【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

【アル】 純粋で不道徳な動機 〈後編〉

 化学部にお邪魔したら、育毛剤をおすすめされた。

「俺にハゲの兆候でも見えるんですか」
「いえ、諸々もろもろの事件でご心労も相当だろう、と。早めの対策が必要ですよ」
「折角ですが……今のところ必要ないです」
「そんな遠慮なされずとも。まだまだこんなにありますから」

 育毛剤の小瓶が並べられた箱を、研究員はよいしょと抱えた。需要があるらしく、研究室の壁には【神のご加護を貴方の頭皮に】と胡散臭い謳い文句つきの張り紙がされていた。

「王都の理髪店で、カツラを大層ご熱心に眺められていたでしょう」
「あ、あれは、そ、その……」
「今はふさふさでも、ハゲの時はすぐにやってきますよ。そりゃもうあっという間なんです。この育毛剤は、ハゲの予防にも効くと評判なんです。一応うちでは風に飛ばされにくいカツラも作っていましてね」

 研究員は、壁際に飾っていた毛のもじゃもじゃを指差した。

「リンドバーグ司祭にはカツラも育毛剤もどーんと差し上げますよ」

 ――カツラだけくださいと言いたい。

 ハゲ予備軍を肯定することになってしまう、どうしよう。

「せっかくですから……あ、ありがたくいただきます」
「そうですか! 良かった、良かった。さあどうぞ!」

 カツラと育毛剤の入った化粧箱を進呈された。

「実はアンダンテ教会区の前任司祭も、うちの育毛剤のお得意様だったんですよ」
「そ、そうなんですか」
「うちでつくったカツラも愛用されていましたよ」

 引き継ぎで前任司祭と会った時、やけに髪量が多く、毛先に艶があると思った。やはりカツラだったか。

「あっ、部長。リンドバーグ司祭は赤髪ですよ? そのカツラは茶色じゃないですか」
「いえ、茶色で良いです。たまにはその……ふ、雰囲気を変えたいので!」

 研究員たちが不思議そうに俺を見つめている。

「あまりに顔が知られて、俺も妻も容易に外出ができずに困っているんです」
「なるほど、それで。必要ならば奥様のカツラも作りましょうか?」
「いえ、妻は……大丈夫です、ハイ!」

 ミミにカツラなんか作られたら、いろいろまずい。せっかく手に入れた俺のカツラの出所まで探られてしまう。

「そうだ、これもおまけにつけましょう」

 研究員が引き出しから木箱を取り出した。

「部長! そ、それはまだ開発途中の!」
「大丈夫だ、安全性は部長と俺で確認したぞ」
「部長ったら、いけない人」

 ――は? 一体何の薬なんだ、これは。

「例のれ薬ですよ。民間療法ではなく、最新化学で調合し、安全性の高い媚薬びやくに仕上げることができました」

 ――努力の方向を間違っていないか、化学部は。

「民間で伝承された精製方法には難がありました。効能が強すぎたのです。けれどもこれだけ強い毒は良い薬にもなるはずだと、我々は秘密裏に研究と改良を重ねたのでございます」

 ――お……おお、素晴らしい探究心だな。

「部下同士で安全性を確かめましたのでご安心を。一回の使用頻度と限度はこちらの説明書きにあります。夫婦仲を深める為に飲酒をすすめる者もいますが、これは大きな間違いなのです。修道士たちに麦酒の飲用が認められているのは、性欲を減退させ、精神を安定させる効果があるからです」

 ――生物学的根拠に基づいた下ネタ過ぎて、ツッコミの隙が無い。

「酒の種類によっては精力を押さえてしまいますが、我々が開発した媚薬はモノが違います。正しく使っていただければ効果抜群です。自分に使っても、奥様に用いても効果はありますよ。媚薬びやく、必要ですよね?」

 俺の心の中で、天使と悪魔が交互に踊り出た。

「必要ですね、はい! ありがとうございます」

 俺は観念して、彼らの厚意を快く受けとることにした。
 いただいた【カツラ、育毛剤、媚薬】を携えて、帰路に就く。

 ――司祭たるものが、媚薬などに手を出して本当に良いのだろうか。

 悩みながらオスカルと風を切り、家に着く。
 玄関をくぐると、美味しい匂いが台所から漂ってきた。

「おかえりなさい、アル。お疲れ様」

 エプロンをつけてにっこりと微笑むミミを見たら、俺の頭から理性が吹っ飛んだ。

 ――せっかくもらったんだから使わなくては!

 これもすべてリンドバーグ家の明るい家族計画の為である。

 ――薬の効果を最大に出す為には、やはり知識が必要だ。早急に猥本(わいほん)を手に入れなければ。

 俺はこっそり洗面所でカツラを装着してみた。

 ――これで顔は大分ごまかせるけど、ちょっと心許ないな。

 変装道具がもう一つあると心強い。物置に教会のお祭りで使う備品箱があったはずだ。早速探してみたが、子供用の変な帽子や仮面ばかり。これじゃ逆に目立ってしまう。

「何か他に……使えるものはないのか……ん?」

 黒くて細長い謎の小箱を発見した。中に入っていたのは……。

「眼鏡? いやこれは偽物だ」

 箱の中には、一枚の紙切れが入っていた。


 後任司祭へ

 必要な時もあるだろうから、餞別せんべつにおいていきます。案外小さな町なので、顔が割れていると出入りしにくい場所もあることでしょう。お役立てください。

 追伸:聖職者だからと理性を重んじ過ぎると、私のようにつるりと禿げますよ。

 前任司祭より愛をこめて 




 ――前任司祭に全て見抜かれているだと!

 驚いたが、こんなところからお宝が見つかるとは。

 ――灯台もと暗しとはこのことだな!

 伊達眼鏡をかけ、窓硝子に映る自分の姿を確認する。これで変装は完璧だ。

「これならばっちりだ。よし!」

 目的のものを俺は必ず入手してみせる、絶対に。



【ツルリン編】につづく。
 次回、外伝最終回!

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品