて。アルフレッドの不在を任されたことは願ってもいない幸運でした。チャールズ殿下のことが少々気がかりではありますが、致し方ありません」
ザックさんの表情が少しだけ曇る。
「おまえがいなくなって、チャールズが寂しがっただろう?」
「いや、別にそれほど」
「全くあいつは天邪鬼だな。本当は寂しかったと思うぞ。おまえのことを信頼していたから」
「信頼を寄せてくださっていることには気付いていたよ。でも彼は……」
ザックさんは何か思うところあってか言葉を呑んだ。
「チャールズと何かあったの?」
「いいえ、何も。殿下は、アルと奥様の旅路のご安全を深く祈っていました。夏の一件がきっかけでかなり改心されたようで、毎朝、城の付属礼拝堂で瞑想されていますよ」
毎朝、城内の教会で祈るチャールズの姿を想像してみる。遺書事件の前では考えられないことが起こっていた。
「チャールズには感謝が尽きないよ。旅路にいろいろな助言をくれたし」
具体的な旅程を考えてくれたのは、なんとチャールズだ。以前【国外視察】で訪れて素晴らしかった名所や、治安の善し悪しを私たち夫婦に教えてくれた。食事、旅行、観光名所に関して、チャールズは案外詳しいのよね。
「馬車と御者も手配するのに、ってチャールズ殿下が心配していたよ。長時間、一週間かけて馬車を引くことになるから、アルが疲れるんじゃないか、って」
「自分で引くのが楽しいし、好きなんだよ。うちのかわいいオスカルと、いろいろな場所を旅したいと思っていたんだ」
「だってあの子は、私たちを救ってくれた家族ですもの」
チャールズからは「専用の御者」だけでなく「身辺のお世話・警護班」をつける提案もされたけれど、アルが「二人きりで旅行がしたい」とそれらを遠慮した。私もそれで良かったと思う。心配してくれたチャールズの気持ちは有り難いけれど、きっと気を遣ってしまっただろうから。
「旅先から弟に葉書を出さないとな」
「きっとチャールズ、喜ぶわ」
「それじゃあミミ、行こうか」
「ええ」
私とアルは席を立ち、厩へ向かった。馬車の準備は既に整っている。長旅になるので、今回は荷台に楕円状の幌を張った。
「オスカル、よろしくね」
「おまえの足が頼りだぞ」
「ヒヒン!」
オスカルに水を飲ませ、馬車を敷地の外へ。ザックとナンシーが見送りに出てくれた。
「行ってきます」
「お土産、楽しみにしていてね」
朝日が顔をのぞかせ、アンダンテの町並みを照らす。
お日様の光に見送られながら、私たちは北西へ旅立った。
【つづく】
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