【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
【ツルリン】 しこたま買い漁る変な客
兄上の元に救いを求めて滞在し、早四日が過ぎた。
兄上が僕に譲ってくれた、前任司祭のカツラと伊達眼鏡のおかげで、正体を隠し通せている。兄上によれば前任司祭はハゲに悩んでいたそうだが、なぜ伊達眼鏡まで持っていたのだろう。ナンシーさんは「秘密の多い人だった」と話していたけれど、彼女は口の堅い人なので真相は闇の中である。
料理教室の帰り「教会について学びたい」と兄上に話したら、個別授業を開くと言ってくれた。とはいえ予習も何もせずに、兄上の授業を受けるわけにはいかない。国教会については概要を学んだだけで、宗派ごとの違いや規則については知らない。
町の図書館に行こうと思ったが、少し遠い。草むしりが途中なので、手っ取り早く情報を得ることのできる書店に赴くことにした。「教会関連の本はどこですか」と書店員に尋ねたら、看板娘は快く教えてくれた。
「こちらがヴェルノーン国教会関連の書物になります。新刊の神学書をお探しですか」
「あ、いえ。まずは自分で探してみたいので」
「かしこまりました」
親切な店員さんで良かった。入門書に近いものを見つけたので、早速中身を確かめてみる。文字ばかりだけど、読まなければならない。そうだ、声に出してみれば頭に入るかもしれない。他にも数冊、初級者向けの宗教学書を見つけた。
――そういえば自分のお金で本を買うのは初めてだ。
本は城の図書館にいくらでもあったけれど、自らすすんで読むことはほとんどなかった。本を買うというのはこんなに心躍るものなのか。避暑地で大して興味もない贈答品にお金を費やし、嫌いな親類や、他の貴族に良い顔をするよりずっと気持ちが弾む。
五冊の本を抱えて、会計へ持って行く。店員さんは紙袋に本をまとめてくれた。
「ツルリンさんは……初めてこの町にいらしたのですよね」
「そうですよ」
「じゃあ、やっぱり勘違いね」
「勘違いとは?」
「以前、貴方とよく似た人を見たことがあるものだから」
――まさか僕がチャールズだとばれた? このカツラと眼鏡のおかげで隠し通せていると思ったのに。
「あ、垢抜けていない顔ですので」
「ご兄弟とかいらっしゃる?」
「い、いいえ! 僕は一人っ子です!」
兄上の秘密だけは守り通さなければ。
「ごめんなさい、人違いね。ツルリンさんと同じ茶髪で、眼鏡をかけて、似たような背丈だったの。前髪が目を隠すくらいに長くて、見てるこっちが暑苦しかったわ」
――暑苦しいほど、前髪が長い?
身に覚えのある話だ。
僕が初めてこのカツラをかぶった時、前髪が長すぎて切りそろえてもらったっけ。
――まさか、兄上がこのカツラを変装に使ったことがある……とか?
「そ……そんなに僕に似ていたのですか?」
「ええ、とても。黒っぽい服を着て、こそこそとしていたから、ちょっと怪しかったけど」
「怪しかった? なぜです?」
「あのねぇ、ここだけの話。猥本をしこたま買い漁っていったのよ。でもあれ以来一度も来ないわ」
「その怪しい男と僕を同一人物だと思われたのですね?」
「ああ、ごめんごめーん。だからご兄弟がいるのかって聞いたのよー」
兄弟なら一人いる。
――まさか……兄上が猥本を買い漁った人物……だったりして。
そんな馬鹿な。兄上は聖職者だぞ。いやでも兄上も人間だ。ひょっとしてミミの為に? 兄上は何事にも勉強熱心な御方だからな。でも、その怪しい客が兄上だという証拠は……無いはず。
――そういえば兄上は、このカツラについてやけに詳しかったな。
前任司祭が置いていったカツラだ、と話していたが。
――そもそも変な話だ。髪は男の命で尊厳。大事なカツラを置いていくだろうか。
ひょっとして兄上は、変装用のカツラの出所を突き止められたくなくて「前任司祭がハゲだ」という情報を利用し、あの場を誤魔化す嘘を吐いたのではないか。
「あらっ、ツルリンさんの目の色って青色? 綺麗ねぇ」
「えっ、あ……ありがとうございます」
「なんだ、やっぱり別人だわ。支払いの時に、その男がちょっと前髪をかきあげたんだけど、目が緑色だったもの」
――緑色の目? 兄上の目は……翠眼だ。
全てが繋がった。偶然か? それとも兄弟の血が、僕をここに導いたのか? これは僕の勘だが、兄上としか思えない。いやでも兄上は聖職者だぞ。そんないかがわしい本を大量に買い漁るなんて、兄上に限ってそんなこと……。
――兄上が買った猥本、家のどこに隠してあるんだろう。
家に誰もいない時に探してみよう。
ちょっと読みたい、ちょーっとだけ。
【外伝おわり】
【外伝】をお読みいただき、ありがとうございます。
アルフレッドが手に入れた【媚薬】がどこで使われるのか。
【第3幕】乞うご期待! 連載開始まで今しばらくお待ちください。
兄上が僕に譲ってくれた、前任司祭のカツラと伊達眼鏡のおかげで、正体を隠し通せている。兄上によれば前任司祭はハゲに悩んでいたそうだが、なぜ伊達眼鏡まで持っていたのだろう。ナンシーさんは「秘密の多い人だった」と話していたけれど、彼女は口の堅い人なので真相は闇の中である。
料理教室の帰り「教会について学びたい」と兄上に話したら、個別授業を開くと言ってくれた。とはいえ予習も何もせずに、兄上の授業を受けるわけにはいかない。国教会については概要を学んだだけで、宗派ごとの違いや規則については知らない。
町の図書館に行こうと思ったが、少し遠い。草むしりが途中なので、手っ取り早く情報を得ることのできる書店に赴くことにした。「教会関連の本はどこですか」と書店員に尋ねたら、看板娘は快く教えてくれた。
「こちらがヴェルノーン国教会関連の書物になります。新刊の神学書をお探しですか」
「あ、いえ。まずは自分で探してみたいので」
「かしこまりました」
親切な店員さんで良かった。入門書に近いものを見つけたので、早速中身を確かめてみる。文字ばかりだけど、読まなければならない。そうだ、声に出してみれば頭に入るかもしれない。他にも数冊、初級者向けの宗教学書を見つけた。
――そういえば自分のお金で本を買うのは初めてだ。
本は城の図書館にいくらでもあったけれど、自らすすんで読むことはほとんどなかった。本を買うというのはこんなに心躍るものなのか。避暑地で大して興味もない贈答品にお金を費やし、嫌いな親類や、他の貴族に良い顔をするよりずっと気持ちが弾む。
五冊の本を抱えて、会計へ持って行く。店員さんは紙袋に本をまとめてくれた。
「ツルリンさんは……初めてこの町にいらしたのですよね」
「そうですよ」
「じゃあ、やっぱり勘違いね」
「勘違いとは?」
「以前、貴方とよく似た人を見たことがあるものだから」
――まさか僕がチャールズだとばれた? このカツラと眼鏡のおかげで隠し通せていると思ったのに。
「あ、垢抜けていない顔ですので」
「ご兄弟とかいらっしゃる?」
「い、いいえ! 僕は一人っ子です!」
兄上の秘密だけは守り通さなければ。
「ごめんなさい、人違いね。ツルリンさんと同じ茶髪で、眼鏡をかけて、似たような背丈だったの。前髪が目を隠すくらいに長くて、見てるこっちが暑苦しかったわ」
――暑苦しいほど、前髪が長い?
身に覚えのある話だ。
僕が初めてこのカツラをかぶった時、前髪が長すぎて切りそろえてもらったっけ。
――まさか、兄上がこのカツラを変装に使ったことがある……とか?
「そ……そんなに僕に似ていたのですか?」
「ええ、とても。黒っぽい服を着て、こそこそとしていたから、ちょっと怪しかったけど」
「怪しかった? なぜです?」
「あのねぇ、ここだけの話。猥本をしこたま買い漁っていったのよ。でもあれ以来一度も来ないわ」
「その怪しい男と僕を同一人物だと思われたのですね?」
「ああ、ごめんごめーん。だからご兄弟がいるのかって聞いたのよー」
兄弟なら一人いる。
――まさか……兄上が猥本を買い漁った人物……だったりして。
そんな馬鹿な。兄上は聖職者だぞ。いやでも兄上も人間だ。ひょっとしてミミの為に? 兄上は何事にも勉強熱心な御方だからな。でも、その怪しい客が兄上だという証拠は……無いはず。
――そういえば兄上は、このカツラについてやけに詳しかったな。
前任司祭が置いていったカツラだ、と話していたが。
――そもそも変な話だ。髪は男の命で尊厳。大事なカツラを置いていくだろうか。
ひょっとして兄上は、変装用のカツラの出所を突き止められたくなくて「前任司祭がハゲだ」という情報を利用し、あの場を誤魔化す嘘を吐いたのではないか。
「あらっ、ツルリンさんの目の色って青色? 綺麗ねぇ」
「えっ、あ……ありがとうございます」
「なんだ、やっぱり別人だわ。支払いの時に、その男がちょっと前髪をかきあげたんだけど、目が緑色だったもの」
――緑色の目? 兄上の目は……翠眼だ。
全てが繋がった。偶然か? それとも兄弟の血が、僕をここに導いたのか? これは僕の勘だが、兄上としか思えない。いやでも兄上は聖職者だぞ。そんないかがわしい本を大量に買い漁るなんて、兄上に限ってそんなこと……。
――兄上が買った猥本、家のどこに隠してあるんだろう。
家に誰もいない時に探してみよう。
ちょっと読みたい、ちょーっとだけ。
【外伝おわり】
【外伝】をお読みいただき、ありがとうございます。
アルフレッドが手に入れた【媚薬】がどこで使われるのか。
【第3幕】乞うご期待! 連載開始まで今しばらくお待ちください。
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